第7章:第28話
おそらくR-15程度の残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください。
鈍く光る槍先がキラの鼻の前数センチのところにあった。暗闇にの中、「姉」ではなく「復讐者」の顔をしたサラがぼんやりと見えた。
「驚いたなあ。どうしてキラがこの地下通路に居るの?」
そう言われた時にキラは初めてここが地下通路だとわかった。どおりで暗くて寒くてじめじめしてるわけだ。
「私、邪魔をするならキラでも倒すよ。お願い、退いて。」
キラは退かなかった。退いてたまるか。何秒経ってもキラは動かず、時間が経つごとにサラの目が妹を見る目から敵を見る目に変わっていった。
サラは槍を下ろした。キラが少し安心して声をかけようとした瞬間、サラは槍先をキラの目に向けて突っ込んできた。
間一髪のところでキラはかわしたがサラは攻撃を止めない。サラの隣の青年が慌てた様子でサラに言った。
「正気か、サラ。」
「エリオット、相手が誰だろうと倒さなきゃ目的果たせずに終わるだけだよ。」
サラの目からキラに対する敵意が見えた。目にぐっと熱いものがこみ上げてきたが、泣いている暇はない。
キラは駆け出し、サラに殴りかかった。寸前のところで槍の柄で受け止められてしまい、すぐにサラの反撃がくる。
キラは器用にそれをかわしきり、懐に回り込んでサラの頬をぶん殴った。
「やるじゃん……」
狂気がサラの笑みに滲んでいた。
サラが槍でキラの腹を狙い、キラはするりとかわして距離をとった。キラはサラより頭も悪いし魔法も下手くそだが、かけっこでサラに負けたことはない。
手荒いが、これしかない。サラに勝って気絶させ、誰か人を呼ぼうとキラは考えた。説得はその後だ。
するとサラが先ほどエリオットと呼んだ青年に言った。
「悪いけど、ちょっとキラの相手して時間稼いでくれない? 魔法で一気に片をつけるから。」
「……わかった。」
させてたまるかとキラはサラの方へ向かう。エリオットがすぐにサラとキラの間に入り、懐から細身の剣を取り出した。
手早く振り払ってサラの詠唱を止めたかったが、エリオットは思ったより強かった。
強い、というよりは速い。この人は魔術師だろうか、それとも他の種族だろうか。こんなに接近戦の強い魔術師はなかなか居ない。
キラの足についてくる人なんて今まで殆ど見たことがなかった。
「天の加護を受けし青き雷……」
サラの詠唱が進む。キラは素早くエリオットの鳩尾に蹴りを一発決め、怯んだ隙にサラの方へと走る。
だが、一歩遅かった。
「槍の如く進み貫け……ランス・エクレール!」
一直線に青い雷がキラの心臓目掛けて飛んでくる。だがその時、キラの前に誰かが現れた。
その人物が手を前に出すと青い魔法陣が浮かんだ。時計版のような形をした盾が前に現れ、雷の槍を受け止めた。
キラはその魔法を使った人物を見て驚いた。
「セイラ! どうしてここに居るの?」
「後をつけてきました。」
「……堂々としすぎだよ。」
「いえいえ、迷子になる覚悟を持ってこんなところまで突き進んでくるキラさんの勇敢さには負けますよ。」
キラはぐっと言葉に詰まった。黒さたっぷりの笑顔を見て、要するに「迷子に言われたくねえよバーカ!」と言われたのだとわかった。
セイラを見たサラとエリオットの目つきが変わり、急に先ほどよりも敵意をむき出しにして立ちはだかった。
すると今度はサラ達の後ろから何かが飛んでくる。サラの眉間を狙って投げられた「それ」をサラはうまいこと避けた。
するとそれは空中でUターンして持ち主の手に戻る。そこには巨大な戦輪を手にしたイヴァンが居た。
「止めな。可愛いおにゃのこ虐めるだなんて、大人気ねえんじゃねーすか?」
エリオットがサラを庇うようにイヴァンの前に出た。
「国の兵士か……よくここがわかったな。」
「ぶぁーっか。陛下のご指示でね。この地下道にずっと居たんすよ。お前らみたいな侵入者に備えてね。」
「……ここに来ること、読まれてたか。」
「いいや、念のため……ってだけっすよ。」
イヴァンはそう言って戦輪を構える。エリオットも応ずるように剣を構えた。
しかしセイラはここで二人が戦うのは好ましくないと考えたようだった。セイラはイヴァンを指差して言った。
「何やっているんですか、駄犬。」
「駄犬ってなんすか駄犬って!」
「ここは私が引き受けます。あなたはさっさと城に戻ってください。」
イヴァンの顔色が変わった。流石に幼い少女にこの場を任せられるとは思わなかったようだ。
「むしろセイラちゃん達が戻ってくだせえ。戦うのは俺が……」
「あなたの方が適任です。戻って侵入者がいることを城中に伝えることができるのはあなたです。
幼女が『ちかつーろにしんにゅーしゃがいたー』なんて言ったって信憑性ないですし。」
イヴァンはまだ動こうとしない。だがキラは確かにセイラの言うとおりだと思った。キラ達よりイヴァンの方が素早く侵入者の存在を城中に伝えられるだろう。
キラもイヴァンに言った。
「セイラに賛成です。イヴァンさん、行ってください! 大丈夫、あたしもセイラと戦うから!」
「………キラちゃんもそう言うなら。仕方ないっすね。……無茶はしちゃ駄目っすよ! ヤバかったらちゃんと逃げるんっすよ!」
イヴァンは戦輪をしまい、サラ達の脇を通り抜けて城の方へと戻っていった。エリオットが止めようとしたがイヴァンはすばしっこく、ひょいひょいと二人の間をすり抜けて行ってしまった。
イヴァンが横を通り過ぎると同時にセイラが手を前に出す。詠唱も無しに突然4つの魔法陣が出現した。その4つ全てがサラ達に照準を合わせる。
そして魔法陣から光の砲弾が打ち出された。するとサラは槍を地面に刺して呪文を唱えた。
「己を映し出す鏡よ……在るがままの裁きを与えよ! ジャッジ・ミロワ!」
水銀のような液体が盾のようにサラ達の周りを囲んで光の砲弾を受け止めて跳ね返す。
跳ね返された砲弾は狭い地下通路の壁や天井をえぐり出した。
ただでさえ薄暗いのに砂煙で更に視界が悪くなる。暗闇の向こうからサラの声がした。
「やるねえセイラちゃん。詠唱無しで魔法使えるんだ。」
「詠唱カットの魔法をここに来てから唱えたって遅いですからね。」
どうやらセイラはあらかじめ詠唱カットの魔法を唱えてからやって来たようだった。
サラが小さな声でエリオットに言った。
「先行って。国王が居る部屋までの道を作っておいて。」
その声がしてすぐ、隣を素早くエリオットが通り抜けていった。キラが後を追おうとするとセイラが止めた。
「無視してください。今相手にすべきなのはこっちです。」
キラは頷いて砂煙の向こうへ神経を集中させた。ぱらぱらと壁の欠片が崩れ落ちていく音はするのに気配はなかなか動かないのがもどかしい。
晴れてゆく砂煙の向こうから、突然息の詰まるような勢いを感じた。
「セイラ危ない!」
キラがセイラの頭を地面に叩きつけるようにして伏せるのとサラが銃弾のように槍を突き出して通り過ぎるのが同時だった。
だがうまく避けたのもつかの間、サラは槍を引いてキラの頭を突こうとする。キラは槍がぶち当たるより先に槍の脇を通ってサラの懐に入り腹を殴りつけようとするが、サラが槍を近くまで戻して受け止めるのが先だった。
攻めては避け、攻めては避けの繰り返しが続いた。次第にキラは、いつもとサラの様子が違うことに気づき始めた。
サラの槍の威力が尋常じゃない。なんとか今のところ避けきれているが、壁などに槍が当たる度に石でできているはずの壁が粘土のように容易くえぐれていく。魔法で強化しているのだろうか。
サラが頭、首といった一撃で相手を殺せる箇所ばかりを狙ってくるのも気にかかった。サラは相手をいきなり殺しにかかるような人ではなかったはずなのに。
その時声がした。
「伏せてください!」
言う通り伏せると時計の歯車を背負った蒼い光の剣がサラ目掛けて放たれるのが見えた。セイラの魔法だ。
サラはニヤリと笑って呪文を唱える。
「白き稲妻よ……エクレール!」
キラもセイラも、その時異変を知った。それはキラでも知っている「初級魔法」だった。
だがその時の威力は初級なんてものではなかった。地下通路全体を昼間のように明るく照らし、膨れ上がり膨張しきった雷はセイラの魔法にぶち当たって食らいつくすように相殺した。
セイラの使った魔法は初級魔法で相殺されるような魔法ではなかったはずだった。一瞬驚いたセイラに追い討ちをかけるようにサラは続けて呪文を唱える。
「蒼き稲妻よ……エクレブル!」
初級魔法を少し応用した程度の魔法だ。しかしまた威力がおかしい。地下通路を青く染めてセイラの心臓目掛けて突き進む。
キラは反射的に稲妻より早く駆け出してセイラを突き飛ばしギリギリのところで攻撃を避けた。
だがまだ攻撃がやまない。セイラはキラをおしのけて魔法で応戦する。
セイラの魔法の腕は相当なものだ。おそらくゼオンと同等かそれ以上だろう。だがそのセイラがサラに押し負けていた。セイラはじりじりと押されてくる。
昔からサラはキラよりは魔法が上手かったが、こうも暴力的な使い方をする人ではなかった。
「セイラ、大丈夫!?」
「ええ、戦況はよくないですが。サラ・ルピアの様子……おかしいですね。あの杖……」
そこまで言ってセイラはその先の言葉を飲み込んだ。代わりにキラに言った。
「二人で抑えきれるかと思いましたが……無理そうですね。キラさん、先行ってください。」
「え……何言ってんの……!?」
「時間稼ぎますから、キラさんは急いで城に戻ってください。
書斎に戻って部屋から出たら、そのまま道なりに真っ直ぐ、突き当たりを右に曲がったらきっと兵士か誰か居ますから、道を訊いて最上階に行ってください。」
「ちょっと! そんなことできないよ! 無理そうならなおさらだよ!」
「私はあなたと違って『大丈夫』ですから。」
何を根拠にそう言うのだろう。キラはうんと頷くことなんてできず、その場に立ち尽くした。
だが、セイラの魔法がその一瞬の時に打ち破られた。爆発と強い衝撃によってセイラの小さな体が突き飛ばされる。
キラは急いでセイラに駆け寄った。かなり飛ばされたがどうやら大きな怪我はなさそうだった。
少しほっとした時、セイラが叫ぶ。
「後ろ!」
振り向くと、サラの槍が見えた。次にキラは横に押しのけられた。
そして、サラの槍がキラを押しのけたセイラに深々と刺さるのが見えた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアァァァ!」
キラは自分でも信じられないような悲鳴をあげていた。
魔力をまとった槍がセイラの左目に突き刺さり、頭部をえぐり散らした。
破れて形を崩した眼球と視神経と、その他脳と思われる組織が赤いものをまとわりつかせながらポップコーンのように飛んでいくのが見えた。
セイラの頭左半分が無くなっていた。
キラの悲鳴がけたたましく鳴り響く。髪の毛、蒼い目、白い皮膚、先ほどまで「セイラ」の一部だったものが弾け飛んでびしゃびしゃと周囲に落ちていく。
セイラが被っていた帽子も吹き飛んでセイラの背後に落ちた。セイラが膝から崩れ落ちるように座り込むのと同時に、キラも足に力が入らなくなり、よろよろと後ずさりして座り込んだ。
恐怖で足が動かなかった。遠くに顔が半分無いセイラが見えた。そして、キラは血のついた槍を手にしたサラを見た。
サラじゃない。そう信じたかった。サラは光の無い目でこちらを見る。
セイラが殺された。顔が半壊して生きているわけがない。キラも殺される。
サラが一歩一歩、こちらに近づいてくる度に震えが増していく。止めてと叫ぶ声すら出なかった。
だが、その時。
「クスクスクス……ふふふ……あはははは……!」
サラの声ではなかった。サラの足が止まり、再びセイラの方を向いた。
セイラは頭部左半分が無い状態でそこに立っていた。脳や骨まではっきりと見える。セイラは頭半分で微笑んでいた。
その時ブクブクと泡がたつような音がした。キラは自分の目を信じられなくなった。
セイラの無くなった左半分の頭部が再生していく。骨、筋肉、皮膚の順で蘇っていき、吹っ飛んだ眼球も新たに生まれ、髪も即座に生えて元々の長さまで伸びた。
そして、セイラは落ちた帽子を拾い上げて再び頭に被せた。ほんの少しの間に、セイラは完全に回復し、何事も無かったような涼しい顔をしてそこに立っていた。
「言ったでしょう? 私は大丈夫だと。こういうモノなんですよ。」
その言葉はキラに向けられた言葉だった。
サラが再び呪文を詠唱しはじめる。それに対抗するようにセイラの足元にも蒼い魔法陣が浮かび上がった。
セイラは脅すようにずっとキラを睨んでいた。「さっさと行け」――そう言っている。
その時両方の魔法が発動し辺りは再び光に包まれた。キラはその隙に立ち上がり走り出した。
「無茶しないでね!」
セイラのことが気がかりだったが今はセイラを信じるしかなかった。光の花びらが後ろから前へと舞っていく。
その流れに乗るようにキラは地下通路の暗い方へと向かう。走りながら、一度だけセイラ達の方を見た。
もはや止まることを知らないサラの前に立ちはだかる小さな少女には、大の大人でもこの空気が出せるだろうかと疑う程の威圧感があった。
「さて小娘、遊ぼうか。」
セイラのその声と共に背後の景色は眩い光で見えなくなった。