第7章:第14話
そこは不思議な場所だった。
目を開いた時、真っ先に目に入ったのは終わりのない闇の天井だった。漆黒の闇の中、紅と蒼の光が蛍のように舞っているのが見えた。
ここは屋外なのか、屋内なのか、それすらもよくわからなかった。屋外の過ごしづらい気温ではない。けど周りには時々紅と蒼の水晶らしきものが生えていた。部屋に水晶が生えるなんて聞いたことがない。
目を覚ましたキラは一瞬今の状況が理解できなかった。しばらくして、体のだるさに気づいてようやく思い出した。
校内で後ろから誰かに魔法をかけられて気を失ったのだ。多分それでここに連れてこられたのだろう。
逃げられないようにということなのだろうか。手足を縄で縛られていた。
キラはまず力ずくで手足の縄を千切ると、起き上がって辺りを見回し、そこがどんな場所かを知った。
キラの両端には本棚があった。ぐるっと円を描くような形の本棚で、円には時々切れ目があって、円の切れ目から外に出ると、そこにもまた円形の本棚があった。
内側に入ってもまた本棚。どうやらこの本棚は何重もの円を描くように並んでいるようだった。
本棚にはぎっしり本が詰まっていたが、本棚によって並んでいる本の色が違う。
内側の本棚の本は白、外側の本棚の本は黒い。どの本の背表紙にも人の名前らしき単語が書かれていた。
本棚の迷路にでも迷い込んだような気分だった。ここはどこだろう。そうキラが思った時、声がした。
「お目覚めかい?」
上からだ。見てみると本棚の上に一人の子供が座っていた。見たところ年は10歳前後、黒い髪に青い瞳で、少年か少女かどちらかわからないような中性的な顔立ちの子供だった。
「誰? ここはどこ?」
そう言うとその子供はキラの前まで降りてきて、自己紹介を始めた。
「はじめまして、キラ。僕はイオ。」
「は、はじめまして……イオちゃん。」
「ちゃんじゃないよ! ボク、男だよ!」
「そっか、じゃあイオ君だね。」
イオは無邪気に、けれどどこか不思議な空気を漂わせながら笑った。
周りを見回したがイオ以外の人物は近くに居ない。
「ねえ、ここってどこなの?」
「ここはね、ブラン聖堂の地下だよ。」
「地下……?」
地下とは到底思えない場所だった。薄暗い場所だったが、「地下」というよりは「夜」に近い暗さだ。
不思議に思ったがそれとは別に一つ気になる言葉があった。ブラン聖堂。クローディアが言っていた反乱軍の拠点の街の名前は「ブラン」だ。
「ねえ、もしかしてここってブランって街の中だったりする!? 反乱軍の拠点!?」
「うん、そうだよ。」
イオはあっさり答えた。やっと状況がわかってきた。持っていたはずのあの杖も無くなっていた。
「ああ、あの杖はねーサラが持ってっちゃったよ。」
「お姉ちゃんが……あたしを連れてくるように言ったの?」
「んーそれが杖だけ持ってくればよかったみたいなんだけど、めんどくさいからキラごと連れてきちゃったら『誰が誘拐しろなんて言ったんだー』ってボク怒られちゃった。」
「……じゃああたしを連れてきたのはイオ君なの?」
イオはニッと今までと違う笑い方をした。
「違うよ。ボクのお友達。」
どこかそれ以上の質問を許さないような目つきだった。とにかくここが反乱軍の拠点とわかったからにはのんびり捕まっているわけにはいかない。
捕まったからには、逃げなきゃならないとキラは思った。キラは立ち上がり本棚の迷路を歩き始めた。
イオは歩き出すキラの後をついてきていた。
「どこ行くの?」
「決まってるじゃん、逃げるんだよ。」
「そういえば手足の縄どうしたの?」
「ちぎった!」
イオは引いたような様子でしばらく黙りこんだ。キラはとりあえず円の中央へ向かうように本棚の迷路を歩いていく。
道が合ってるかはわからないがとりあえず進めなくなるところまで進もうと思った。
そうして歩いていけばいくほど、ここがどれほど奇妙な場所だか思い知った。どんなに進んでも無数の白と黒の本が並んでいる。
この部屋が何なのかをイオに訊こうとした時、イオはそれを見透かしたように言った。
「ここはね、『記録書』と『予言書』がしまってある場所なんだよ。」
「なにそれ。」
「黒い本は一人の人が生まれてから現在までの過去全てを記した『記録書』、白い本は未来にその人に起こること全てを記した『予言書』なんだよ。
ここにはあらゆる人の『記録』と『予言』がしまってあるんだ。」
キラは足を止めた。変わったことを言うなあと思った。とても信じられないような話だった。
しかし、キラが今居るこの場所が現実には有り得ないような場所であるのも確かだった。
キラは一冊本を手に取ってみようとしたが、イオが言った。
「そんなことしてる暇あるの?」
手を止めた。その通りだ。だが不思議なのは反乱軍側だと思われるイオがそのようなことを言ったことだった。
「そ、そうだね、ごめん。」
キラは再び歩き始めた。中央に近づいてきたらしく円の一周が短くなってきた。中央までもう少しだ。
歩いているうちに、キラは不思議に思ってイオに尋ねた。
「ねえ、イオ君って……反乱軍の人なんだよね?」
イオはキラが逃げようとしているのに止めようとせず、キラについてくるだけだった。
普通は止めようとするものなのではないのだろうか。
「んー? ボク反乱軍じゃなくて、反乱軍にこの聖堂貸してるだけだよ。」
「貸してるって……この聖堂、イオ君のなの!?」
「正確には僕のじゃないんだけど、でも貸していいよって持ち主の人に言われたから。」
「そう言われたからって……どうして反乱軍に貸そうと思ったの?」
するとイオは俯いて立ち止まった。キラも思わず立ち止まってイオを見た。
「さっき、『記録書』と『予言書』の話したでしょう?」
「うん。」
「この世界にはね、この世の全ての人の過去を記した一番すごい『記録書』があるの。
僕は探しているんだ。とっても大切だから。反乱軍の人が協力してくれるって言ったから……。」
俯きながら話すイオはとても寂しそうな顔をしていた。本当にそんなものがあるのかキラにはわからない。けれどイオにとってその「記録書」がどんなに大切なものなのかはわかった。
反乱軍側の人だけれども、応援してあげたいと思った。キラはイオの頭を撫でて言った。
「見つかるといいね。頑張って。」
イオは笑って頷いた。その時、背後からとても強い光を感じた。キラは光のする方向へ走る。光は円の中心部から来ていた。
そしてついに円の中央部にたどり着いた。今まで以上に不思議な場所だった。
床にぽっかり丸い穴が空いていた。穴は地下深く深く続いていて、その穴から一本の巨大な樹が天井を貫き更に上へと生えていた。
奇妙なのはその樹だった。その樹は植物ではなかった。外部はとても美しい水晶でできており、その内部には歯車を組み合わせた機械のような造りになっていた。
見た目は樹なのだが樹とはどうも違う。その時、キラは樹の一部分を指差した。そこにだけ他と違うものがあった。水晶と歯車でできた樹の内部に一冊の本が埋め込んであった。
見たところ先ほどの「記録書」と「予言書」と似たようなもののようだ。
だがその本は黒でも白でもなく、鮮やかな紅だった。
「ああ、あれは『罪人の記録書』……。」
「罪人……?」
「うん、昔禁忌を犯して強大な力を持った罪人。そういう言い伝えがあるんだよ。」
鮮やかで目を引く紅色をキラはどこかで見たような気がした。その時イオが言った。
「ああ、出口はこの下にあるよ。」
イオは穴の中を指差した。穴の中は底が見えない位に暗く、紅と蒼の光がフワフワと舞い上がってきて、幻想的で綺麗だったがどこか不気味だった。
どうやって降りよう。そう思った時、イオが先に穴に飛び込んだ。落ちる、そう思ったが落ちなかった。
何か魔法の力でも働いているのか、イオは何もしていないのに急に底に落ちていくことはなく、フワフワゆっくりと下に向かって舞い降りていく。
「おいでよ。」
そう言われて、キラも思い切って穴に飛び込んだ。光が漂い上っていく中、キラとイオはゆっくりと下に向かって降りていく。
初めは怖いと思ったがすぐに慣れた。下に行けば行くほど更に暗くなり、空気も変わっていった。
キラは水晶の樹に目をやった。とても大きくて美しく、立派だけどどこか脆そうな。
この樹はどこから生えているのだろう。根はまだ見えない。
「ねえ、下まであとどれくらい?」
「もうちょっとだよ。」
そうして、二人はゆっくりと穴の底へと降りていった。