第7章:第25話
階段の終わりはまだ遠い。一段一段昇っていく音がよく響く。
さすがはスカーレスタの基地だ。周りの壁はどう足掻いてもヒビ一つつけられなさそうなくらいの堅いレンガでできていた。多分更に魔法で強化してあるのだろう。
そんなこの基地も今は反乱軍のものだ。順調だと、そう思ってサラは進む。そして、勝負はここからだと自分に言い聞かせた。キラから奪った杖を強く握りしめた。
50年前、かつてウィゼート内戦で東陣が使った城もこんな風に丈夫だったのかな。そんなことを考えた時、階段の終わりが見えた。
サラはすぐに階段を駆け上がり、薄暗い廊下を進み、突き当たりにある部屋に入った。
机と椅子がいくつかあるだけの殺風景な部屋だった。金のピアスをした青年が一人、椅子に座って一つしかない窓の外を眺めていた。
サラは青年に声をかけた。
「早かったね、エリオット。」
「エリオット」はサラを見ると少し笑って言った。
「いや、今来たとこだ。……というかスカーレスタ制圧が終わった後もその名前で呼ぶのか?」
「もちろん。一度演じた役は最後まで演じきるべきだよ。それにその偽名で呼ぶのを止めたとしても、本名を教えてくれるわけじゃないでしょ?」
「それはそうだな。わざわざ別の偽名を使う必要は無いか。」
偽物のエリオット・アレクセイはそう言った。本物のエリオットはブラン聖堂のどこかに閉じ込められている。国側もスカーレスタ基地の指揮官が最初からすり替わっていたとは予想しなかっただろう。
あらかじめ本物のエリオットを捕らえておき偽物とすり変えておく。そしてスカーレスタ侵攻当日にサラ一人だけ内部に引き入れてしまえばあとは魔法で兵達を操る。
キラの杖を手に入れたから、杖の強大な力で兵どころか街中の人を操ることができた。それからはもうこっちのものだ。反乱軍の兵をスカーレスタに入れるのも武器と食糧補充もやりたい放題だ。
ディオンの弟に邪魔されるかと思ったが、まだまだ甘いなと感じた。エリオットにうまく誘導され、サラ達がスカーレスタに向かった時に彼らはキラを助ける為にスカーレスタを離れてしまっていたのだから。
今のところこちらの思い通りだ。
「うまく行き過ぎて少し物足りないな。」
「あはは、そうかもね。でも油断しないでよ。ここからが頑張りどころなんだから。」
「わかっているよ。」
エリオットは窓の外の月を見上げて言う。真っ暗な部屋の中、灯りも点けずに二人は佇む。
お互いそれ以上何か話すことはなく、何もない時間が流れていった。
お互い考えていることは一つしかない。サラと、エリオットをはじめとする反乱軍の人々の目的は厳密には一致しない。だが、お互いの目的の為にすることは同じだった。
必ず仇を取ると月明かりに杖についている黄色い宝石をかざして誓う。
ちょうどその時に部屋の扉を誰かがノックした。サラは扉を開けて、扉の向こうに居た人物に言う。
「遅いよ、イオ。」
「ごめーん、サラ。」
黒髪に蒼い瞳の少年、イオ。彼は反乱軍にとってとても重要な人物だ。ブラン聖堂を貸してくれたのはイオだし、その他にもイオは色々とサラを手助けしてくれたのだ。
スカーレスタ制圧の作戦を立てたのも、少し前にディオンの弟のゼオンとあの赤毛のティーナという悪魔とエンディルス元王女のルルカが村に居ることをサラに教えたのもイオだった。
見た目は幼い少年だが、大人に負けない実力を持っているし頼りになる。
ここから先、国との直接対決にもまたイオの力が必要だった。そのためにここに来てもらったのだ。
「サラ、エリオット。準備はいいかな?」
「うん、いつでもいいよ。」
「俺も大丈夫だ。」
イオはそれを聞いてにっこり笑って、それから急に真顔になり、手を前に出した。すると蒼い魔法陣が床に浮かび上がった。
サラとエリオットはその魔法陣の上に乗る。イオはサラのところに行き、手を握ってぶんぶん振り回して言った。
「じゃあ、気をつけて行ってきてね!」
その途端、国王への強い憎しみが湧き上がってきた。必ずサバトを殺すと心に誓った。一度しゃがんでイオの頭を撫でて、再び立ち上がる。
もうこれ以上ここに居る必要はない。
「うん。……じゃあ、お願い。」
イオは頷いて、呪文を唱えた。
「この世を創りし青き瞳の女神よ……我が声に耳を傾けたまえ……」
蒼い魔法陣から放たれる光がサラ達を包む。真夜中の暗い部屋が一瞬で昼のように明るくなり、さらに周りが真っ白くなって見えなくなっていく。
体をねじ曲げられるような圧力を感じた。ただの瞬間移動の魔法とは違う。
これはイオが使える特別な魔法だ。最初に聞いた時はその魔法の存在を信じられなかった。だが今は納得できる。
イオが魔法を発動させた。
「時よ我が意に従え! ダル・セーニョ!」
これは時の魔術だ。勢いの激しい川に流されるようにサラ達はイオから遠ざかっていく。
最後にイオはどこか含みのある笑顔を見せて言った。
「気をつけてね。……バイバイ。」