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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第7章:ゼロ地点交響曲
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第7章:第39話

ディオンは立ち止まり、セイラの方を向く。セイラはすらすら軽くこう語りだした。


「ここに来る前、私は裏で糸を引いている黒幕が居ると言いましたね。

 今の会話の中でイオという人物。その子が黒幕です。サラ・ルピアに精神操作魔法をかけたのもその子です。」


「……なぜそんなことを教える?」


「黒幕の情報を餌にして私はここに連れてきてもらったはずですが。」


「こちらから尋ねてもいないのに。律儀だな。」


「どこかの残念なオズさんと違って、私は嘘は嫌いなんで。それともう一つ、お願いしたいことが。」


「何だ?」


「キラさんの杖。あれは今後どうされるのでしょうか?」


「あれは危険だ。こちら側で預かり、色々と調べることになるだろう。」


「それを止めていただきたいのです。杖はキラさんに返していただけませんか。」


ディオンの表情が険しくなった。心優しいディオンもさすがにそれを良しとはしてくれなかった。


「それはできない。あれは凶器でもあり、犯人だ。それをキラさんに返すなど……危険すぎる。

 こちら側の都合だけでなく、キラさん達の身のことも考えて、その要求には応じられない。」


困ったな、とセイラは考え込んだ。あの杖をここに置いていくわけにはいかない。

伏せておくつもりだった手札を一枚、セイラは出すことにした。


「ここにあの杖を置いておくと、再び国王様の命が狙われる可能性があるとしてもですか。

 反乱軍解体後の後処理でバタバタしてる中、襲撃の警戒をし続けるのはあなた方も辛いのでは?」


「……どういうことだ。」


「はっきり言いますと、今回の反乱の黒幕達は、あの杖を狙っています。

 同時にその黒幕達にとってあの国王様とサラ・ルピアが生きているのは少々都合が悪いのです。

 ……まあ、サラ・ルピアに関してはああなってしまったわけですし、国王様は首都から動かないでしょうから問題ないと捉えるかもしれませんが、居ない方が良い存在であるのは確かです。

 杖をこの城に置いておけば彼らはいつかそれを盗みに来るでしょう。

 その時に国王とサラ・ルピアの暗殺もやってのけるでしょう。その程度のことは簡単に成し遂げるだけの力がある者達です。

 彼らは杖の力を借りたサラ・ルピアよりも遥かに強く、狡賢いです。あなた方程度で止められる相手ではありません。

 杖をキラさんに預ければ、再びあの村に杖が四本全て集結することになります。

 奴らの関心は首都ではなく村に向くことになります。ある程度ですが国王様は安全な場所に居られますよ。」


ディオンは今の言葉をすぐには呑み込めないようだった。「やはりそうか」と、セイラは心の奥で呟いた。セイラが事実を語ったとき、このような態度をとる相手は今まで何人も見てきた。だからこそ、セイラは情報を伏せてきたのだ。

ディオンはしばらくしてこう答えた。


「正直、信じがたい話だな……。もし君の話が真実だとするなら、その強大な力を持った者達はあの村を襲撃するのでは?

 あの危険な杖をその者達に渡してはならないのではないか? この首都で守りきれないのなら、あの村にあっても同じではないのか?」


セイラはクスッと鼻で笑った。

目でディオンの頬から耳元をなぞり、他の誰にも聞こえないように囁いた。


「ありますよ、あの村には。奴らに対抗できる可能性のある力が。

 ウィゼートの国に仕える方ならよぉく知っているはずですよ。『紅の死神』のことは。」


「オズ・カーディガルか……!」


紅の死神。その一言でディオンに緊張が走るのがわかった。


「君は彼をその者達に対抗させ、戦わせる気か……!?」


セイラの口元がにいっと上がった。忍び笑いはやがてはっきりした声に変わっていった。


「ウフフ……戦う? 戦いならもうとっくに始まってますよ。ずーっと前から。

 顔合わせてドンパチやるような直接的な戦いではありませんよ。水面下の静かな静かな戦いです。」


そう、今まで起こったことは舞台裏での糸の引き合いによって盤面に生まれた一つの波に過ぎない。

あの村に杖が全て集結したのも、キラの記憶の封印が解けたのも、ゼオンとディオンの再会も、そしてこの反乱も、おそらく全てこの静かな争いの一部である。

だがその糸の引き合いももう少しでお終いかもしれない。セイラはそんな予感がしていた。

たった一人に話を訊いただけで操り師の姿が見えてしまう。そんな局面まで来たのだから。


「ご安心ください。あの杖をオズさんの目の届く範囲に置いておけば、すぐにあなた方の手を煩わせるような戦いが起こることは無いでしょう。

 黒幕もオズさんにそう簡単に手は出せませんから。オズさんもあの杖に興味津々なので、杖を奪われないよう勝手に動いてくれるはずですよ。

 キラさんの身の安全に関してですが、まあ何とかなると思いますよ。

 サラさんの時のようなことが起きるのに必要な条件があるのですが、キラさんがそのような状態に陥る可能性はもうあまり無いかと思われますので。

 杖をキラさんに返してくださいな。そう、国王様にお伝えしてくださいませんか?」


ディオンがセイラを見る目はここに来た時と全く違った。幼い子ではなく、厄介な大人を見る目つきだった。


「何か訳ありみたいだな。」


「たしかに、そうかもしれないですね。」


「……伝えるだけはしておこう。」


「ありがとうございます。」


ディオンの答えを確認してから、セイラはようやくまた歩き出した。

ディオンを追い抜いて前に出る。ディオンはセイラの後ろをついて行く。ディオンは不意にこう尋ねた。


「……君は何者だ?」


くるりと舞うように一つ回り、セイラは答えた。


「私は、ただのか弱い幼女ですよ。」


それはディオンにというより、セイラ自身に深く響いた。



◇ ◇ ◇



数日後、キラはサバトに呼び出された。キラに直接話したいことがあるらしいのだが、キラにはその内容がどんなものか全く予想がつかなかった。

サラとの戦いの直後よりは大分気持ちの整理はできてきただろう。

今も思い返すと心を黒い闇に喰われそうになり苦しくて仕方がないけれど、少しずつその辛い思い出を乗り越えていけるような気がしていた。


使用人がサバトの居る部屋までキラを案内した。窓の大きな開放感のある部屋の真ん中に硝子でできていると思われる品のいいテーブルが置いてあり、その両脇に置かれた二つの椅子の片方にサバトは座ってキラを待っていた。

部屋に入るとサバトはキラに優しく微笑み、椅子に座るよう促した。

初めてサバトと話した時も思ったことだが、この人の前に座るのは緊張する。

柔らかく爽やかな空気を漂わせながらも強い芯を感じさせる人なのだ。

使用人がキラとサバトにお茶を出した。。

「どうぞ。」とサバトが勧め、キラは今にも震えそうな手で一口だけお茶を口に運んだ。

柑橘系の仄かな香りで少しだけ気分が和らぐ。話はそれから始まった。


「気分はどうですか。戦いの直後気を失ったと聞きましたが。」


「あ、えっと、もう大分よくなりました!」


「そうですか、それはよかった。ここ数日間皆さん部屋を行ったり来たり、たくさんお話してらっしゃったと聞いております。」


「あ……」


あの日ゼオンに言ったとおり、キラはティーナとルルカを引き連れて何度もゼオンの部屋に押しかけに行っていたのだ。


「お城の人たちの迷惑になってましたか?」


「いいえ、そうではありません。思ったよりも元気そうなので安心したと、そういう話ですよ。」


サバトの暖かい言葉を聞いているとキラの緊張は少しずつほぐれてきた。

それからサバトは本題に入った。


「そろそろ、私が今日キラさんをお呼びした理由についてお話しましょうか。あの杖の今後の扱いについてです。」


キラはあの杖が見せた恐ろしい力を思い出した。


「あの杖は……これからどうするんですか?」


「それをキラさんにお訊きしたくて呼んだのですよ。」


「え? あたしが決めていいことなんですか?」


国側が預かって色々と調べることになるのが普通なのではないだろうかとキラでも想像がついた。


「ディオンが一つ私に話してきました。どうやらセイラさんが杖をキラさんに返すように頼んできたらしいのです。」


「セイラが?」


「はい。どうやら訳ありのようで、どうしてもここにあの杖を置いておくわけにはいかないらしいのです。

 ですがキラさんもおわかりでしょう。あの杖はとても危険な代物です。

 あの杖をあなたに返すということはキラさんの身を危険に晒すということです。

 僕なりに考えた結果、元々の所有者である貴女の意志に従うべきだと考えました。

 もし貴女が杖を拒むのであれば、こちらで責任を持ってお預かりしましょう。

 もし貴女が杖を手に取るこてを選ぶのなら、僕は貴女を信じてそれをお渡ししましょう。」


「あの、もしあたしが杖を持ってっちゃったら……その、色々調べる時に困ったりしませんか?」


「そうですね、サラさん周辺の取り調べの時には必要になるかもしれません。

 ですがサラさんは未だ眠ったままです。そちらの取り調べはサラさんが目覚めた後ということにいたしましょうか。

 サラさんが目を覚ましたら、またその杖を持ってこちらに来ていただければ大丈夫ですよ。」


キラは紅茶の水面を見つめながら考えた。揺らめく暗い波があの闇を思い起こさせる。

今度あの杖を目の前にして、キラは正気のまま銀の柄を掴んでいられるか自信が無かった。

まだ姿を見てもいないのに再び恐怖に呑まれてしまいそうだ。だがセイラのことを思い出してキラは考え直した。

セイラがどうして杖をキラに返すよう言ったのか、セイラが何を目指しているのかキラには想像もつかない。

だがサラが闇に呑まれそうになった時のセイラの行動――あれは間違いなくセイラの本心であったように思えた。

セイラが居なければ地下通路でキラは殺されていたかもしれないし、サラも闇に完全に消滅させられていただろう。

キラは紅茶を飲み干してカップを勢いよくソ―サ―に置き、元気良く答えた。


「あたし、あの杖持ってきます!」


「なるほど。どうしてそちらを選んだのですか。」


「あたしがあの杖を持っていることで何かセイラの助けになるんだったら、あたしはそれに応えたいと思ったんです。

 セイラは二度も助けてくれたんです。辛い結果になったけど、ほんとの最悪にならずに済んだのはセイラのお陰なんです。

 だから今度はあたしがセイラを助けたいなって。セイラに何か願いがあるのなら、少しでもそれを叶える手伝いがしたいなって。

 ただ突っ走るだけにならないよう、今度は気をつけるから……。」


最後の一言だけは少しだけ落ち着いて、穏やかに言いきった。

サバトはキラの決意を聞き遂げた後、獅子のような厳しい目を向けた。


「それは危険な道かもしれませんよ。痛く辛く悲しい選択かもしれません。

 困難に真っ向から立ち向かうことが正解とは限りません。それでも、持っていくのですか?」


キラの肩がかつて無いくらいに強張る。震えが止まらない威圧感。

それでも引き下がらず、キラは言う。


「はい。」


途端に、サバトの威圧感は消え、柔和な微笑みがキラを迎えた。


「なら、僕はそれに従いましょう。」


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