第7章:第13話
あの村といいブランという廃墟といい、どうしてこう森の中にあるのだろう。
夜明け前、敵が近くに居ないか警戒しつつ、ゼオンとティーナはスカーレスタの城から派遣された道案内の兵士についていく。
森の中というものは昼間でも薄暗い。夜明け前なら尚更だ。獣の動く音、風が葉を揺らす音、常に気を緩めず向かう。
廃墟の街ブラン。この森の中、反乱を企てる連中の隠れ場所には丁度いいなと思った。
道無き道を無理やり進んでいくという状況だったが、しばらくして草木のあまり生えていない、最近人が通る為に使ったと思われる大きな道があった。
はっきりと足跡が残っている。道の続く方向に行くにつれ、木々の暗幕が薄くなっていく。近い、そうわかった。
すると前を行く道案内の兵士が小さく言った。
「ところで、そのキラさんがブランに居るという確証はあるのですか?」
「ふっふーん、ないっ!」
ティーナがそう言うと兵士は呆れた顔をした。だがゼオンはわかっていた。ティーナは振る舞いは軽いが能無しではない。
ティーナは急に呪文を唱えて杖を鎌に変え、魔法で近くの木を斬り倒した。
バキバキガキガキと木が倒れまた別の木が倒れ、ドミノ倒しのようになっていく。森のどこからでも聞こえそうな派手な音だった。
兵士が「敵に見つかりますよ!」と真っ青になるがティーナは反省する様子なんてない。
そして、数人の人の気配を感じた。ティーナがニヤリと笑った。敵だ。
「あたし一人でいいよ。」
「殺すなよ。居場所吐かせるだけでいい。」
「りょーかいっ!」
そう言うとティーナは翼を広げて暗闇の中に飛び込んでいった。
そして途端に銃声が響き、魔術が放たれ、無数の金属音が鳴り出す。
三四人といったとこか。暗闇の中、戦いの音だけが聞こえて何が起こっているのかはよく見えなかった。
だが、戦いは一瞬で終わることになる。まだ暗さの残る空にティーナの声が響いた。
「ぶっとべこのやろおおお! ティフォン・ディストラクション!」
無駄に大技を使うなと言いたくなった。戦いの音は風の生む轟音にかき消された。
森の真ん中に巨大な竜巻が生まれ周りの敵も木も全て飲み込んでいくのがわかった。
竜巻が消え去ったのはしばらく後だった。森の真ん中、ぽっかり巨大な穴が空いていた。
穴の中には敵らしき人物が四人倒れている。そして真ん中でティーナが鎌を手に立っていた。
ゼオンと案内の兵士はティーナのもとへと向かった。
「ほらほらぁ、死にたくなかったらさっさと吐きなぁ? キラ・ルピアって子はどこに居るのかなあ?」
「し……知らない……んがっ!」
「ほーら、きんきらきんの刃綺麗でしょお? 首と頭と心臓どれがいいぃ? アハハハッ!」
異様に高揚した声でティーナは囁いた。敵の兵も可哀想だなと少し思った。頭をヒールで何度も蹴飛ばされ踏みつけられ、首に目の前に鎌の刃が置かれている。
そしてとうとう言った。
「い……居る……! リーダーの妹とやら……が、昨日連れてこられて地下室に……がっ!」
そこまで言ったところでティーナは相手の顔を蹴飛ばして鎌を退けた。そしてゼオンを見て満面の笑みで言った。
「だそうでーす! ゼーオーン、ちゃんとやったよ、誉めて誉めてー!」
「お前乱暴だな。」
「ぶー……。」
不満そうなティーナを無視してゼオンは先に進む。一応居場所はわかったのだからあとやるべきことは一つしかなかった。
進むにつれ、木の数が減ってきた。道も歩きやすい平坦な道になっていった。
途中数人の敵に会ったが特に強い相手ではなかったのでうまくやり過ごせた。そして空が薄く明るみはじめてきた頃、その場所は見えた。
きっと昔はブランという名がよく似合う街だったのだろう。暗闇の中、夜明けの光を受けて輝く白い廃れた家々の姿が見えた。
どの家も、壁は傷だらけ、瓦礫と泥にまみれ、苔が生え、植物の蔓が巻かれていた。中には屋根や壁ごとない家もあった。
廃墟の街、その名がよく似合う。だが一つだけ廃墟という言葉が似合わない異質なものがあった。
街の中央に真っ白い聖堂のような建物があった。他の建物とは違って建てたばかりかと思うような傷一つない状態で、水晶に似ているが見たことのない透明感と艶のある素材でできた美しい建物だった。
廃墟の街の中にあるとは思えない不思議な雰囲気を漂わせる建物だ。
あれが何なのか、はっきりはわからないがセイラが言っていたことを一つ思い出した。
「セイラが言っていたブラン聖堂っていうのはあれかもな。」
「あれ、そんなこと言ってたっけ? まあどっちにしても、怪しいよねぇーあれ。」
ゼオンは頷いた。先ほどの敵が言っていた「地下室」もあの聖堂にならありそうだ。それに拠点として使えそうな建物はその聖堂しか無かった。
まずはあの聖堂を目指すということでいいだろう。方針が固まったところでゼオンは道案内の兵士に言った。
「ありがとうございました、ここまでで構いません。あとは自分達で何とかします。」
「本当にお二人だけで行くつもりですか? 援軍などは本当に……」
「要りません。さっさと帰ってください。」
ゼオンは冷たく言って、ブランの街を見る。今は森の中に隠れているので敵に見つかってはいないが、もう見回りの反乱軍兵の姿がいくつも見えた。
ゼオンは杖を剣に変える。こちらの方が使いやすい。そして次に呪文を唱えた。
「聖なる力を宿す古き言葉よ……我に知恵と力を与えたまえ……グリモワール!」
図書館の本で見たあの魔法だ。これでしばらく詠唱無しで魔法が使える。
キラはどうしているだろうか。本当に世話が焼ける馬鹿だと思った。「わざわざ助けに行く側の身にもなってみろ」と言いたくなった。
するとティーナが少しぶーっとして言う。
「全くゼオンは……あんまりそんな顔してるとあたしやきもち焼くよ?」
「……やきもち……って?」
その反応を見たティーナはため息をついた。
「ゼオン……もしかして、恋とかそういうことにめちゃくちゃ疎い?」
「さあ……どうなんだろうな。とにかくさっさと行くぞ。」
「えっ、待ってよお!」
ゼオンとティーナはまず一番聖堂に近い森の出口へと進んだ。行きでなるべく騒ぎを起こしたくはない。それに騒ぎを起こしてしまえばわざわざスカーレスタの街からの援護を断った意味が無かった。
ここから見える敵は三人。見つからなければ一番いいのだが、出口から一番近い建物までの距離は長く見晴らしもいい。
見つからずに行くのはまず無理だろう。なら、とゼオンは剣を兵士達に向けた。
その途端、三人の下に魔法陣が一瞬で現れ、敵の動きを止めた。その隙にゼオンとティーナは街の内部に入り、建物の影に隠れる。
「詠唱無しって便利だな……。」
そう呟いてゼオンは魔法を解いた。敵は再び動き始め、何事も無かったかのように見張りをしていた。
街内部に入って再び辺りの様子を窺う。見張りの人数はそう多くはない。朝方であるせいか眠そうにしている兵も居て、動きは鈍そうだった。
まずはキラが見つかるまでは気づかれたくない。なるべく早く見つけないとならなかった。
物音を立てないよう気を付けながらゼオンとティーナは聖堂へ向かった。