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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第7章:ゼロ地点交響曲
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第7章:第40話

その後サバトは使用人に何かを言いつけ、しばらくして使用人は長い棒状の包みを持ってきた。

中身は何かキラにももうわかる。サバトはガラスのテーブルにそれを置くと、包みを開いた。

錆びかけの銀が姿を現す。厳つく古くさい形状の先に鮮やかに映える黄金色。

あの杖との数日ぶりの対面だった。


「さあ、どうぞ。お返しします。これは貴女のものですよ。」


サバトの言葉が重くのしかかる。キラはもう以前のように軽々しく杖に触れることはできなかった。

震える手を伸ばし、杖の柄を握り持ち上げる。意識の混濁などは無い。

なんてことないただの杖だ。獣を導くようにキラは慎重に杖を引き寄せて膝の上に置いた。

そこでようやくほっとして息を吐いた。


「ありがとうございます。」


「今後、気をつけてくださいね。」


「はいっ!」


お互い緊張が解けたのか急激に空気が和らいでいき、その後しばらく他愛のない話をした。

サバトの話にキラが元気良く答える度にサバトの態度に余裕が出てきた。


「キラさんはだいぶ落ち着いたようですし、せっかくですから後で城下町を見てきてはどうでしょうか?

 キラさんの村とはまた違った雰囲気が楽しめるかと思いますよ。お店もたくさんありますから、お買い物に行ってもよいかと思います。」


「わぁ、いいなぁ、行きたいです! せっかくだからばーちゃんにお土産買っていこうかなあ……あっ。」


キラは出発前にリラに言われたことを一つ思い出した。キラは自分が髪につけている星型の髪飾りを指差して言う。


「ばーちゃんが、この髪飾りは十年前にお城に行った時に貰ってきたものだって言ってて、その、ありがとうございました!」


その言葉を聞いたサバトはきょとんと不思議そうな顔をした。


「その髪飾りを、この城で?」


「ばーちゃんがそう言ってましたけど。」


「すみませんが覚えがありませんね。こちらからキラさんに贈り物ということは無かったかと思います。」


「あれ……?」


「ミラさんかイクスさんが城下町で買ったのかもしれませんね。」


たしかに、サバトの言ったことの方が現実味があった。この髪飾りは城から贈られた物にしては随分簡素な材質でデザインも色も安っぽい。

なんとなくすとんと収まってくれないものを感じるのだが、キラは結局髪飾りなどたいした問題ではないと考えることにした。


「うーん、じゃあそうなんですかね……?」


「城下町にはアクセサリー屋も沢山ありますから。後でキラさんも行ってみてはいかがですか?」


「アクセサリーかぁ……、あたしアクセサリーはそんなにつけないんですよね……。」


「そうですね、あとは本屋さんや雑貨屋さんなどもありますよ。あとはお菓子屋さんとか。」


「お菓子! お菓子は好きです!」


急にぴょんと飛び跳ねてキラははしゃいだ。気分転換にもなるしだろうし、行ってみるのも良いかもしれない。

そう思っているとサバトの方が時計を見て先に席を立った。


「すみません。予定があるので僕はこれで。」


「あ、あたしもそろそろ行きます。」


二人は部屋を出た。キラはサバトに様々な意味での感謝の気持ちを込めてお礼を言い、サバトはそれを聞いた後に去っていった。

キラは部屋に戻ろうと歩き出す。すると遠くからやかましい足音が近づいてきた。

足音の主はキラを見つけると赤いポニーテールを振り回して飛び跳ねた。


「キーラっ! あたしは今退屈なのだよ! だから遊ぼ遊ぼ!」


ティーナはもう足の怪我など無かったかのように走り回っていた。


「怪我はもう大丈夫なの?」


「おうっ、このティーナ様の底力を舐めんなよ!」


「じゃあ城下町行かない? お店がいっぱいあるんだって!」


「おお、行く行く!」


ティーナは更にぴょこぴょこ動き回る。が、突然その足がぴたりと止まった。

よく見るとその時ティーナの視線はキラの杖に向いていた。ティーナから笑顔が消え、震える手で杖を指さした。

ティーナの気持ちはキラにもわかった。普通そう思うだろう。


「キラ、その杖、なんで……」


「あたしね、そうすることに決めたんだ。だから国王様に返してもらったの。」


ティーナはしばらく目を見開いたままだったが、やがてキラの決意を受け入れたようだった。

その時今度は先ほどより穏やかな足音がした。そしてその音の主はキラの前に現れてティーナと同じことを言った。


「どうしてですか?」


今日も動揺一つ見せずセイラは佇んでいた。タイミングを図ったかのように現れたセイラにキラは言った。


「どうしてって、セイラが頼んだんでしょ?」


「それはそうですが、こうもあっさり事が運ぶと思ってはいませんでした。もう二三、手を打つ必要があるかと予想していました。」


事情を知らないティーナがキラとセイラをキョロキョロ落ち着かない様子で見ていた。

どうして。キラはその答えを出した。


「たとえ危険でも、逃げたくなかったのかも。」


その時にセイラがした眼にどんな感情が込められているのかキラにはわからなかった。

口は真一文字に結ばれ、頬も眉も笑っていない。だが眼だけはどこか寂しげに笑っていた。


「そう。キラさんらしいですね。」


感情の無い声でそう言い、セイラは再びキラ達の前から去っていった。

姿勢良く堂々と歩いていく後ろ姿には独り闘う騎士のような威厳があった。



◇ ◇ ◇



もう二日で出発らしい。長いようで短い時間だった。この窓からアズュールの街を見渡せる時間もあと僅か。

ルルカは一人与えられた部屋の窓から外の様子を見つめていた。

遥か下遠くに広がる城下町。ここからでは人も建物も米粒のように小さく見える。視線を上げるとウィゼート国全体が見渡せる。

きっとサバトは今までずっとここからこの国を見てきたのだ。ウィゼート全体と米粒のように見える人々、両方のことを常に考えて。

下に居る一人一人のことを考えないわけにはいかない。民を悲しませて何が王だと、サバトは昔から言っていた。

しかし下に住まうわけにはいかない。降りた先で落ち着いてしまっては、目先のことしか考えられなくなってしまうから。


「適わないわね。」


誰も居ない部屋でぽつりとルルカは呟いた。ルルカは「王女様」を辞めて正解だったと思った。

その時軽く扉を叩く音がした。ルルカは戸を開けに行く。

キラかティーナか、このノックの仕方はもしかしたらゼオンかもしれない。イヴァンの可能性もあるだろうか。

扉を開けた先の人物の目は予想以上に上にあった。青い髪の青年が優しく微笑みルルカを見下ろしていた。


「え、え……さ、……えっ!?」


「こんにちは。もうあと数日で出発だと聞いたので。少しお話しませんか?」


サバトの落ち着いた様子と今のルルカの様子は正反対だった。

突然のことにパニック状態になり、ルルカは声を出さず小さく頷くことしかできなかった。

ルルカはサバトを部屋に入れて扉を閉める。幼い頃に何度も会っているのにどうして突然現れたくらいでルルカはこんなに慌てているのだろう。

自分に呆れてため息をついた。サバトはぶらぶら部屋の中を歩きながらルルカに言った。


「ゼオンさんとティーナさんは今回の戦いで負傷したようですが、ルルカは大丈夫ですか? 怪我はありませんでしたか?」


「は、はい、私は……。」


「そうですか、それはよかった。」


その時のサバトは国王としてのサバトではなく、幼い頃のルルカが会ったサバトに近く見えた。

「国王」である普段よりも心なしか肩の力が抜け、気楽な様子で話しているように見えた。


「ルルカも皆さんと一緒にロアルの村に戻るんですね?」


「このまま何事もなければ、とりあえずそうしようかと思っています。」


「そうですか。また寂しくなりますね。また、いつでも来てください。歓迎しますよ。」


眩しすぎる笑顔を見る度に心が暖まる。そんな自分にもサバトにもルルカは少し呆れていた。


「また、サバトさんは……。一応私、隣国の大罪人ですよ? そんなことを言っていいんですか?」


「僕には大切な友人です。もし気になるようでしたら、一つ手紙でも寄越してくだされば『国王』ではなくただの『サバト』としてお茶くらいは付き合いますよ。

 時間を見つけてこっそり……城下町くらいまでなら僕はいつでも行けます。」


茶目っ気を含んだ表情でサバトはウィンクする。これは王である時には見せない表情だ。

昔、サバトがまだ王ではなく王子であった時こんな顔をよくしていた。

見かけによらず少々子供っぽいところがあり、ルルカはサバトに連れられてこっそり城を抜け出して城下町に遊びに行ったりしたものだ。

夕暮れの桃色の空がどこか懐かしい気持ちにさせる。


「変わりませんね。」


ルルカは少しだけ笑った。ここに来る前は怖かった。

記憶の中のサバトは果たして本物だったのか。幼い「お姫様」だったルルカによって美化された幻だったのではないだろうかと。

実はキラの両親を殺してしまうような残虐な人だった。そんな醜い真実が待っていやしないかルルカは自分のこともサバトのことも疑い続けていた。

そんな何日か前の恐怖が今では馬鹿馬鹿しく思えた。


「変わらない、とは少し失礼ですね。これでも僕だって日々精進しているつもりなんですよ。」


ルルカの顔が自然と緩む。目の前のサバトは記憶の中のサバトと何も変わらない、むしろ更に輝かしい人になっていた。


「そんなところも、変わらないです。そのそういうところが、その……」


素敵だと思いますよ、と伝えたかったが言えなかった。

すると今度はサバトが言う。


「実を言うと僕も、貴女が昔と変わりなくて安心しているところです。」


その言葉にルルカは驚いて首を振る。違う。もうルルカはお姫様ではない。あの頃の自分には戻れないのだ。


「どこがですか……。こんな私のどこが。あれから五年、私はもう『お姫様』じゃありません。

 私は髪を切りました。ふわふわのドレスももうありません。優しさも甘さも捨てて、生き延びる為にこの両手を何度も血に染めました。

 ここに来るまでにも何人か殺しました。貴方の前に居るのは夢も希望も持たない殺人鬼です。

 それでも、私が昔と変わらないだなんて言えるんですか?」


ルルカはサバトの顔を見られなかった。こんな自分を見られたくなかった。

ルルカは自分が弱いことを知っていた。サバトのように強く清らかにはいられない。

降ってきたものは言葉ではなく優しい手だった。


「僕には今も昔もルルカは素直で優しい子に見えますが?」


頭を撫でながらサバトが言ったその言葉を信用するだけの勇気はまだルルカには無かった。

優しいその言葉をただ黙って受け取った。



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