第7章:第27話
一歩城から外に出てみて、初めて今の状況というものがわかった気がした。
兵士達はみんな堅い表情で通り過ぎていく。城も街も空気自体が昨日と全く違った。
ゼオン達と別れた後、ルルカとティーナは勝手に城から出て、二重になっているアズュールの城壁の内側の城壁の辺りをうろついていた。
今日の空は白く濁っていた。少し遠くの空は真っ黒でたまに雷が光るのが見える。
戦闘はあの下辺りで起こっているのだろうか。戦場が遠くても、兵達の緊張が切れることはなかった。
そんな中、一人で好き勝手動き回っているティーナの姿が浮いて見えた。だが、結局その好き勝手にルルカもつきあってるわけだから他人のことはいえない。
ティーナは城壁の上によじ登って首都の外側の様子を眺めていた。城壁の内側からルルカはティーナに言った。
「さっさと降りてきなさいよ。国側の邪魔になるわよ?」
「ふっふーん、だいじょーぶだいじょーぶ!」
全く反省する気がなかった。大丈夫かどうかはティーナが決めることではない。
案の定兵士の一人がルルカとティーナの所までやってきた。
「おい、何してるんだ! 危ないから降りなさい!」
やっぱり。そう普通言うだろう。だがその後、別の兵士がその兵士に言った。
「その二人には好きにさせろって、陛下の命令らしい。とりあえずほっとけ。」
「え、でも……」
「ただ、軍の活動に影響があるようなことをしている場合は遠慮なく退かしていいってさ。」
サバトがそんな命令を出していたとは知らなかった。これでも普通では考えられない寛大な扱いだろう。
すると、急にティーナが城壁から降りてきた。つまらなさそうな顔をしていた。
「だめだぁ、今どんな感じか見たいのに、戦場の様子全然見えないよー。」
「当たり前でしょう。」
呆れてルルカは言う。肉眼で見えるような場所で戦闘が起こっていたら今以上に兵達がピリピリしているはずだ。
戦闘が起こっているのはもっと遠く、多分アズュールとスカーレスタの中間くらいの場所だろう。
ティーナの様子を見た兵士が言った。
「戦況が知りたいのか? さっき聞いた話だとこっちが押してるらしい。このまま一気に鎮圧できるといいな。」
「やはりこっちが優勢なんですか?」
「そうだな。獣人もスカーレスタ兵も強いけど、そう簡単にやられる程首都の兵は弱くないさ。」
それを聞いて少しルルカはほっとした。このまま何事もなく鎮圧できるといいのだけれど。
だがすぐにゼオンの言葉を思い出した。ルルカも、この反乱はそう簡単に終わってはくれないかもしれないと感じていた。
しかし、だとしたらサラはこの状況をどう変える気なのだろう。戦況を一気に変え、国王軍を駆逐するような作戦がどこにあるというのだろうか。
「キラのおねーさんどうする気なんだろうね。戦地のど真ん中でスカーレスタの時みたいな馬鹿力魔法でも使って一網打尽にでもする気かな?」
ティーナもどうも納得いかない顔をしていた。するとまた兵士が言う。
「けどサラ・ルピアはまだ戦場には出てきてないらしいぞ?」
「えっ、そうなの? えー、じゃあ今は反乱軍の後ろであーだこーだ指示出してるのかなー。」
「さあ、どうだろうね。あ……そろそろこっちも仕事があるからこれで失敬するよ。」
そう言って兵士達は仕事に戻っていった。どうも腑に落ちない。復讐という望みを持った者がそう大人しく引っ込んでいるものだろうか。
ルルカは城壁に背を向けて城の方へと戻っていく。
「あー、待ってようー! 城戻っちゃうの?」
「ええ。ここに居てもできることはないもの。」
ティーナは慌てて追いかけてきた。城に入ると、清潔感のある内装とは不釣り合いな重苦しい装備をした兵士達があちらこちらに立っていた。
前を通る度に兵士の目がルルカ達を追う。確かに警備が堅いと思った。
ティーナが急にルルカに言った。
「そういえば、あのキツネ君……イヴァンだっけ? 今日見てないね。」
「あいつ、確か護衛兵よね? 城のどっかで警備でもしてるんじゃない?」
「そっか。じゃあ今忙しいんだろうなー。」
護衛兵だったら、サバトが居る部屋の近くにでも居るのだろうか。
ルルカとティーナは部屋に戻ろうと上の階への階段を登り出す。各階を守る兵士達の姿が目に入った。
やけに城内の警備が堅い。反乱に対する備えとは少しピントがずれた備えのような気がした。
まるで反乱というよりも侵入者に対する警戒のようだ。この様子を見ていると、昨日ルルカ達があっさりと城中に入ることができたのが嘘のように思えた。
と、そう思ったところで急にルルカの足が止まった。昨日この城に来た時のことを思い出した。
「ルルカ、どうしたの?」
ティーナを押しのけてルルカは階段を駆け下り始めた。深く考えすぎで済めばそれでいい。だが一応確認に行きたい。
忘れていた。サラの目的は『復讐』だ。ルルカは昨日城に入る時に使った地下通路のことを思い出した。
◇ ◇ ◇
サラを止めると張り切って歩き出したのはよかったのだが、キラに何ができるのか、結局まだ答えは出ていなかった。
キラは先ほどからずっと腕組みしながら同じ廊下を何度も何度も行ったり来たりしていた。
サラともう一度話がしたい。ならサラに会いに行けばいい。そう思って駆け出そうとしたがすぐに足が止まった。
戦場は遠すぎる。それに城の周りでは兵士達がいっぱいだ。キラを戦場に行かせてくれるわけがなかった。
「困ったなあ」とまたぐるぐると歩き回った。しばらく歩き回った後、キラはあることに気がづいた。
「ここは……どこだろう……。」
迷子だ。気がつくと右も左も前も後ろもよくわからない廊下しかなかった。迷子だ、キラはこの年で迷子になった。
キラは元来た道を戻ってみたけれど、結局またよくわからない廊下に着いてしまった。紛れもなく迷子だ。
キラは近くにあった部屋に入ってみた。もしかしたら別の部屋に抜けられたりしないだろうか。運良く部屋の中にもう一つ扉があったので開けて部屋を出てみた。
だがそこもよくわからない廊下だった。
「がーーっ、もうやけくそだーー!」
手当たり次第に扉を開けて色んな部屋を走り回って色んな廊下に出てまた色んな扉を開ける。
だが全然だめだった。よくわからないところにしか出ない。キラは余計パニックになって走り回ったがやっぱりよくわからない場所にしか出ない。
段々よくわからない場所かそうでない場所かもよくわからなくなってきた。
次の部屋で一旦休憩しよう。落ち着こう。そう思ってキラは扉を開けた。
するとそこは今までの部屋よりも少し小さめの部屋だった。机と椅子があり、周りに本棚が並んでいた。
キラはふぅとため息をついた。サラを止めると意気込んでいたはずなのに一体何をやっているのだろう。
キラはちらりと椅子を見た。木でできたシンプルな椅子だったが、座面の部分は柔らかそうな生地で覆われていた。
キラは少し疲れていた。だがここはお城の中。偉い人の椅子に勝手に座ってはいけないことくらいキラでもわかっていた。
でも、今ここにキラ以外の人は居ない。キラはきょろきょろあたりを見回しながらそーっと椅子に近づく。
そして椅子の前まで近づき、ゆっくりと腰を下ろした。
「わぁーふかふかー!」
さすがお城の椅子。座り心地がいい。ちょっと調子に乗って足をぱたぱたさせたり背もたれによりかかったりしてみた。
その時、一瞬足に何かが引っかかるのを感じた。すぐに足元を見たが何かあるようには見えない。
もう一度その辺りを足でなぞってみると、床に敷き詰められたタイルの一枚が沈むのが見えた。
何かある。キラは椅子から降りてその沈み込んだタイルに手をかけた。
この辺りのタイルは動かせるようだ。早速引っ張ってみると、タイルが外れて隠し扉らしきものが出てきた。
隠し扉の下は真っ暗、どこに続いているのかわからなかった。これは何の為の通路なのだろう。
キラは中に入ってみた。城のどこかに続いていたりしないかなと思いながら、キラは真っ暗な通路を歩き始めた。
通路の中は城の中とは思えないくらいに薄暗くじめじめしていた。壁には苔まで生えているし、本当に城の中ではないような気がしてきた。
物音一つしない。骨の芯まで凍りつきそうな位に寒く、コートが欲しいくらいだった。
本当にここどこだろう。迷子になっている場合ではないのに、行き先もわからないままただ歩くしかないことが虚しく感じた。
自分はいつも空回りしている。頑張ろうと、いつも思うのに頑張り方がわからないで失敗して足を引っ張る。
これじゃ駄目だよなあとキラは少し悲しくなった。その時、かすかに足音がした。
人が居る。キラは何も考えずその足音の方へ向かった。足音の数は大きなのが一つと小さなのが一つ。
コツコツと、足音は次第に近くなる。きっとお城の人だ。キラはそう信じて疑わなかった。
そして足音がすぐ近くまで来た時、強い光がキラを照らした。
「誰だ!」
お城の兵士ではない。その声の主の目を見てキラはそう感じた。
剣先がキラの目の前で輝いていた。黒い髪、金のピアスをした青年が殺意のこもった目でこちらを見つめている。
服装は城の兵士のものとは明らかに違って、青年の隣に黒い毛で青い瞳の犬が居た。
「そ、そっちこそ……だれですか!」
キラがそう言うと、青年はまじまじとキラの顔を見つめた。青年は剣を下ろして隣の黒い犬に言った。
「おい、君の妹じゃないか? サラ。」
キラは耳を疑った。その途端、黒い犬の姿が変わっていく。犬の形から人の形になり、やがてキラのよく知る人の姿に変わった。
「お姉……ちゃん……!?」
サラがこちらを見て微笑んでいた。手にはいつのまにかあの杖が握られていた。
どうやら魔法で犬に姿を変えていたようだった。
「お姉ちゃん聞いて! 復讐なんて止めて! この復讐は意味がない!」
キラは必死で叫んだが、サラは一言も聞いていなかった。手に持った杖を魔法で槍に変える。
まるでキラの言葉を刺し殺すように槍を突きつけて言った。
「キラ、退いて。」