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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第7章:ゼロ地点交響曲
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第7章:第33話

挿絵(By みてみん)


もうキラのよく知るサラは居なかった。サラの皮を被った別物だと、姿をこの目で見なくてもわかる位に異様な気配が立ち込めていた。

城を縦に突き抜くように空いた巨大な穴の底、あれほどの魔法で押しつぶされたにもかかわらず、サラは表情を歪めることすらせずにそこに立っていた。

決して無傷なわけではない。瓦礫の下から這い上がってきた時のサラは手足も顔も血まみれでとても戦える状態ではなかった。

だが突然サラの目が紅く輝き、サラが杖を振った途端傷が治りだしたのである。ただし、それでも怪我が完治したわけではなく、まだわずかに傷の跡は残っていた。

それでもサラが機械のように戦いを続けられるのは、今のサラには痛みを痛みとして捉える自我が無いからなのではないかとキラは思った。


キラ一本の箒を手に、二階からティーナと共にサラの様子を見ていた。

セイラに言われたとおりなんとか城に戻り、サバトの居る部屋までの道のりを聞いたのだが、槍を武器に扱っていたサラ相手に素手で戦うのは不利かと思った。そこで城の使用人に箒を借りてから階段を登っていったところ、先ほどの巨大な魔法で穴が空いたのだ。

その後運良くティーナと合流できたので、下の階に戻り、こうして様子を見ているところだった。

ティーナはサラの紅の瞳を見て言った。


「あいつの目の色とか様子とか……、キラが暴走した時と同じ……。」


「うん、あたしもそう思った……。」


虚ろな生気の無い瞳をしていた。一度同じ目にあったからキラはわかる。

あの目をしている時、本人は痛みも憎しみすらも感じられず、何者かに自分の全てを奪われている状態なのだ。

サラを助けなければいけないとキラは思った。キラは立ち上がって穴の淵へと歩き出す。


「ティーナ、たしか杖を弾き飛ばせばいいんだっけ?」


「待った……まさかキラ一人で行く気?」


座り込んだままキラを見上げるティーナにキラはにっこり頷いた。


「うん。だって、あたしのお姉ちゃんだもん。あたしが助けてあげなくちゃ。」


「あたしも手伝うよ! キラ一人でなんて……」


「だめ。」


キラははっきり言った。ティーナの脚は肉が抉られていて血が滴り、とても立ち上がって戦える状態ではなかった。


「ティーナはここで待ってて。」


そう言ってキラはティーナに背を向け、穴の縁で銃を構えている兵士達を押しのけ、箒に乗って飛び出していった。

薄暗い縦穴の底に上から光が僅かに射し込む。下を向けば瓦礫が転がっているのが見え、上を向けば最上階まで続く開けた道が見えた。

その縦の道の突き当たりには、星のように瞬く最上階の部屋のシャンデリアがあった。

サラの目はそのシャンデリアから離れなかった。サラの周りに渦巻くいやな気配はやがて黒くはっきり目に映るようになり、怨霊のようにサラに取り憑いていた。

諸悪の根源はサラの手の中にある杖である。あれを弾き飛ばせばいい。幸い、サラはまだキラに気づいていないようだった。

キラは急降下してサラとの距離を縮め、箒から飛び降りた。


「くらえっ! きらきらいなずまキーック!」


降下のスピードで得た力を足先一点に集中させ、サラの手の杖を狙う。

だがあと少しというところでサラの目がこちらを向き、杖が振られた。

キラのキックを受け止めたのは黒い盾だった。

盾を成している黒い闇に触れた途端足先から全身に強い痛みが走り、キラの体は弾き飛ばされ、そのまま瓦礫に叩きつけられた。

キラはすぐに立ち上がり、同じ地面に立つサラに向かって叫ぶ。


「お姉ちゃん待って! 話を聞いて! お母さんとお父さんを殺したのは……」


だがキラに喋る余裕を与えないかのようにサラはキラに向かって杖を振り、するとサラの周囲の闇が鞭のようにキラに襲いかかる。

この程度の攻撃を避けるのは訳ないのだが、サラの姿は遠くなっていき、キラは杖を弾き飛ばすことも真実を伝えることもできなかった。

落ちた箒を拾いながらキラは攻撃を避けてサラに近づくチャンスを窺うが、黒い闇はサラの周りを覆うように漂っている為、キラはなかなかそのチャンスを掴めなかった。

だがサラがキラをなかなか捕らえられずにいるのもまた確かだった。

それに苛立ったのだろうか、サラが再び杖を振る。すると闇が鞭から波のように形を変え、一瞬で周りを取り囲んでキラを呑み込もうと迫ってきた。

辺りを囲まれ逃げ場がない。だがその時かまいたちが吹き荒れ、キラを取り囲む闇を一瞬で蹴散らした。

待っていてって言ったのに。キラは少し笑いながら二階を見上げた。


「キラのバカっ!『きらきらいなずまキーック!』なんて叫びながら突っ込む奴があるかぁ!」


ティーナが、縦穴の縁で座り込んだまま杖を構え、魔法で援護していた。

「ごめん!」と謝ったがティーナはムッとした様子のままその場を動かない。どうやらそこから援護をする気のようだった。

するとサラが急に杖に乗って空へと飛び上がった。キラもすぐに箒に乗って後を追う。

キラは無視して最上階まで突っ切った方がいいとサラは踏んだのだろう。

空気を裂くように勢いよくキラは天井に向かって直進し、サラの前を塞ぐように立ちはだかる。

サラを取り囲む闇が鼠を払いのけるようにキラに襲いかかるが、生憎この鼠は他の鼠よりも速かった。

器用に闇の切れ間をすり抜けて決して捕まらない。同時にティーナの風の魔法でサラが上に登る勢いが弱まる。

このチャンスを逃すわけにはいかない。キラはサラの手元を狙って蹴りかかった。

だが、相手はキラの姉だ。身軽で速いのはこちらと同じだった。宙に飛び上がって難なく蹴りをかわす。

だが着地地点は杖のある場所から逸れていた。普通ならそのまま落ちていってしまうだろうがサラは違う。着地地点が逸れるのも予想の範囲内なのだ。

よく躾られた犬のようにサラの杖がすぐさまサラの後を追い、やってきた杖の上に音もたてずにサラは着地した。

さすがお姉ちゃん、とキラは感心した。だが感心している間のその一瞬も戦いの内だという自覚がキラにはまだ足りなかった。


陽が陰るように突然辺りが暗くなった。気づいた時にはもう遅く、上も下も完全に黒い闇に覆われてしまっていた。

わずかな隙間をかいくぐって抜け出すが行く手をタールのような黒が次々と塞いでいき、キラは追い込まれていく。

上も下も、どちらに進めばいいかもわからず、キラは遂に出口を見失った。

黒い闇がキラを捕らえて飲み込んでいく。ひやりと冷たい空気に触れたかとおもうと全身に張り裂けるような痛みが走り、意識が朦朧として箒を握る手がぐらついた。

助けたい、気持ちだけが虚しく頭の中でこだまする。キラはまだまだ弱くて未熟で、一人で今のサラに勝つ力は無かった。

無力だな。力が抜けたように頭の中でそう呟いた。

だがその時、キラのすぐ後ろ、耳元と言っていいくらい近くで声がした。


「今どうにかするから、とりあえず落ちるなよ。」


視界全てを覆う暗闇が黄金色に燃え上がった。キラにまとわりつく黒が次から次へと焼け落ちて剥がれて消えていく。

曇天は晴れ、キラが居る場所は闇の中から再び城の中となった。

金粉のように火の粉が舞い落ちていく中、ふと後ろを振り返ったキラは少しだけ悔しくなった。

どうして毎度毎度この人は一番いいタイミングで現れて助けてくれるのだろうか。

どうしてキラは弱くて、この人は強くて、いつも助けられているのだろう。

箒の上、ゼオンがいつの間にかキラの後ろに乗っていて杖をキラの行く先に向けていた。


「何で居んの!?」


出てくる言葉はまずこれだ。これは仕方がないと主張したい。箒に乗っていたのはキラだけだったはずなのだがそこにはたしかにゼオンが居た。

慌てているキラにゼオンは淡々と言う。


「何でって、上から降りてきた。んで後ろに乗った。」


「そんなの知らん! いつから!? いつの間に!?」


「さっき。というか、乗ってる人数増えたことくらい気づけよ。」


「気づくかばかやろーっ!」


いつものようにぽかぽか殴ろうとすると、今日のゼオンは恐い顔でキラの拳を受け止めた。キラはゼオンの目つきが怖くて少しだけ肩がこわばる。

ゼオンの目はキラではなくキラの向こうを見ていた。ゼオンの鋭い目つきの理由を知って、キラは改めて自分の甘さを思い知らされた。

ガス状に漂う黒い闇が集まり獣のように形を成していた。キラ達に狙いをさだめ、今にも食らいつこうとしていた。

その猛獣を操るかのようにその下にサラが居る。キラ達の姿はサラの紅の瞳にも映っている。

サラは上に進む様子はなく、箒を止めてこちらを見据えていた。

もう大分上まで登ってきたようで、下を向いても縦穴の底の様子はもうわからない。下の階に居るティーナの姿もよく見えなくて援護は期待できなさそうだった。

反対に最上階のシャンデリアは先ほどよりもずっと近くなっていた。サラならば数十秒あれば登りきってしまうだろう。

ここで止める。それは先ほどまでは気持ち以上の何にもならなかったが、後ろにゼオンが居る今ならば、不可能ではないかもしれないと思った。


「箒を動かすのはお前がやれ。攻撃とかは俺がやるから。」


キラは声を出さずに頷いた。本当はゼオンに助けられなくても平気なようになりたかった。

一人でサラに勝てるくらい強くなりたかった。本当は、むしろゼオンを助けられるようになりたかった。

けれどキラはまだ弱いから、素直に手を借りるしかなかった。


「ありがとね。」


そう言ってキラは箒で飛んでいく。行く手を塞いでキラを閉じ込めようとする暗闇も、ゼオンが居れば魔法で消し去ることができた。

だがサラになかなか近づけない。檻の番人のように黒い獣が立ちふさがるのだ。


「あの黒いのが邪魔だよな……あいつさえ居なければ……。」


ゼオンが言い、キラも頷く。あのもやもやした黒い闇さえ無くなれば、サラの杖を弾き飛ばすのはそう難しくなくなるはずだ。


「あれ、消せるのかな?」


「さあな。魔法でかき消せるものみたいだから、大技で一気にまとめて消してから、すぐに近づいて杖を弾き飛ばすってとこか……。

 大技を使う余裕を作れるかが問題かもな。」


「うう、が、頑張るよ。」


少し緊張して声が震えた。その余裕が作れるかどうかはキラの箒の操作の上手い下手も大きく関わってくるだろう。

ゼオンが黒い獣に杖を向け、キラは箒で宙を駆け抜け続ける。それが、今できる最大限のことだった。



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