第7章:第12話
首都に着いたのはあれから半日くらい後だった。流石にあの村から首都アズュールまでの道のりは長い。
このウィゼート国の隅から中心部まで行くとなるとそれなりの時間がかかるということはわかってはいたが、やはり長時間狭い汽車の中に居ると、戦いなどとは違う意味で疲れた。
ルルカとセイラは汽車が首都に着いたので駅に降りたところだった。ルルカはエンディルスの元王女だということがばれないよう、髪の色と目の色を魔法で変え、コートを羽織ってフードを被り、なるべく顔が周りに見えないようにしていた。
村から出た時の空は明るかったが、今はもう薄暗い。アズュールの建物にもぽつぽつと灯りがつき始めるのが見える。
アズュールに来たのは、まだルルカが王女だった頃が最後だ。もう五年以上前の話。あれ以来アズュールには来ていなかったので懐かしかった。サバトにもあれ以来会っていない。
だが、懐かしむのと同時に今すぐ立ち去りたくもあった。誰かが通り過ぎる度にルルカはフードを深く被る。
小声でセイラに尋ねた。
「……まだなの?」
「もうそろそろみたいですよ。」
セイラはイヴァンが汽車の前で何人もの兵士らしき人物と話しているのを指差した。
捕まえた反乱軍の連中を引き渡してる最中だった。
「んじゃあー、捕まえた連中の引き渡しと取り調べ宜しくお願いするっすー。じゃあ俺はこれで。」
そう言ってイヴァンはこちらに戻ってきた。どうやら終わったらしい。
「お待たせっすー。奴らのことはあの人達に任せたんで、さっさと城に行きましょうか。」
ルルカは遅かったことへの文句も言わずに、城までのうろ覚えの道を歩き出した。後ろから二人もついてくる。
久々のアズュールは昔と少し違っていた。駅のホームも新しくなり、昔は無かった店が増えた。時間が流れるのは早いなと思った。
もう一つ、前と違うところが一つあった。まだ9月なのに、コートが無くては歩けない。
「異常気象、こんなに酷かったかしら……?」
9月にしては寒すぎた。もう半年近くあの村に居たので今世界中が異常気象だということをすっかり忘れていた。
「今年の4月あたりっすかね? 前より酷くなってきたんすよ。」
まるで冬だった。そして同時に、異常一つ無いあの村がどれほど異常なのかも改めて感じた。
駅を出ると、そこには懐かしいアズュールの街が広がっていた。もう薄暗い空の下、無数の民家や商店から灯りがぽつぽつ漏れているのが見えた。
そして遠くにはそれらの灯りに照らされながら、白く真っ直ぐそびえ立つ大きな城。
余計な装飾などはなく、けどシンプルで美しい城だった。あの人らしい、そう思った。
「あールル嬢、こっちっすよ!」
イヴァンがそう言って勧めた道は城とは全く違う方向の道だった。
「どうしてこっちなのよ。」
するとイヴァンはため息ついて周りに聞こえないようにルルカに言う。
「ルル嬢、自分が逃亡中の身だってわかってるっすよね? エンディルスの逃亡者をウィゼートの王城に招き入れたことがエンディルス側にバレたら、反乱以前に外交問題っすよ。」
言われてみれば当たり前のことだった。久々のアズュールに舞い上がっていたのかすっかり忘れていた。
ルルカとセイラは言われた通りイヴァンについて行く。ルルカが城に行く、それだけでサバトには、一国の王には負担になるのだ。
止めればよかったかもしれない、少しだけそう思ってしまった。ついて行くと、そう決めたのは自分なのに。
イヴァンに案内されて着いた先は街の隅にあるバーの裏だった。城に近づくどころかむしろ離れていた。
「で、こんなとこに来てどういうつもり?」
そう言うとイヴァンは店の裏に置いてある木箱を勝手に退け始めた。そして全ての木箱を退けて現れたのは、地下に続く隠し扉だった。
「こんなものがあったの? 知らなかったわ。」
するとイヴァンは言う。
「何言ってるんすか。ルル嬢通ったことあるっすよ。ほら、10年前……」
「知らないと言っているでしょ。」
また10年前イヴァンと会ったという話のようだ。イヴァンは少しがっかりしたのか耳と尻尾が寂しそうに垂れていた。
そうしょぼくれられても知らないものは知らない。何度考えてもキラの両親が亡くなった日にルルカがこの街に来た覚えなど無いのだ。イヴァンを無視してルルカは隠し扉を開け、三人は地下へと入った。
そこは細い地下道になっていた。灯りも無く、扉を閉めたら何も見えなくなるのでルルカは魔法で杖の先を光らせた。
まだしょぼくれているイヴァンをよそにルルカとセイラは地下道を歩き出す。
多分いざという時の為の城からの脱出用通路なのだろう。しばらく歩いていくと、道が二手に分かれた。
「どっちに行けばいいの……って。」
イヴァンは一応ついて来てはいたがまだしょぼくれて俯いていた。するとセイラが言った。
「右ですよ。」
「そう……ってどうして貴女がわかるのよ。」
「あら、こんなこと今に始まったことじゃないでしょう。」
知らないはずのことをセイラは知っている――もう数え切れないくらいあったことだ。この程度のことにはもう慣れてきていたが、やはり少し気味が悪く感じた。
また騙そうとしてるのではないかとルルカは疑っていた。
「信じます?」
そう言ってルルカを試すようにセイラはクスクス笑う。さあどうするか――するとイヴァンが言った。
「合ってるっすよ。右っす。」
ようやくしょぼくれモードから立ち直ったイヴァンが前に出た。
気に食わない人だが、紛いなりにもサバトが信用した人物なのだから嘘をつくことはないだろうと判断した。
ルルカはイヴァンの後をついて行く。少しつまらなさそうにしていたが、セイラもルルカの後をついて来ていた。
そうして歩いてしばらくして、ようやく出口が見えた。灯りの照らす場所に道はなく、代わりに天井に入り口と似たような扉があった。
「到着っすよー。この上はもう城の中っす。
中に入ったら、使用人がもう居ると思うんで、お部屋に案内してもらってくだせえ。」
「わかったわ。」
ルルカがそう言うと、イヴァンは傍にあった梯子に登り、天井の扉を開けようとし始めた。
とうとう着いた。同時に何か底知れない恐怖を感じた。意味もなくフードを深く被った。
サバトは昔と同じだろうか、変わってしまっただろうか。ルルカが来たことを迷惑に感じてはいないだろうか。
しまいには、城に入った途端、エンディルス側に通報されたりしないだろうか――なんてことまで考え始めた。
記憶の中のサバトはそんな人ではない。だからこそサバトがキラの両親を殺したなんて話が出た時、信じられなかった。だからこそここに来たのだ。
だがルルカは目に見えるものが真実とは限らないということも知っていた。
記憶が真実とは限らない。唇をキュッと噛む。手足にいらない力が入った。
「ルル嬢ー! もう扉開いたっすよー? 早く上がってきてくだせえー!」
イヴァンの声でハッと我に返った。どうも上から差し込む光にすら気づいてなかったらしい。
梯子に近づき、登ろうと上を向いた時。手が差し伸べられているのが見えた。
「え、え、えええっ!!?」
自分で自分の耳を疑いたくなるような声をあげてしまった。先ほどまでとは違った意味で手が震えて、これでは梯子が登れない。
透き通るような碧い髪、右目に包帯を巻いた青年が微笑んで手を差し伸べていた。
真っ直ぐな眼は昔と何も変わっていなかった。
「こ、こんなとこに……来てる暇あるんですか? ………サバト、さん……。」
「おや、懐かしい友人を迎えに来るのがそんなに不思議なことでしょうか?」
サバト・F・エスペレンがそこに居た。ルルカが梯子を登っていくと、手を引いて登るのを手伝ってくれた。
ティーナとかがこの場にいなくて本当によかった。自分でもわかるくらい心臓の音が大きく聞こえた。
地下道から出て着いたのは、城の書斎らしき場所だった。
「あ……ありがとうございます。」
顔がもう火照っているのがわかった。サバトは眩しすぎるくらい優しい笑顔を浮かべて言った。
「いいえ、とんでもない。無事でなによりです。お久しぶりですね、ルルカ。」
来てよかったかもしれない。逃亡中だとか、10年前の事件だとかそんなこと抜きで、ルルカは再会を心から嬉しく思った。
その時、部屋の入り口の方から声がしてきた。なんだか騒がしい。
それを聞いたイヴァンはサバトに言う。
「陛下、もしかして仕事抜け出してきたり……」
「はい、ですからこれで失礼しますね。皆さん、お二人を案内してあげてください。」
サバトは傍に待機してた使用人達にそう言い、次にイヴァンに言う。
「それとイヴァン、少し来てください。本来の予定より来た人数が少ない理由と、あとディオンが居ない理由も聞きたいので。」
「了解っすー……ってか陛下! すっかりタイミング逃したけど仕事抜け出してきちゃ駄目っすよ!」
「ああすみません、是非迎えに来たくて。放り出してしまった仕事は責任を持って片付けますので。」
「陛下はそうやっていつも誠実に謝って誠実に抜け出すんすからー……。」
そうして二人は書斎から出ていった。出ていく時、一度ルルカの方を見て微笑んだ。サバトが去った後もルルカは書斎の扉を見つめていた。
セイラが白けた顔をして言う。
「イケメン国王様にときめくのはいいですけど、本来の目的忘れないでくださいよ。」
「う、うるさいわ。ときめいたりなんて……」
「……もういいです。すみません案内お願いします。」
使用人達が丁寧にお辞儀をし、部屋へとルルカ達を案内する。懐かしい城の中。沈みかけの夕陽が差し込む廊下を歩く。
先ほどサバトに引かれた右手はまだ暖かかった。セイラがぼそっと呟いた。
「さて、こっちはとりあえず城に着くまではクリアってとこですかね。
後はゼオンさん達が来るのを待つ…といったとこですか……。」