第7章:第38話
「本当に君は不思議な子だな。」
前を歩くディオンが呟いた。
「あなた方とは色々なことが少し違うだけですよ。」
セイラはそう答えてディオンの後を追う。この人の一歩はセイラの三歩分くらいある。
ディオン特に焦っている様子は無かったのだが、セイラはディオンに遅れずについて行くのに苦労した。こういう時、セイラは自分の身体が小ささが憎くなる。
セイラとディオンは城から少し離れたところのとある建物に来ていた。
首都の施設のわりに飾り気のない建物で、内部も面白みの無い扉が立ち並んでいるだけの単調な造りだった。
ディオンは突如沈黙を破った。
「一つ訊く。君は彼と知り合いなのか?」
「いいえ、面識はありません。」
「ならばなぜ、彼……エリオットの偽物との面会を希望したんだ?」
「それは勿論、少しお話したかったからですよ。」
「先方にそのことを伝えたら『こちらも一度話がしたいと思っていた』と言ってきた。何かあるとしか思えないのだが。」
「いいえ、何も。こんな意味のない反乱に参加するような愚鈍な輩とお知り合いになる程私は暇ではありません。」
「なら、なぜ?」
「さあ、なぜでしょうね? さほど隠す必要のあることでも無いのですが。」
そうして再び会話が消えた。
二人は地下へと潜った。空気が冷たく湿っぽく変わっていき、壁が石でできた重々しい雰囲気の場所へと進んでいく。
灯りの数は多いので視界が悪く感じるほど暗くはないが、それでも地上に比べると窓が無い分閉鎖的な印象だ。
しばらく進むと数人の兵士がセイラ達を出迎えた。兵士の一人がディオンと何か話した後、ある部屋の前へと案内された。
重く分厚い鉄の扉がセイラの目の前にあった。
「彼の様子は?」
「異常ありません。騒ぐこともなく落ち着いております。」
ここは留置場だ。そしてこの向こうにこの反乱に手を貸した獣人が居る。
サラの右腕とも言える人物。「エリオット・アレクセイ」とすり替わり、スカーレスタ制圧の手引きをした人物だ。
ディオンが言った。
「すまないが、念のため俺も同席させてもらう。」
「構いませんよ。」
兵の一人が扉を開き、二人は中へと入る。少し進んだ先に彼は居た。
地下の留置場での割にそこそこ清潔そうな部屋で、その部屋とセイラ達の居る場所は鉄格子によって仕切られていた。
彼はベッドに座っていたが、セイラを見つけると、鉄格子のすぐ近くまでやってきた。
「はじめまして。君が、セイラか?」
「ええ、そうです。はじめまして。」
落ち着いた様子でその人は言った。白い狼の耳と尻尾を生やした利口そうな人物だった。
彼はセイラをじっと見つめた。
「なるほど、よく似ている。」
「なぜ私があなたとの面会を希望したかわかります?」
「なんとなくだが、察しはつくな。」
「ではやはり、あの子はあなた方の元に居たのですね? あの子……イオは。」
相手は深く頷いた。
「セイラ。お前の話はイオからよく聞いた。たしか、双子の姉だとか。」
「厳密に言うと正しくありませんが、さほど間違ってもいませんね。」
「おそらくお前が俺に面会を希望したのはイオに関することだろう。」
「話が早くて助かります。では単刀直入に申し上げます。なぜイオはあなた方のところに居たのですか?」
「俺達獣人の反乱軍がサラをリーダーとして迎え入れて少しした頃だったかな。
迷子になってたところを拾ったんだ。しばらく保護して、その頃はまだ反乱軍の活動にイオは関わっていなかったんだが……。」
「その時期、イオはサラ・ルピアと会ったことはありましたか?」
「ああ。サラはイオが気に入ったのか、よく会っていたよ。」
「そうですか。続けてください。」
「活動拠点を探していた時だったかな。クローディア・クロードを反乱軍にスカウトして彼女の別荘を借りようとしていたんだが、その話が駄目になってね。
その時に、ブラン聖堂を貸すからそこを使ってくれと言い出した。
その辺りから、イオも活動に参加し始めたな。活動を手伝うから、探し物の手伝いをしてくれと言われた。
結局、手伝ってやれずに終わってしまったが。」
セイラは一つ、疲れたため息をついた。
「あの子は反乱軍でどのようなことをしていました?」
「主に計画のサポートだ。イオの魔法はとても役に立った。記憶や精神操作、それに時間を操る魔法は特にな。」
セイラは相槌を打ちながら話を聞いていた。セイラはようやくパラパラと散らばっていた情報を繋ぐピースを見つけ出した。
「なるほど、納得いきました。なぜあなた方反乱軍がスカーレスタを制圧し、この城に侵入することができたのか。
あなたが『エリオット』の偽物であることに気づかれても、記憶や精神をいじってしまえばむしろ忠実な僕になってくれますものね。
そうして密かに水面下で地盤を自分達のいいように整えて実行に踏み切ったわけですか。
そして制圧が完了した後、あなたとサラ・ルピアはスカーレスタ制圧より前の時間へイオの魔法で飛ばしてもらう。
制圧が起こった後は一気に警戒が厳しくなりますが、その前はまだ警戒の度合いも緩めでしょうから。
そして下っ端に首都行きの列車を襲わせ、そのごたごたに乗じて乗り込み、そのままその列車で首都に入り込む。
反乱が起こるまでどこかに身を潜め、反乱が始まったらあの地下通路から侵入……ってとこでしょうか。
もしかして、地下通路の情報も、イオが教えたのでしょうか?」
「そうだ。名推理だな。」
「あの子のことは、よく知っていますから。そうですか……あの子は随分色々なことをやってくれたんですね。」
長く続いた話がようやく一度途切れた。やっと黒幕達の足跡が見えてきた。
「もう一ついいですか?」
「構わないが。」
「あの子は……元気にやっていましたか?」
これは目的の為の探求とは全く関係の無い質問だったが、セイラはこれを訊かずにはいられなかった。
「見た感じ元気そうだったが。……でも、時々寂しそうにしていたな。お前に会いたいと言っていた。」
「……そうですか。」
返した言葉はその一言だけだった。セイラはそこで話を終え、ぺこりと頭を下げた。
「お話してくださってありがとうございます。とても助かりました。私、あの子のことは『わからない』ので。」
「いいや、礼を言われる程のことではない。」
セイラはディオンの所に戻っていった。その後、エリオットの偽物はディオンに尋ねた。
「お前に訊きたいことがある。」
ディオンは元から鋭い目を一層険しくさせて言った。
「言ってみろ。答えられるかは内容による。」
「サラはどうしている?」
ディオンは少し答えるのを躊躇った。
お人好しではあるが真面目でもあるからこそ、主であるサバトの命を狙った人物に事実をありのまま答えることに迷いが生じたのだろう。
「サラ・ルピアは意識不明の重体だ。命に別状は無いが、当分面会などは不可能だろう。」
ディオンは肝心な事実はぼかして伝えた。だが彼にはそれだけで十分なようだった。
「そうか。いい機会だ、ゆっくり寝るといいさ。今までろくに眠れなかっただろうからな。」
その言葉は暖かかった。セイラには理解ができなかった。ディオンが感情を抑えた声で言う。
「随分落ち着いているんだな。お前達はサラ・ルピアに騙されたというのに。」
「何の話だ?」
「お前達獣人の目的は反乱。現王家を倒すこと。対して彼女の目的は陛下の殺害。
ただ陛下を殺しただけではお前達の目的は果たされないはずだ。代わりの王を立てられておしまいだろう。」
エリオットの偽物は鼻で笑った。
「そうだな。俺の仲間達はそうだ。この計画が『王家打倒』の為の計画だと信じて実行し、まんまとサラに騙された。
けれど俺は違う。俺はサラの復讐を応援していて、『国王暗殺』の計画と知っていてサラに手を貸した。
それで気が晴れるなら存分にやれと思っていたよ。」
隣に居たディオンが拳を握った。少し荒い口調でディオンは言った。
「それであいつの為になると思ったのか。」
「思ったさ。憎しみを埋める墓場は必要だ。」
ディオンは納得いかない様子で偽エリオットを睨みつけていた。セイラはそんな二人をを何も感じずに眺めていた。偽エリオットは言う。
「お前にはわからないよ、公爵様。わからなくていいことだ。」
ディオンは結局、その言葉を理解できなかったようだった。
セイラにもその言葉の意味は全くわからなかった。きっと永遠にわかることはないのだろうと思った。
不意に偽エリオットはセイラ達から目をそらし、低い天井を見つめた。そしてこう語りだした。
「サラはいつだか言っていた。『ああ、無力だな。』って。『十年前のあの時、何もできなかった。』『父さんも母さんも死んで、キラも記憶を封じ込めなきゃならない位の心の傷を負ったのに、どうして私だけなんともないんだろう』って。」
感傷に浸るように話すのをセイラは他人事のように眺めていた。
彼が何を思っているのかも、サラが何を思ったのかも全く理解ができない。ただ、『ああ、無力だ。』……この一言だけはセイラに重くのしかかった。
その時、兵士が一人入ってきてディオンに何か伝えた。それからディオンがセイラに言う。
「もうすぐ面会終了の時間だ。もう訊くことは無いか。」
「ええ。」
セイラは偽エリオットに言う。
「では、失礼しました。」
「こちらこそ、退屈だったんでいい暇つぶしになったよ。ありがとう。」
セイラとディオンは速やかに部屋を出た。牢の中の彼はセイラ達が来る前よりもどこか柔らかい表情で見送った。
面会を終え、セイラとディオンは来た道を戻っていく。兵士の姿が見えなくなるのを確認してからセイラはディオンに声をかけた。
「少し止まってもいいですか。」
「どうした。」
「あなたに話があります。」