第7章・第29話
壁が抉れ、崩れ、落ちていく音が止むことはなかった。暗闇の中、落ちてくる落石に当たらないようにするだけでも難しい。
その落石を判別する手がかりが、お互いの激しい魔法の光であるところが皮肉だなと感じた。
あらかじめ詠唱カットの呪文を唱えておいて本当によかったとセイラは思った。これで少しは時間を稼げる。
サラ・ルピア――流石はあのリラの孫だ。そしてイクス・ルピアにもよく似ている。速い上に魔法の腕も達者、その上あの杖の力を受けて異常なまでに攻撃の威力が上がっていた。セイラが単身で押さえきれる相手ではないことはわかりきっていた。
だが、最低限キラが逃げる時間だけは稼がなければならなかった。
今、10年前の事件の本当の「犯人」を知る人物はキラとサバトの二人だ。だがサバトの話をサラが聞くわけがない。サラを「無事に」止められる可能性がある人物はキラ一人だった。
そのキラは最終局面まで温存しておく必要があった。
サラは突然魔法を放つのを止め、再び槍で接近戦を仕掛けてきた。
セイラは舌打ちする。サラにとっては詠唱無しで魔法が使えるセイラに魔法で挑むより、接近戦を挑む方が有利である。
なるべく近づかれずに戦いを進めた方がいい。セイラは天井の至るところに光の魔法を放った。
天井が崩れ落ちてくるのに紛れ、セイラは細い通路に入り込んでサラの前から姿を消した。
そこから、銃弾のように貫通力のある魔法を使って壁を壊しながらサラを狙っていく。
サラからセイラの姿は見えない。だがセイラはサラのおおよその居場所を知ることのできるとある「手段」を持っていた。
だがサラ相手ではそれでは足りない。サラは見えないところから飛んでくるセイラの魔法をきっちり避けきっていく。
しかしセイラ自身もそれは予想していた。この時点でサラを仕留められるとは思っていない。
目的は錯乱だった。魔法の飛んできた方向を頼りにサラはセイラを探す。だがサラがその場所に着く頃にはセイラは別の場所からサラに魔法を放っている。
それを繰り返していく度に、サラが動きが鈍くなっていった。そして、ついにサラはセイラを追うのを止めた。
そしてサラは槍を地面に突き立て、呪文を唱え始めた。
「天を巡りし雷よ……」
セイラはその隙を待っていた。素早く巨大な魔法陣を展開し、そこからサラの下に在る魔法陣を取り囲むように複数の魔法陣を浮かび上がらせ、細い糸のような光を別の魔法陣へと放つ。
魔法陣は無限に分裂し増えてまた糸のような光を吐く。吐かれた糸はサラの手足に絡みつき、動きを封じ込めていった。
サラの詠唱は途切れ、ついに手足を完全に糸で縛られて動かなくなった。
「やっと大人しくなったか。……全く、手間がかかるな。」
獲物を逃がさないよう、糸が弛まないように気をつけながらセイラは少しずつサラの方へと近づく。
狂気さえ感じる瞳がこちらを向いていた。ギラギラと光るその目つきが本当にサラのものなのか疑わしいくらいだ。
セイラはサラの前まで出て、問いかけた。
「さて、その槍、さっさと杖に戻して渡してもらおうか。」
セイラがサラの槍に手を伸ばそうとすると、サラはその手をはねのけた。
その時、サラが急に苦しそうに呻きはじめた。手足の自由がきかない中で必死にもがいていた。
その後、突然サラの動きがピタリと止まった。セイラはサラの異変の正体が何なのか悟った。
「ふふふ……うふふふ……!」
サラの口から出てきた声、言葉はもはやサラの物ではなかった。強く瞳が見開くのと同時に槍を振り回し、セイラが仕掛けた糸を一掃した。
再び自由の身となり、セイラを見下ろすサラはもうサラではない。キラと同じ蒼だったはずの瞳が真っ赤に染まっていた。
そう、キラが「暴走」した時と同じことが今起こっていた。異常なまでの魔法の威力もきっとそのせいだ。
セイラはみんなが「暴走」と呼ぶものの正体も知っていた。「ある人」がサラに乗りうつり、暴走させ、操っているのだ。その「ある人」をセイラはよく知っている。
サラはサラではなく、その「ある人」としての目をセイラに向けて言う。
「久しぶりねぇ、セイラ。」
「……確かに、話すのは久々だな。」
高圧的で人を馬鹿にしたような声に腹が立った。苛々するのと同時に、ようやく本当の「敵」と対面できて気分が高揚した。
「やはり、後ろに居るのはお前だったか。サラ・ルピアを使ってこんな戦まで起こすとは、随分暇なんだな。」
「相変わらず可愛げの無い子ね。片割れの方がまだ可愛げがあるかしら。」
楽しそうに笑う声が響く。セイラは不愉快げに眉をひそめた。サラ・ルピアの隠れ蓑に身を潜めるその人の本性も目的もセイラはよく知っていた。
サラがセイラに槍を向ける。この間合いではセイラに大変不利だった。
「悪いけど、あなたにかまってる暇はないの。」
セイラも手を前に出して、いつでも魔法を使えるように構える。
どうにかして距離をとってからもう一度しとめなくては。その時、サラが槍を手に突っ込んできた。
セイラは間一髪のところでかわす。そしてセイラが魔法を使おうとした時、サラが槍を天井に向けた。
ガッと強い音と共に天井が崩れる。しまった、とセイラが思った時にはもう遅かった。
落石に行く手を阻まれてセイラは思うように動けず、その間にサラは城の方へと走り暗闇に紛れて消える。
どんなに強くサラを睨み、止まれと願っても、現実はついてきてはくれない。
落石が収まり、静かな地下通路にただ一人取り残されたセイラは城の方へ、争いの原点であり、終着点となる場所を見つめ呟いた。
「好きにはさせない……メディレイシア……!」
全てはこの冷たい争いを制するために。セイラは後を追った。