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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第7章:ゼロ地点交響曲
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第7章:第19話

「うぎょああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」


後ろから何か叫び声のようなものが聞こえてくるが構っている暇はなかった。

太陽が沈みゆく中、できる限りの力を出してキラは箒で飛んでいく。街も山も馬車も汽車さえも、一瞬で追い越して進む。

背中から近づく夜から逃げるようにスピードをどんどん上げた。早くアズュールに着かなきゃ、それだけを考えていた。


「キ、キラっ、速い、速すぎる落ちる飛ぶうあああああ!」


ティーナの声を無視してキラは今度は箒の上に立つ。サーフィンでもするような体勢になった。

一気に加速した。この方が速い。とうとうティーナの声が吹き付ける風の音にかき消されて聞こえなくなった。

もっと速く速く、そうじゃないとサラを止められない、そう考えてばかりいた。すると、今まで喋らなかったゼオンが言った。


「焦るな。」


その言葉が重く突き刺さった。その通りだった。今の自分の心情を晒されたような気分だった。

それからゼオンはアズュールの方向を指さす。少しだけ進む方向がずれていた。

キラは少しスピードを落として方向を修正し、また元のスピードで飛ぶ。ため息が出た。

しばらくしてゼオンがティーナに何か言うのが聞こえた。一度後ろを向くとゼオンがティーナから杖を借りていた。

それからゼオンはキラに言う。


「そのまま飛んでろ。少し近道する。」


「近道」の言葉に首を傾げるとゼオンは呪文を唱え始めた。


「時と時空を操りし聖なる女神よ……我に力を与えたまえ……天を越えよ壮麗なる光! リュモア・モーメント!」


ゼオンが持っている杖が光り輝く。薄暗くなり始めた空の中、杖の光はいつもより一層強く感じた。そして白い光がキラ達を一気に飲み込んだ。

しばらくして光が消え、再び目を開ける。一瞬先ほどと何が変わったのかわからなかった。

少ししてからようやくゼオンが何をしたのかわかった。先ほどまで周りの景色は森や山が多く、明らかに内陸の地域だったが今は違う。

周りは開けた平野で街の灯りと思われる光も遠くにぽつぽつと見える。馬車が通れるような道も見え交通の便も良さそうで、遠くに海が見える沿岸部に近い地域だ。

そして太陽が沈む西側、海の見える方角にスッと影が浮かびあがるのが見えた。

城と城壁のシルエット――首都アズュールがもう見えるところまで着ていた。

多分瞬間移動の魔法を使ったのだろう。城を指差してゼオンを見るとゼオンが頷く。キラはそちらに向かって全速力で飛んだ。

キラは思わず呟いた。


「ずるいなあ。」


その言葉を気にしたのだろうか。ゼオンが言う。


「……何かまずいことでもしたか?」


キラは首を振った。


「ううん、あんたは悪くない。ただちょっとね、あんたがいっつもかっこいいとこ全部取ってっちゃうから、凄いなって思っただけ。誉め言葉だと思っておいてよ。」


それを聞いたゼオンはキラから少し目をそらした。この癖にももう慣れてきた。キラは笑いながら箒を飛ばす。

アズュールはもうすぐ近く。いい勢いでアズュールに向かいだした時、急にティーナが言った。


「そういや首都の周りに結界が張ってある可能性ってないの? 戦いが近いなら張ってあるんじゃない?」


キラの顔が青ざめた。一見首都まで何の障害も無さそうに見えるので余計に太刀が悪い。

そーっとキラはゼオンの指示が無いか見た。


「あるだろうな。」


それをもっと早く言ってほしかった。するとゼオンは首都へと続く道を指差した。よく見ると時々国の兵士らしき人が立っている。


「あの兵士が立っているとこに多分結界がある。まだ首都への道を完全に封鎖してはいないんだろ。あの道に沿った場所だけ結界に穴があいてるんだよ。多分そこで検問を受けて首都に行くんだ。」


「へえ……。じゃあそこに行って検問受けるの?」


「いや、兵は無視してあの道に沿って突っ切れ。」


キラの顔が青ざめた。思わず「流石脱獄犯」と言いそうになった。ゼオンはこう言った。


「検問受けている暇あるか?」


「無いです!」


迷わず急降下して道に沿って進む。箒にしがみついて地面すれすれの超低空を滑るように飛んだ。

そうこうしているうちに最初の兵が見えた。棒のようなものを振って止まるように言っているがキラは無視して通り過ぎる。一瞬で追い抜く。兵士の声すら聞こえなかった。

ゼオンの言う通り、道に沿っている部分はトンネルのようになっていて結界が無い。ここからだと光の加減で道から離れた場所には結界が張ってあるのが見えた。

振り向くとはるか後ろの兵士が怒っているのが見える。これだとむしろキラ達が悪者だなと思った。そう思っている間にまた一人追い抜く。

一人、また一人と追い抜いていけばいくほどアズュールが近づく。あれがキラの両親が亡くなった街だ。箒を握る手に力が入った。


「もうちょっと飛ばすよ! しっかりつかまって!」


「これ以上!?」


ティーナの慌てた声がした。ゼオンは声を発さなかった。キラは後ろ二人を無視してスピードを上げていき、言った。


「だって『一時間で行きます』ってディオンさんに約束したんだもん!」


「そんな無茶な約束守るなぁあああ速い速すぎ酔う!!」


アズュールの街はもう目の前だった。街を取り囲む城壁はもう目の前。街への入り口が見えた。その両脇には何十人もの兵士。

街へ突っ込んでいくキラ達の行く手を塞いでいる。流石にここはきちんと検問を――と一瞬思ったがその考えはすぐに消え去った。

止まらなかった。今からスピードを落としても門までに止まりそうにない。

どうしようか、このまま突っ切ってしまおうとしても相手は武器を持っている。少しずつスピードを下げてはいるがもう遅い。

もう入り口と兵士達はすぐ目の前だった。するとゼオンが杖を前に出した。こいつは突っ切る気満々だ。


「風よ槍の如く何人たりとも寄せ付けるな……ヴェント・ランス!」


緑色の光が放たれるのと同時に前方へ強い風が吹く。風をまとった状態のままキラ達は兵士達の中へと突っ込む。風に押しのけられて兵士達は次々と吹っ飛んでいく。

吹っ飛んだ兵達の心配をしている余裕は無かった 。さぁ、どうやって止まろうか。

城壁付近に建物はそれほど多くなく、人や建物の多い市街地までには少し距離がある。そこまでに止まらなければ沢山の人を巻き込む騒ぎになるだろう。

キラは後ろの二人に言った。


「しっかり捕まっててよ!」


箒の向きを横に変え、無理矢理スピードを落としつつ、足を地面に押し付けてブレーキをかける。

靴の底に力がかかり酷い音がして、風が顔を押しつけるように吹く。急激に速さが落ちていくが、その分キラ自身にかかる力も大きい。

だがこの程度乗り切らなくてどうする。なんとか足にかかる力に耐え、箒の速さは人が歩く速さくらいにまで落ちた。

そしてようやく顔に吹いていた風が消え、箒はピタッと動きを止めた。


「はいっ、到着。降りていいよー……って、あれ?」


キラがそう言うより先にティーナは箒から降りてうずくまっていた。具合が悪いのだろうか。ゼオンも少し顔色が良くない。キラだけがピンピンしていた。


「あれ、どうしたの?」


「……酔った。」


ティーナはとても辛そうだった。その時、門の方から二人誰かが近づいてくるのが見えた。

検問を無視して突っ込んできたせいかもしれないとキラは一瞬焦った。が、よく見たらそれは前に見た顔だった。ディオンとイヴァンだ。

イヴァンが笑顔でキラ達に言った。


「スタイリッシュ城門突破痺れるぜキラちゃーん! さあ早速俺と二人っきりでお茶しねぇっすかー!?」


「違うだろイヴァン。……あ、よく来たな、無事で何よりだ……が、もう少し平和的に入ってきてほしかったんだが……」


キラは入り口の方で怒っている兵士達を見て苦笑した。早く着かなくてはと思ってついこの行動に出てしまった。

イヴァンがキラに言った。


「しっかしめちゃくちゃ早かったすね。旦那から一時間って聞いた時は冗談かと思ったのに、ほんとにほぼ一時間で来ちゃったからびっくりっすよ。キラちゃんすげえなあ。」


「えへへ、半分ゼオンのおかげですよ。」


笑顔でそう言うとゼオンがキラから目をそらして何も言わなくなった。ティーナは相変わらずうずくまったままだった。

ディオンはゼオンの所へ行って言う。


「城に着いてから色々と話を聞く。とりあえずついてこい。」


「……わかった。」


城の話が出てもゼオンが俯くことはもうなかった。ディオンが歩き出し、ゼオンがついて行った。

ティーナを立ち上がらせてキラ達も後に続いた。その後ろからイヴァンが背後を守るようについてきた。

市街地のど真ん中を堂々と歩いて行き、街の中心部に立つ城へと向かった。

衣服は勿論顔が良いせいもあってディオンは目立つ。人々の目がディオンが率いるキラ達一団へと向いた。

ディオンのすぐ後ろに居るゼオンを見て、人々が何か話しているのが見えた。ゼオンがその方向を見ることはなかった。

そしてようやく市街地を抜けた。見えてきたのは水を張った堀、その内側にはもう一つの城壁、その中に凛とそびえ立つアズュール城。

徐々に夜の紺色に覆われていく空の下、城の壁は薄く残る茜色を映していた。

ディオンが正門へと続く跳ね橋へと向かう。橋の両端には何人もの兵が居る。

話がつくのは早かった。跳ね橋が降りて正門が開く。両端に並ぶ兵が武器を動かすことはなく、客人への敬意を以てその場に立つ。

正門から堂々とキラ達を迎え入れるつもりだ。ディオンが先頭を行き、門をくぐる。キラ達も続いて門をくぐった。

が、ゼオンの足だけが止まっていた。やはり何でもないように振る舞っていてもいざ城を目の前にすると戸惑うのだろうか。

ディオンが振り返って尋ねた。


「どうした、ゼオン。」


ゼオンは一度城の頂上に目を向け、それから真っ直ぐ前を見た。


「いや、別に。」


そしてゼオンも門をくぐった。ディオンは再び歩き出し、キラ達は城の中へと入っていった。


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