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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第7章:ゼロ地点交響曲
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第7章:第22話

自分に向けられる冷たい視線の意味を昔からゼオンはよく知っていた。吸血鬼との混血であるというだけで誰かを見下し蔑むとは、伝統ある貴族というものは相当の暇人なのだなとゼオンは思った。

今目の前にいる叔父と叔母もそうだった。ゼオンが幼い頃からまともに目を合わせようともせず、合わせても冷たい目で、罵声を浴びせてきてそれでおしまいだ。

ゼオンの両親が死んだ時、二人はさぞ喜んだだろう。当主の座が近づいたのだから。おそらくディオンさえ居なければ叔父が当主になっていただろう。

クロード家の大人はそういう連中だ。二人はゼオンの方には見向きもせず、ディオンに対して言った。


「その殺人鬼をこの城に入れるとは一体どういうつもりです?」


氷のような冷たい目。吸血鬼ではなく殺人鬼という言葉を出すところが太刀が悪い。ティーナが舌打ちして言い返そうとするのをディオンが止める。そしてディオンは二人に言った。


「陛下のご意向だ。王家エスペレン家の意に従い、お仕えすることが代々続くクロード家の『伝統』だったはずだが?」


皮肉のような言い方が勘にさわったのか、叔母がヒステリックな声で言う。


「いくら国王陛下のご意向だからって……そいつは我が一族の者を殺したのですよ! 恨むべき危険人物です! あなたのご両親を殺したのはそいつですよ! 悔しくないのですか!?」


よくもそんなことが言えるな、とゼオンは思った。根底にあるのは恨みではなく偏見だということは目に見えていた。

二人はゼオンと目を合わせることはない。憎しみの目すら向けてこなかった。ディオンは盾のようにゼオンの前に立っていた。

ゼオンは吐き捨てるように言った。


「……だったらどうした。」


「な……!」


「殺そうが何しようが、俺は国王様に招かれたんだ。ここに来て何が悪い。」


ようやく二人がこちらを向いた。今にも怒鳴り散らしそうな顔でこちらを見ていたが、意外にも先に口を出したのはディオンだった。


「ゼオン、黙っていろ。」


自分の意図が見透かされているのがわかった。ディオンはゼオンの前に立って動かなかった。

二人は再びディオンに怒鳴る。


「その気狂いをさっさと追い出してください穢らわしい! なぜそんなのをこの城に入れなければならないんです!?」


ディオンは一歩ずつ前に出て二人を睨む。不思議な威圧感を感じた。


「なぜ? それは陛下の決定でもあり、『クロード家』の決定でもあるからだ。」


「ふざけるな! そんなこと……」


「クロード家の当主を誰だと思ってる?」


二人から言葉が出ることはない。ディオンがそれを許さなかった。


「ゼオンは確かに俺達の両親を殺した。だが、それでも弟であることに変わりはない。陛下が招いた人物であることも。

 気狂い呼ばわりも、城から追い出すことも俺が許さない。」


じりじりと叔父と叔母は後ろに下がり始めた。目の前のディオンは今まで見たことがない「当主」の姿をしていた。


「今すぐ立ち去れ。今すぐだ。」


「……。」


「去れ!!」


廊下中の空気がびりびりと震えるのを感じた。叔父と叔母だけでなく、ゼオンでさえも震え上がりそうな声だった。

悔しそうに歯を食いしばるが二人から言葉が帰ってくることはない。そして二人は黙ってゼオン達の前から立ち去っていった。

二人の姿が完全に見えなくなったのを確認してからディオンはこちらを向いてため息をついた。その時にはもう「当主」のディオンではなくなっていた。


「全く……。ようやく行った。悪い、不愉快な思いをさせたな。」


「……別に。」


「あの事件のことは必ず再調査させる。あの二人やクロード家の他の連中も時間をかけて説得するよ。」


ゼオンはふいっとそっぽを向く。近くでそれを見たティーナが笑っているのが気にくわなかった。

続けてディオンは言った。


「それとお前、あまり何でも一人で背負いこもうとするな。」


「何のことだ?」



「とぼけるな。あの二人が殺人鬼だなんだ言ったら、お前『だからどうした』って言っただろ。わざと悪者になろうとしたな?」


何も間違いはない、その通りだった。自分ではなく自分を庇うディオンに非難の目が行くのは気に入らなかった。

しかしそう認めるのが嫌だったのでゼオンはずっと仏頂面で黙っていた。ティーナが声を出さずに笑っているのが嫌だった。

するとディオンはこう言った。


「まあ……ゼオンがそうなったのは、俺達のせいでもあるんだろう。お前が吸血鬼の血を引いてるとばらして、お前を孤立させたのは俺と姉さんだ。

 ずっと独りだったんだから、何でも一人で背負いこむようになるのは当然だな……。今更だが本当に悪かった。」


「……説教しだしたかと思ったら急に謝りだしたり、わけわからねえ。別にいいけど。」


突然謝りだしたのでゼオンは少し困った。幼い頃はまともに話す機会もなかったディオンがこんなことを言い出したのが信じられない――というより空想のことのようにフワフワしているように感じた。

それからディオンは言う。


「城に来る前に姉さんと少し話したんだ。すごーくぐちぐち色々と言われた。どうもお前が城に行くことについて心配してたみたいでな……。

 姉さんも……というか姉さんが誰よりもお前がクロード家の中で虐げられる羽目になったことに責任を感じていたんだ。

 それで、姉さんと決めたんだ、お前に償おうと。もう二度とクロード家のことやあの事件のことで一人で悩ませたりしない。

 何があっても俺と姉さんが味方になるから、だからお前も頼れるもんは頼れ。いいな?」


馬鹿だと思った。当主だなんて偉そうに名乗れるのが不思議なくらいの大馬鹿者だと思った。

ディオンはゼオンの返事を待つように黙ってこちらを見て動かない。ゼオンはため息をついた。こういうところが困る。後ろを見たらティーナとルルカまで無言でこちらを見ているから余計に困る。

廊下は静かだった。よく音の響きそうな天井の高い廊下なのに誰一人動かないし喋らないので無声の空間と貸していた。

ようやくゼオンは少しだけ頷いた。その途端、緊張の糸が切れたようにディオンは笑い、後ろの二人の緊張も解けたように感じた。止まっていた時間が動き出したような感覚だった。

同時に後ろから足音がして使用人が一人やってきた。使用人の足音やティーナの小さな笑い声やディオンの声がこの廊下によく響いた。

ディオンは使用人に言った。


「じゃあ、後はたのむ。」


「かしこまいりました。」


それから、ディオンはゼオン達三人に一度手を振って去っていった。「兄」の顔をしていた。だがゼオン達に背を向けた時にはもう「当主」になっていた。


「幸せ者ね。」


ルルカが全く感情のこもっていない声で言った。そのままルルカは背を向けてさっさと使用人についていってしまう。

ルルカの反応を見たティーナは少し不思議そうな顔をしていたが、ティーナもすぐにルルカについていき、ゼオンも後に続いた。

「幸せ者」だなんて自分には縁の無い言葉かと思っていた。


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