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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第7章:ゼロ地点交響曲
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第7章:第18話

クローディアの屋敷には思いの外あっさりとたどり着いた。敵がみんな商店街の炎上に気をとられていた為、クローディアの屋敷の周りに敵らしき敵は一人も居なかった。

屋敷の中に異常は全く無く、クローディアやノアは勿論、使用人達も全員無事だ。

外の異変なんて起こってすらいないかのように屋敷の中は平穏そのもので、ヴィオレに旅行に行った時のような落ち着いた空気が流れていた。

食事を取り、休憩し、ついでにシャワーも浴びさせてもらい、気づけばもう夕方近い。

初めはのんびりしている暇は無いと思っていたが、一度落ち着くにはちょうどいい時間だった。

服も使用人達が魔法で綺麗にしておいてくれたのでもう小麦粉もついていない。

階段で一階に降りてゼオンとティーナの所へ向かう。一階に行くと、そこにはゼオンとティーナとクローディアの姿があった。

キラは意気揚々と部屋に入って言う。


「服綺麗にしてもらったよー。もうスカート白くないよー。」


「あらキラちゃん、よかったわね。どうぞ座って。」


クローディアが優しく言い、キラはソファーに座る。隣にティーナが居たがキラにはあまり構わなかった。

理由はすぐにわかった。ちょうどクローディアがゼオンの怪我の治癒をしているところだった。

一通り終わったところのようで、クローディアが言う。


「とりあえず応急処置程度の治癒はしておいたわ。」


「悪いな。」


「全く……無茶はしないでよ。」


そう言っても多分ゼオンは聞かないのだろう。返事をしないゼオンに対してクローディアがため息をついた。

キラは少し心配になってゼオンに訊く。


「怪我、大丈夫なの?」


「別に大したことない。」


「そっか……ならよかった。」


キラは少し安心した。治癒を終えたクローディアはキラ達三人に言った。


「さあ、そろそろ真面目な話をしようかしらね。」


キラは頷いてクローディアを見た。場の空気が再び引き締まる。また現実と向き合わなければならない。

ティーナが尋ねた。


「まず、今この街はどうなっちゃってるわけ? どうしてこんなことになっちゃったの?」


「私達にも詳しいことはわからないわ。とりあえず何らかの方法でサラ・ルピアがスカーレスタ内に入り、精神操作の魔法で街中の人を操っていることは確かね。

 そこで反乱軍兵を招き入れて、この街はめでたく反乱軍のものーってなっちゃったみたいよ。

 どうやってサラ・ルピアがスカーレスタに入り込んだかはわからないけど一つの可能性としては……」


「スパイが居たとかか?」


ゼオンがすぐにそう言った。何か心当たりでもあるかのように。クローディアは頷いて言う。


「そう、ノア君が言うには襲撃があったような痕跡はないみたいだし、かなり前からスパイが潜り込んでいた可能性が高いみたいよ。

 多分その人がサラ・ルピアの手引きをしたんでしょうね。」


なんだか難しくてキラにはよくわからないがとにかく良くない状況だということは理解できた。

ここが安全な場所ではなくなる時もそう遠くはないかもしれない。同じことを考えていたのか、ティーナが険しい顔をして言った。


「わかった。で、これからどうするの? いつまでもここには居られないでしょ?」


「そうね、とにかくあなた達だけでも早くこの街から出るべきだわ。ここに居るってことがばれるのは時間の問題よ。」


「でもどうやって出ればいいの? 街自体が乗っ取られちゃったなら、汽車は使えないでしょ?」


「そう、ティーナちゃんが言う通り問題はそこなのよね……」


そこで会話が途切れた。クローディアもティーナもそれ以上話を続けはしなかった。

いい案が思いつかなかったのだろう。考え込んだ様子のままだ。しばらくして、ゼオンが一言こう尋ねた。


「この街の周りに今結界とかって張ってあるのか?」


「多分無いと思うわよ。サラ・ルピアが自分で城壁ごと壊しちゃったもの。

 でも城壁までたどり着くだけでも一苦労よ、そう簡単じゃないわ……。」


その時、ノアが部屋に入ってきた。なぜか電話を抱え、受話器を手に持っていた。


「マスター、ディオン様がアズュールに到着なさったようです。連絡が取れましたが、いかがいたしましょう?」


「本当? 代わってもらってもいいかしら?」


ノアは電話を机に置き、受話器をクローディアに渡した。

キラは思わず身を乗り出して会話を聞こうとした。クローディアは受話器を受け取るとくだけた話し方で言う。


「ハァイ、馬鹿当主げんきぃ? そっちに着いたのね。こっちはサラ・ルピアが街乗っ取ったり城壁ぶっ壊したりして活き活きしてるわ。

 ……うん、そう、今屋敷の中。三人共無事よ。でも多分いずれバレる。

 それで、なんとかして街から出してそっちに送りたいんだけど……ええ、受け入れの準備はしておいて。」


ディオンが何を言っているのかも聞きたいところだがどうしても聞こえない。

自分にも何かできることはないか、というより自分がどうにかするべきなのに何もできていない状況がもどかしい。

身を乗り出すキラを見たティーナがクローディアに言った。


「ねえ、ちょっとキラに電話代わってあげられない?」


「え? いいわよ。」


「え、えええ!?」


そう言われてもいざ受話器を受け取ると何を言えばいいのかわからなかった。

この状況を変えたい、だがその手段が思いつかなかった。受話器の向こうからディオンの声がした。


『ああ、キラさんか。大丈夫か、怪我はないか?』


「大丈夫です。」


『姉さんから状況は聞いた。……サラ・ルピアとは会ったか?』


「はい……。怖かったです、お姉ちゃん、別人みたいで怖くて……強かったです。街も城壁も一発で壊しちゃって。」


『一発……そんなにか?』


驚くというよりはどこか腑に落ちない、といった様子でディオンは言った。

その時、急に廊下の方が騒がしくなってきた。バタバタと使用人達が走る音がする。騒ぎは収まる様子はなく、クローディア達も少し気にし始めた。

その時、使用人が一人部屋に駆け込んできた。ノアが使用人から話を聞くとキラ達に言った。


「バレたみたいです。屋敷が取り囲まれているようですが。いかがいたしましょう、マスター。」


「そう、困ったわね……。」


「何それ最悪のタイミングじゃんっ!」


ティーナの言うとおりだ。クローディアの表情も険しい。


「ノアちゃん、使用人全員に戦闘体制の指示をしてきてくれる? 全ての出入り口に配備よ、いいわね?」


「了解。」


ノアと使用人はすぐに部屋を出て行く。ティーナとクローディアも落ち着いていられないようで立ち上がるが、まだ脱出手段が思いついていない。


「とにかくこの屋敷から出なきゃ。どうにかして裏口とかからこっそり逃げたりとか……」


「囲まれているみたいだもの、無理だわ……。全くどうしてこのタイミングで……」


するとゼオンがぼそっと言った。


「電話盗聴されてたんじゃないか? 街乗っ取ったならそれくらいできるだろ。」


ティーナとクローディアがぽかんと口を開けた。「ダメじゃん」と思ったが、キラもそんなことは全く考えていなかったので呆れる資格はない。

その時、重たい爆発音と建物自体に圧力が掛かったようにミシミシと何かが軋むような音がし始めた。

外を見ると兵士達が屋敷の周りを取り囲み、屋敷を守る結界を壊そうとしているのが見える。

結界には既にヒビがいくつも入っていた。もう数分も保たない。


『どうした、何があった!?』


ディオンも異変を感じ取ったようだった。その時、ゼオンの視線がこちらを向いていることに気づいた。

キラがそちらを向くと、ゼオンは自分の杖を何かに変えてキラに投げて渡してきた。

それは箒だった。何を言いたいのかはすぐわかった。


「ディオンさん、ここから首都までどれくらいかかりますか!?」


『移動手段によるが……』


「箒で飛んでいくと!」


『箒!? 馬鹿言うな、汽車でも半日はかかるんだぞ!?』


その時また耳を塞ぎたくなるような音がした。結界の敗れる音。門を開けて兵達が屋敷に乗り込んでくる。

そろそろ行かなければいけない。キラはディオンにこう言った。


「一時間で行きます。」


電話を切り、部屋を飛び出した。ゼオンとティーナも後からついてくる。

クローディアが上の階へ行く階段を指さした。指示されたとおりキラ達は階段を上っていく。

戦いの音はもう屋敷の中まで聞こえてきていた。時間がない。ちらっと階段の下を見ると屋敷になだれ込む兵士達と、モップやらフライパンやらを手に兵士達を押さえ込む使用人達の姿が見えた。

普段掃除や給仕をしているとは思えないくらいにたくましく軍人達を蹴散らしていく。更にその中にノアが刀を抜いて乗り込み、キラ達がのぼっている階段の前でクローディアがサーベルを手に使用人達に戦いの指示を出しているのが見えた。

だが相手は訓練を受けた兵士。数もあちらが上。少しずつだが押されているのがわかった。

矢が数本飛んできた。何とか避けられたからよかったが、下で足止めしてくれているクローディア達に頼り切ってはいけないようだ。

クローディアやノア達は大丈夫だろうか。不安が募るが振り返る余裕も無い。

そしてようやく階段の終わりが見えた。そこには扉が一つ、勢い良く開くと風の音と共に空の茜色が目に飛び込んできた。

もう夕方だと外に出てから初めて気づいた。もう太陽は沈みはじめ、空が暗くなり始めていた。ティーナが言った。


「そっか、もう夜が近いんだ……暗い中でアズュールへの正しい方角なんてわかるの?」


「……一応昨日買っておいた。」


ゼオンが小さな羅針盤を取り出す。準備いいなと色々な意味で感心した。

ゼオンが夕日の見える方よりも少し左側……城壁の裂け目を指差して言う。


「あっちに飛べ。方向を間違えてたら言う。」


キラは頷き、すぐに箒を宙に浮かせて飛び乗る。ゼオンとティーナもすぐに後ろに乗り、屋敷から飛び立つ。

空を飛ぶことに関してはキラは強いのだ。ここで役に立てなかったらただの足手まとい以外の何かにはなれないだろう。

持てる力全てを出して城壁への裂け目に向かって突き進む。必ずサラを止める。そう誓ってスカーレスタの街を飛び出した。


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