第7章:第20話
天井が高い。「しゃんでりあ」とやらがある。「お手伝いさん」がいっぱい居る。
そこにはキラにとっては見慣れないものばかりがあった。ぽかんと口をあけて辺りを見回しながらキラ達はディオンと案内の使用人について行った。
柱には繊細な装飾、床には柔らかい絨毯が敷いてある。キラ達の横を通り過ぎていく人々の足の運び方も品が良い。
理由はどうであれ、自分がこの城に招かれたと考えるとキラは不思議な気分になった。
ディオンに言われたとおりにキラ達は進んでいくと広い廊下に出た。左手には大きな窓が並んでいて夜の街がよく見える。
右手には扉が沢山ある。その中の一つの前で使用人が止まって扉を開けた。
「こちらでお待ちください。」
言われた通りに中に入った。中にら立派なソファーがいくつかと低いテーブルが一つ。
そこには先客が居た。そのソファーに座っている二人を見たキラの顔がぱあっと明るくなった。
「ルルカ! セイラ! わぁー来てたんだー!」
キラはぱあっと笑いながら隣に座った。するとルルカがキラの後ろを指差して言った。
「……一体何があったの?」
隣のソファーでティーナが青い顔をして寝転がっている。おかげでゼオンが座れなかった。
そのゼオンもティーナ程ではないが少し顔色が悪く、頭を抑えてため息をついていた。
キラは隣のソファーに移ってティーナを無理矢理起こす。
「あーもうどうしたの?」
「どうしたもこうしたもないよ! 酔ったの! 速すぎたの! 『汽車を一瞬で追い抜く』ってどういう速さかわかってんの、もう!」
ティーナは青い顔したまま手をぶんぶん振り回して怒鳴った。キラはまたぽかんと口を開けた。
そんなに速かったのだろうか。キラ自身はそこまで怒られる程の速さだと思っていなかったので困ってしまった。
「速すぎたかな……?」
ゼオンに訊いてみた。飛んでいた最中も口を出したりしてきたのだからゼオンはそこまでまいっているようには感じなかったのだが、今見るとかなり疲れているように見えた。
ゼオンはキラが居た席に座って言った。
「……少し。」
ゼオンにまで言われてしまった。キラはぽかんとしてぐったりしているティーナとため息をつくゼオンを交互に見る。
「……なんか……ごめん。」
二人から返事は無かった。ルルカとセイラがぼそぼそ言った。
「……城側を選んで本当に良かったです。」
「……あなたと意見が合う日が来るとは思わなかったわ。私もよ。」
冷ややかな声が痛かった。
その時、ディオンがまだ部屋に入ってきていないことに気がついた。部屋の入り口の方を見るとディオンが誰かと話しているのが見えた。
最初は使用人と話しているのかと思ったがどうも違うらしい。一度ディオンがお辞儀をしているのが見えた。相当偉い立場であるはずのディオンがお辞儀をする相手とはどんな人なのだろう。
しばらくしてディオンがようやく中に入ってきた。ディオンの次に入ってきた人物を見た瞬間、ゼオンが顔を上げ、ティーナが飛び起き、キラが後ろに思わずのけぞった。
その人はディオンと共にキラ達の前まで来て言った。
「こんにちは。はじめましての方もいらっしゃいますね。僕はウィゼート国の王、サバト・F・エスペレンといいます。」
電流のような何かが走る。そして同時に十年前、両親が死ぬあの悲劇は確かに起こったのだと思い知った。
十年も経ったのに覚えていた。確かにこの人にあの日キラは会っていた。脳裏にあの時の光景が蘇る。そこにこの人は確かに居た。
国王サバト。青髪青眼で背が高く、端整な顔立ちで柔和な微笑みを浮かべていた。物腰は柔らかく、歩き方一つとっても上品だ。
顔立ちも立ち振る舞いも王というよりむしろ王子様のような人だった。横目でルルカを見ながら、確かに惚れてもおかしくないイケメン国王様だなと思った。
ただ一つ気になるところがあった。右目に包帯が巻かれていた。たしか十年前はサバトは包帯など巻いていなかったはずだ。
「あの、失礼かもしれないですがその目は……」
キラが尋ねるとサバトは嫌そうな顔一つせず、真っ直ぐ前を見て言う。
「これですか? 実はキラさんの両親が亡くなったあの事件の時に右目を失明してしまいまして。お見苦しい姿を見せてしまい申し訳ないです。」
そうは言ったが右目が見えないことを恥と感じている様子は全くなかった。
サバトとディオンは席に座り、再びサバトがキラ達と話し始める。
「ゼオンさん、ティーナさん、キラさん、私共の力不足のせいで危険な目に遭わせてしまい本当にすみませんでした。
着いて早々に申し訳ありませんが、スカーレスタで何があったか、あと反乱軍の様子について話していただけますか? あちら側が動いたとなれば、こちらも早く対応しなければなりませんので。」
サバトの言う通りだ。キラはゼオンとティーナの方を見る。そしてゼオンがこれまでのことを話し始めた。
ブランの街でキラが二人に助けてもらった時のこと、スカーレスタでサラと会ったことや街の様子など。
その話をサバトとディオンは真剣な面持ちで聞いていた。全て話し終わり、ゼオンが話を止めるとサバトが言った。
「ありがとうございます。大変な目に遭いましたね、無事にここまでたどり着いてくれて本当に嬉しいです。
あと……キラさん。閉じこめられていた場所など、気になることなどはありましたか?」
「え、はっはいっ。えっと、その……」
つい緊張してしまい、うまく話せなかった。なんせ相手は本物の王様なのだ。
「閉じこめられているのはブランの街の聖堂の地下室でした。……けど、すごく不思議な場所というか……パッと見たら地下室だなんてわからないような場所なんです。水晶の樹とか、本棚の迷路とか……」
「……あの街は50年前の内戦以来放り出したままですからね。事が済んだらその聖堂を調査する必要がありそうですね。他に何かありますか?」
キラ本人ですらあの場所がどんな場所なのかよくわかっていないのだ。説明しようとしてもうまく説明できなかった。
その時一つ思い出したことがあった。
「そうだ! あの時イオっていう小さな男の子に会いました! その子の知り合いって人が反乱軍にあの聖堂を貸したって行ってましたよ。」
「どんな少年だったか教えていただけますか?」
「えっと……十歳くらいの男の子で、黒い髪で青い目の男の子でした。」
「わかりました。その少年についても調べなければなりませんね。」
サバトとディオンはしっかりとその話を聞いていた。途中で小さなため息が聞こえたような気がした。
一通りこれまでの話をした後、サバトは優しく微笑んで言った。
「お話してくださりありがとうございます。皆さんお疲れでしょう、部屋を用意しておりますので後はこちらに任せて今夜はゆっくり休んでください。」
そう言われたがキラは安心することなどできなかった。杖は取られて、スカーレスタが乗っ取られた。
キラは不安になった。そして何もできていない無力な自分が嫌だった。
すると先ほどまでぐったりしてたティーナが急に真面目な顔をして言う。
「任せるって、これからどうするわけ? スカーレスタ総攻撃でもすんの?」
「いいえ、こちらから行く必要はありません。あちら側が来てくださるようですので。」
「……どういうこと?」
すると今度はディオンが話し始めた。
「お前達からの電話が切れた直後に反乱軍側から城に連絡があった。……多分姉さんの屋敷の電話をそのまま使ったんだろうな。
サラ・ルピア本人が『明日の明朝、首都アズュールへの総攻撃を開始する』と宣言してきた。」
息が詰まるような気がした。肩に力が入る。悪い夢でもみているような気分だ。
あの優しかったサラが街一つ乗っ取り、首都への攻撃を宣言したということが未だに信じられない。キラはサラが反乱軍のリーダーだということすら夢の中のことのような気がしているのだ。
だが、勿論それがもう現実であるということもキラはわかっている。俯きながらも現実を受け入れるしかなかった。
キラは震える声でサバトに尋ねる。
「あたしに……何かできることはないですか?」
返ってきた答えは厳しいものだった。
「あなた方を城に招いたのは杖の保護の為であり、城の中では客人扱いとなります。
客人を戦場と関わらせるわけにはいきません。反乱を止めるのは国の仕事です。」
悔しくて、キラは唇を強く噛む。が、サバトはその後にこう付け足した。
「……ですが、皆様元気が良さそうですし、そう言ったところで大人しくしてはいてくれなさそうですので、何か頼むことができたらすぐにお願いしますね。」
優しい人なのだなと感じた。気をつかってくれたのだろう。暖かい微笑みを見れば見るほど、なぜサラが両親を殺したのはサバトだと思いこんだのか不思議で仕方がなかった。
キラはもう犯人が誰だかを知っていた。それはとても受け入れたくない事実で、まだ誰かにはっきり言うことはできなかった。
大体の話が済んだ後、急に扉をノックする音がした。サバトが入室を許可すると、扉が開いてイヴァンが礼をして中に入ってきた。
そしてサバトのところまで来て言う。
「兵の配備はできたっすよ、陛下。各領の領主達からも準備はできたと連絡がありました。」
「ご苦労様です。あと、これを。」
サバトはメモらしきものを渡した。どうやら次の指示のようだった。
「城下町にっすか……?」
「はい。一応ね。」
「了解っす。じゃあ、失礼しましたー!」
イヴァンは素早く部屋を出て行った。出会った時とは違い、どこか緊張しているような感じがした。
それだけ大きな出来事が起ころうとしているのだ。サバトは全員に言った。
「皆さん、ありがとうございました。もう下がって結構ですよ。ディオン、あなたも仕事に戻ってください。
ですが、キラさん。あなただけはもう少し残ってください。」
キラはあまり驚かなかった。むしろキラも反乱が始まる前に一度きちんとこの人と話をしたいと思っていた。キラは深く頷く。
ゼオン達は席を立ち、ディオンと共に部屋を出て行った。みんなの声が遠のき、少しずつ部屋が静かになっていった。
ドアが閉まる音と共に部屋から音が消える。在るのは右目に包帯を巻いた一人の青年の姿だった。
この場所が、この人が、十年前の悲劇そのもののように感じて怖かった。だが、もう逃げずに向き合おうと決めていた。まっすぐに片方しか見えない青の目を見る。
サバトは言った。
「話は聞きました。……サラ・ルピアは僕をあなた方のご両親を殺した犯人だと思い、恨んでいるようですね。」
キラは頷く。サバトは尋ねる。
「キラさん。あなたはご両親を殺したのは僕だと思っていますか?」
「いいえ、違います。」
キラははっきり言い切った。
「私も同じです。私はあなた方のご両親を殺した覚えはありません。」
そして、サバトの目つきが変わる。優しい眼差しから、強く鋭い目に。
「少しお話しましょうか。」