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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第7章:ゼロ地点交響曲
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第7章:第36話

あの杖を示すキラの指がまるで魔法の指かと思うような、そんな時間だった。

息を吸うこともできない苦しい数十秒だった。

ようやく、サラがよろめいて一方下がった後に噛みつくように言った。


「馬鹿言わないで! それが犯人!? 人ですらないじゃない!

 大体、母さんが父さんを殺したっていうのもわけがわからない! そんなことする理由がどこにあるの!?」


「お姉ちゃん、ほんとにわからないの?」


キラは必死に否定するサラを見て寂しくなった。


「二人が死んだ時、あの杖ね、あたしたちが居た部屋にあったの。

 さっきまでお姉ちゃんもあの時と同じ状態だったんだよ。お母さんは、あの杖に体を乗っ取られた。

 体を乗っ取られたお母さんはあたしと王様を殺そうとした。お父さんはあたし達を庇って死んだの。」


その言葉は再び怒鳴り散らそうとするサラの口を封じた。

サラは首だけだらんと前に垂らし、立ちすくんで震えていた。

ああ、苦しかったんだ。キラはサラが泣いている子供のように見えた。


「じゃあ、じゃあ母さんはどうしたのよ! その話だと母さんは死んでないじゃない!」


キラは震え上がる。キラが最も受け入れたくない真実に触れなければいけない真実に触れるべき時が来た。

思うように動かない唇を必死に動かしてキラはそれを述べた。

口に出すのもままならないのでは、その先に行くことなどできやしないだろうから。


「あのね、母さん父さんを殺してしまった後ね、母さんが正気に戻ったんだ。

 ショックで杖を落としちゃったの。そしたら……そしたら……」


止まない耳鳴りと吐き気と苦痛に耐えて叫ぶように言う。


「杖から真っ黒い何かが湧き出てきた。さっき戦った時に出てきた黒いのみたいなやつ。

 それがお母さんを飲み込んで……そしたら叫び声がして、それで、……目の前で消された。」


サラが顔を上げた。負の感情を奪われたようなぽかんとした顔をしていた。

今言ったことが信じられないようだった。辺りは再び静まり返ったが先ほどまでのピリピリした緊張感がない。

少しだけ鼻で笑いながら震える声でサラは言う。


「ねぇ……それは杖なんだよ? 人が持って使う道具なんだよ?

 その話だと、誰も触れてないのにその杖がひとりでに動き出して母さんを消したってことになるよ。そういうことなの?」


「うん。」とキラは言い切った。だがサラは信じなかった。信じたくないようにも見えた。


「ありえないよ。信じられないよ……!」


炎が燃え尽きたように俯いてサラの声が弱っていった。

キラも信じたくなかった。キラもゼオンもティーナもルルカも、みんな今まで当たり前のように手で持っていたこの杖が人を消すなんて。

だが、それが十年前のあの時にこの目に映った光景なのだ。どうすれば信じてもらえるだろう。どうすればサラを止められるだろう。

その時、背筋がぞわりとした。


『なら、信じさせてあげるわ。』


それはキラや体を乗っ取られた時に聞こえたあの声だった。まずいとわかってももう遅い。

あの黒い闇が杖から湧き出て眼前を覆っていく。足が竦んで動かない。

こちらに手を伸ばすゼオンの姿が見えた。キラも必死で手を伸ばした。

だが、ゼオンの手に触れるより先にキラは何者かに殴り飛ばされた。

気づけばもうキラは黒い闇の手の届かない場所に居た。だが顔を上げた時、心を抉られるような景色が飛び込んで来た。


キラは必死で「お姉ちゃん!」と叫び続けた。体が震えて立ち上がることすらできなかった。

キラの盾となるように眼前にサラが立っていた。そしてサラを黒い闇が覆い隠していく。

それは十年前に見た景色と重なっていく。眼前で微笑む母を蝕んでいく黒い闇。

ゼオンがやってきて動かないキラを黒い闇から離してからサラに手を伸ばした。

サラは手を伸ばしかけたが、触れる前に手を引いた。そしてサラはバランスを崩して倒れた後に終わりのない黒に引きずりこまれていく。


もう届かない、そう思いかけた時、世界が石と化した。サラと黒い闇がピタリと動かなくなったのだ。

別の異変を感じたせいか、竦んでいた足が動くようになりキラは立ち上がって辺りを見回す。

誰一人動かず、誰にも色がない。普段どおり色があり、動けるのはキラとゼオンだけだった。

ゼオンも何が起こっているのかわからないようだ。だがその時。


「馬鹿か! さっさと動け!」


耳を突き破るような声がした。

震え上がって声の方を見ると蒼の魔法陣を広げながらこちらを睨むセイラが居た。

前方に出しているセイラの手は震えていて、魔法陣は今にも壊れそうだった。


「早く! 長くは保たない……!」


言われるがままにキラとゼオンは闇の中からサラを引きずり出そうとする。

だが闇は動かないくせにサラを押し留めようとする力は非常に強かった。

二人でサラを引っ張る。頭が出て、左足と左腕が出て、右半身も腕以外は殆ど外に出た。あとは右腕のみ。

だが奇跡は長く続かなかった。


時が動き出す。黒い闇は再び暴れ出し、闇から逃れたはずの右足を再び呑み込んだ。

必死にサラにしがみつくが勢いが止まらない。その時、サラが微笑んだ。


「ごめんね、わるいおねえちゃんで。」


腕先が黒く染まり砂のように崩れだした。暴れ出した悲鳴は言葉にすらなっていない。

右手から肘、二の腕。次に右足、臑、膝、太股。黒に汚染されて骨も残らず無に還っていく。

キラはサラの腕を掴んだまま、口をぽかんと開けたまま蝋人形の如く立ち尽くしていた。何もできなかった。

サラの体がぐらりとバランスを崩して倒れた。切り口から血が吹き出て床を汚していく。

黒い闇は満足したのか杖の中に戻っていった。サラは胸部と腹部を除いた右半身をほぼ喰い尽くされていて、瞼を下ろしたまま動かない。


「あ……う……やだ……!」


足から力が抜け、ぺたりと座り込む。終わった。実質、復讐は止まったのだ。

だが目の前の姉はとても「無事」といえる状態ではなかった。頭が壊れるような痛みが走った。

ゼオンが駆け寄ってきて何か言っているようだったが、頭に入ってこない位にキラは錯乱していた。

そして、キラは糸が切れたように意識を失った。



意識を失う直前、脳裏をある景色が駆けていった。

十年前、両親が殺された時の記憶。隣にはまだ幼いサバト、キラは恐怖で泣き喚いていた。

頭が半壊している父の亡骸、そして全身が黒と化して消えていく母が見えた。

その黒い闇の向こう側、遠く暗くてはっきりとは見えなかったが、誰かが居たような気がする。



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