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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第7章:ゼロ地点交響曲
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第7章:第21話

広い部屋だった。先ほどまであまり気にしていなかったのだが、サバトと二人になって急に心細く感じた。

時計の針の音、外の風の音。緊張して俯き、腕が震える。

一方のサバトは落ち着いていて、キラから目を背けることはない。


「まずあの日起こったことの確認からしましょうか。まず僕から話しましょう。その後、キラさんがあの日見たことを教えてください。」


キラは頷き、サバトは話し始めた。


「キラさん方がこの城に来た理由は確かあなたが持っていたあの杖について話し合うためでした。

 あの杖は元々エスペレン家のもので、50年前のウィゼート内戦の時にあなたのお婆様が持ち出したのです。

 どうやらその杖を王家とリラさんのどちらが所有するかについての話し合いだったようですね。当日急にリラさんが欠席し、代わりにご両親が来たようです。

 お二人が亡くなったのは夜中……たしかまだ子供だった僕があなた方家族の部屋に遊びに行ったのだと思います。

 その時にたしかキラさんが泣き出したんです。6月なのにあの日は少し寒くて、サラさんが上着を貰いに行った間に……事が起こったのはその時です。

 部屋にはあなたとあなたのご両親がいらっしゃいました。部屋にはあの杖も……。ここまででキラさんの記憶との違いはないですか?」


「大丈夫、無いです。」


「なら続けますよ。サラさんが部屋を出て少しした後、突然灯りが消えました。窓が割れる音がして、あなたが泣く声がしたので僕はそちらに向かいました。真っ暗な部屋の中であなたを見つけるのは大変でしたよ。」


それからサバトは右目の包帯を抑えて言う。


「この目を失ったのはキラさんを見つけた時です。あなたを見つけた時、後ろに何者かの気配を感じたので振り返った時……右目をやられました。

 魔法で焼かれたようで、痛さに耐えられずに僕は目を抑えてその場にうずくまっていることしかできませんでした。……情けないですね。」


「そんなことない……仕方ないですよ。私だって何もできませんでしたし。」


キラは慰めるように無理に笑った。「ありがとうございます。」と丁寧に言って、それからサバトはこう言った。


「僕は肝心なところを見ていませんでした。誰が二人を殺したのか……。キラさんは見ましたか?」


俯きながら、でもはっきりと言った。


「はい……見ました。誰が殺したのか、私は覚えてます。

 けど、私の方も見ていないところがあって、二人が殺された後のことを見ていないんです。ショックで気絶しちゃったみたいで……何かわかりますか?」


キラは身を乗りだして言った。事を解決することができるのならどんな辛い真実でも手に入れたかった。サバトは深く頷く。

それを見たキラはさらに身を乗り出す。サバトは落ち着いた様子で言った。


「全てが終わった後、サラさんが扉を開けて部屋が明るくなりました。

 そしたらキラさんの目の前に、血まみれのイクスさんが倒れていて……少し離れたところにあの杖も落ちていました。」


あの時の光景をキラははっきり覚えている。まだ生暖かかった血の温度まで。だがその後サバトはこう言った。


「問題は、それだけだったことです。」


「それだけ……?」


「倒れていたのがイクスさんだけだったんです。ミラさんの遺体が無かったんですよ。

 こちらも首都全域を探しましたがミラさんの遺体だけはなぜか見つからなかったのです。リラさんは何度もミラさんの遺体を返すよう言ってきたのですが、結局ミラさんの遺体を見つけることはできなかったので返せなかったのです。」


キラは思わず頭を抑えた。頭痛がした。

サバトの言うとおりだった。ミラの遺体はなかった。村の近くの泉の側にある両親の墓に、なぜかイクスの名前しか刻まれていないのが証拠だ。

墓の下に居ない人の名前は入れられない。いや、きっとリラが入れさせなかったのだろう。

なぜ遺体が無いのか。キラにはもう全てわかる。犯人も、遺体がどこに行ったのかも。

それはキラが最も受け入れたくない辛い事実であり、何にも代えられない真実だった。

サバトはキラに言う。


「キラさん、犯人を教えてください。あなたの知る全てを話してください。」


この苦しさと辛さが真実だ。キラにはそれを伝える義務があった。


「わかりました。……でも、ゼオン達にはまだ言わないでもらえますか?

 まだ……自分でも信じられないんです。みんなに言うのは、あたし自身が事実を受け入れられてからにしたいんです。」


「勿論ですよ。大丈夫、言いませんよ。」


そう言ったサバトの笑顔は優しかった。キラも少し笑って、それから急に真面目な顔をして言う。


「じゃあ、全部お話します。」


そして、キラは全てを伝えた。キラの見たものを全て。これが真実だと願いながら。



◇ ◇ ◇



「キラが殺したという可能性はないの?」


唐突なその一言に全員の足が止まる。人っ子一人歩いてこない広くて長い廊下でその声が響いてぼやける。

ちょうど「キラとサバトは何を話しているのだろう」という話題が出たところで、多分十年前の事件のことについてだろうと話していた時の一言だった。

言い出したのはルルカだった。ゼオンとティーナとディオンは振り返ってルルカを見る。セイラだけがルルカではなく行く先を見続けていた。

キラが殺した……その言葉が重くのしかかる。さすがにティーナもこれは否定したかったのか、少し青ざめて言う。


「ちょっとルルカ……何言い出すの? キラがそんなことするわけないじゃん。

 大体十年前っていったら、キラは五歳だよ? そんなことできるわけ……」


「あの杖の力で暴走したりしていたとしたら? あの時みたいに……」


ディオンが村に来た時、ゼオンと戦った時のキラの姿を思い出す。

あの杖の力があれば九歳の時のゼオンでも街一つ焼き尽くすことができるのだ。

五歳のキラが両親を殺した可能性が無いとは言い切れない。そして、その可能性があるのではないかと少し前からゼオンも疑っていた。

キラが殺した……この言葉に何かひっかかるものを感じた。そう思いたくはなかったが。

だがティーナは納得がいかないようだった。ルルカを睨みつけて、低い声で言う。


「あのね……いくらルルカでも、あの国王様が犯人だと思いたくないからってそんなこと言い出すんだったら許さないよ?」


「まさか。人は見かけによらないって私は知ってる。サバトさんがいくら優しく見えたとしても、それが嘘の可能性も犯人である可能性も十分あることくらいわかってるわ。

 わかっていないのはあなたの方だわ。犯人がサバトさんである可能性と同じくらいキラである可能性もあるのよ。」


「いいや、キラは違う。わかる。あの子は人殺しじゃない……それくらいわかるよ……。」


「私だって考えたくないわよ。でも可能性の一つとして、無いとは言えないでしょう?」


ルルカがゼオンとディオンの方を見る。確かにその点に関してはルルカの言うとおりだ。

ゼオンは否定しなかった。ディオンも同じだ。だが、セイラだけは突然クスクスと笑い始めた。

廊下に響く音は気味の悪い笑い声に変わっていく。灯りがあるとはいえ、夜の廊下にその声が響きわたると不気味に感じた。


「クスクス……随分なお間抜けさんですねぇ、まぁだわからないんですか?

 それだと皆さん本当にあなた方の杖の付属品として保護されるだけで終わってしまいますよ?」


相変わらず癪にさわる笑い方だ。人の怒らせ方をよく知っている。だが、最近ゼオンは一つ気づいたことがあった。

確かにセイラのものの言い方は腹が立つが、「早く気づけ。」……そう訴えかける言葉のようにも聞こえた。

ゼオンはセイラに尋ねる。


「お前は誰が殺したのか知ってるのか?」


「言いましたよね? 私は10年前の事件の真相を全て知っています。」


「……じゃあ、何でそれを話そうとしないんだ?」


セイラは今まで以上に人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて言った。


「意味が無いでしょう? あなた方、私が『真相』と称して突拍子もないことを言ったとしたら信用します?」


ティーナとルルカはムッとしていたが、ゼオンにはセイラはゼオン達を馬鹿にしているわけではないように見えた。


「……信用すると言ったら?」


「クスクス……あなたが信用しても、私が信じるわけないじゃないですか!」


切り捨てるようにセイラは嘲笑った。以前はきっとこう言われたらゼオンは腹が立っただろう。

けれど今はなぜか違った。この他人を寄せ付けようとしない言葉の向こうに何かがあるような気がしていた。

セイラはクスクス笑いながらゼオン達から離れてどこかへ歩いていく。


「どこに行くんだ?」


「用意されてるお部屋に先に行こうかと。ここに居るとお間抜けが移りそうです。」


「……場所、わかるのか?」


「ええ。」


どうやら確信があるようだった。それからセイラは笑いながら言った。


「そういえばあなた方まだ知らないんでしたっけ? キラさんの母親の遺体ってまだ見つかってないんですよ。父親は見つかってますけどね。

 それをふまえて、もう一度考え直してみることですね。」


そのままセイラは一人でゼオン達から離れて行ってしまった。ご丁寧にヒントを一つ残して。

怒らせようとしているというよりは、ゼオン達を誘導しているような物言いに感じた。

遠くへ行ってしまうセイラを見てディオンが言った。


「口は出さないでいたが……あの子は放っておいていいのか?」


「大丈夫だとは思う。それに止めても聞かねえよ。」


「そうか? でも心配だな……。」


ディオンは急に右手を出した。すると指にはまった指輪の一つが淡く光り始める。

すると指輪から声がした。


「こちら使用人室です。どうかなさいましたか?」


「ディオン・G・クロードだ。悪いが誰か二人来てくれないか? 一人は客人の部屋の方に、もう一人は北棟4階の廊下の方にだ。」


「かしこまいりました。」


そうして指輪の光は消えていった。どうやら通信機能のある魔法具らしかった。


「便利な物持ってるんだな。」


「城の中でしか使えないんだけどな。俺は俺でやることがあるから、使用人が来たら案内はその人に任せるけど、いいか?」


「わかった。」


ゼオンは頷いた。そもそも本当は案内をディオンがする方がおかしいのだ。

ディオンは落ち着いていたが、ティーナとルルカはまだ何か不満そうだった。二人をなだめようとした時だ。

急に寒気がした。カツンカツンと足音が近づいてくるのが聞こえる。二人だ、ヒールの音とブーツの音。

貴族王族の世界を知っている人の物静かな足取りだ。振り返るのが嫌だった。

ディオンが何も言わなくなった。ディオンの視線の先に誰かが居ることがわかる。

ようやくゼオンはディオンと同じ方向を向く。そこには汚いものでも見るような目でゼオンを睨みつける中年の女性と男性が居た。


「叔父様、叔母様……。」


ゼオンもディオンもその人を知っていた。この目は昔嫌というほど見た目だった。



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