第7章:第11話
手すりの上に立ち、弓を引く。誰が最初に動き出すか監視している気分だった。
敵は五人。他の車両にも居る可能性は高い。とにかくまずは先頭車両に向かうべきだ。
最初に動いたのは先ほどルルカを人質にとった獣人だった。剣で斬りかかってくるのをかわすと他の連中も動き出す。
銃声、刃物がぶつかる音、魔法詠唱の声がやかましい。
「ルル嬢ー助けましょーかー?」
イヴァンの声だ。ルルカは鼻で笑った。舐められたものだ。
ルルカが短い呪文を唱えると、矢の先が光り出した。魔法を使い出したことに気づいた連中の目つきが変わった。
そして一層激しくルルカに襲いかかってきた。それが間違いとも気づかず。
「馬鹿ね。」
まずは先ほどの獣人。羽で飛んで回り込んで頭に一発。次に二人の魔術師。呪文詠唱の隙をついて心臓を貫く。
残るはナイフ使いと銃使い。先に銃使い。椅子に隠れて段幕をやり過ごし、弾切れの隙をついて首に一発。
そして最後のナイフ使い。ルルカがそちらを向くと、その男は震え上がって後ずさりし始めた。
顔も真っ青、ナイフを落とし、涙目になりながら逃げ惑い始めた。
震えながら空いている席の窓の方に向かう男をルルカは容赦なく追い詰めた。
やっとのことで窓にたどり着いた男は窓から身を乗り出す。怪我を覚悟で飛び出す気だろうか。
ルルカは弓を引き、男の頭を狙う。逃がす気はなかった。そして矢を放とうとした時だった。
「はーいストップストップー。」
イヴァンが間に入ってルルカを止めた。何のつもりだろう――と思った時だ。
男の腕が勢い良く引かれて倒れ込む。そして突然倒れた男の足から血が吹き出した。
護衛兵というだけの実力はあるようだった。イヴァンの手には巨大なチャクラム、倒れた男を踏みつけ抑えつけていた。
そして鞄からロープを取り出した。
「やー、全員ぶっ殺されたら俺が城の奴らに怒られちまうっすよ。
反乱軍の情報が掴めるかもしれないのに何で殺したんだーってさ。」
イヴァンはそう言ってその人の手足を縛ってついでにロープを席の手すりに結びつけておいた。
「んじゃあ死にたくなかったら大人しくしててねー。それにしてもまあ……派手にやってくれちゃいましたね。」
イヴァンはもうピクリとも動かない侵入者たちを見て言う。そして怯えて震え上がる他の乗客達も。
ルルカは急所しか撃ち抜かなかった。当然、倒れている侵入者達はみんな死んでいた。不満げなイヴァンにルルカは言う。
「正当防衛よ。」
「困るっすよ、こんなにおおっぴらに殺されちゃ。何人も殺されたら言い訳きかないっすよ。ウィゼートでもお尋ね者になりたくないでしょ?」
言葉に詰まる。確かにイヴァンの言うとおりだった。ウィゼート国側からも追われるようなことになったら、わざわざエンディルスから逃げてきた意味がない。イヴァンはルルカに言った。
「じゃあ仕方がないから今のは正当防衛ってことにしとくっすよ。あっちからかかってきたのは事実だし。
その代わり、運転席、奪還してきてくだせえ。死人は出さずに。」
「国の兵士の癖に、あなたは動かないわけ?」
するとイヴァンは周りを見回した。他の乗客達は怯えて震え上がっていた。
「俺は他の乗客さん達落ち着けさせねえと。これはルル嬢にはできないっすよね?」
不満だが言い返せなかった。虐殺した張本人のルルカが何を言ったところで乗客達は怯えるだけだろう。
ルルカは運転席側の扉を開く。とにかく速攻で侵入者達を叩こう。先手必勝だ。
ルルカはセイラの方を見た。この非常事態だというのに相変わらず呑気に窓の外を見ていた。
するとセイラがルルカに言ってきた。
「どうやら一般人がオモチャ持った程度のへなちょこさんしか居ないようですし、美味しい役割はルルカさんにお譲りします。
悪い人達やっつけて王様に言えばいいですよ。『サバトしゃまーわたしわるいひとやっつけたのよー』……」
「黙りなさい。」
ぴしゃりと言い放った。それから、ルルカは隣の車両に目を向けた。
弓を手にタイミングを伺う。隣の車両はとても静かで、まだこちらで騒ぎがあったことに気づいていないようだった。
「じゃあ、始めましょうか。」
ルルカは隣車両に飛び込み矢を撃つ。この車両には敵らしき人物は三人。
矢の嵐に怯んだ隙に二人、脚を撃つ。二人はあっけなく脚から血を流して膝をついた。
すると残った一人の魔術が来た。光弾がルルカに向かって放たれる。
魔法で防ぐと隙ができる。ルルカは羽で飛んで避けると車両後部の座席の影に周りそこから脚を狙った。
これで三人――と思ったが、相手の反応が思ったより早かった。脚を狙ったはずが右胸に当たった。予想よりかなり多い出血だった。
「殺さず仕留めるのって難しいわ。」
そう呟いた時ふとゼオンのことを思い出した。今まで一人も殺さずに逃げ回ってきたゼオンの実力を改めて感じた。
左胸ではないから即死はしないだろうが、まだまだだなと思い知る。
脚を負傷した二人が這いつくばって仲間に寄ってきたので、多分死にはしないだろう。
ルルカは先に進む。運転席は次の次だ。
セイラの言ったとおり、乗ってきたのは戦闘慣れしていない雑魚ばかりらしかった。人数は多かったはずだが、車両の敵は一瞬で片付けることができた。
そしてやっと次が運転席だ。おそらく二三人くらい。一人が運転手を脅し、見張りが数人といったとこだろうか。
真っ正面から行くのは得策ではない。そう考えたルルカはドアの脇の壁にピタリと張り付き、様子を伺う。
こちらの車両で何かあったことにはきっときづいているだろう。ルルカは短い呪文を唱えてから、矢を天井に放つ。
パパパパパン!といい音がして小さな花火があがった。それと同時にドアが開いた。
「おい、何があっ……ぐぁあ!」
これでまず一人。運転席の車両に入り込むと――居た。運転手らしき人物と、横に主犯格と思われる人物とがいる。
相手はこちらにきづいて剣を向けた。
「何だお前は!」
「失礼するわよ。」
ルルカが矢を放つと男は避けて切りかかってきた。外れた矢が車両の床に刺さる。
今までの奴らよりは少しは骨のある奴らしい。だがまだまだ素人の部類だ。切りかかってくるのを避け、天井に二発、隣の車両の扉に一発。
「妙なとこに撃ちやがって、何のつもりだ?」
相手は間の抜けたことを言っていた。男は剣の刃を向けて、一歩ずつ近づいてきた。
さて、相手はどう出てくるか――そう思った時だった。急に客車の方の扉が開いた。
「止まれ、女。」
まだ仲間が居たのか。ルルカは声の方を見た……と同時に呆れた。
この局面で呆れることになるとは思わなかった。ルルカは入ってきた男が連れてきた人物を指差して言った。
「……あの、もしかして、その子は人質のつもり?」
「そうだ。大人しくしろ。」
「そう言われても」とルルカは思った。男は「人質」の首筋にナイフを添えて脅しているつもりだろうが、正直なところ何の脅しにもなっていない。
ルルカは人質に言った。
「……あなたもしかしてドM?」
「いいえ、そんな気味悪い趣味はありません。」
「じゃあ何で人質なんてやってるのよ、セイラ。」
人質はセイラだった。絶対に人質にされるような人ではない。わざと人質になったに決まっていた。セイラは真顔で言った。
「運転席が見てみたかったんです。」
全員黙り込んだ。緊迫感が妙な空気に変わった。ルルカは弓矢をセイラを人質にとっている男に向けてはっきり言った。
「私はそいつがどうなろうと知らないわ。瞬きし月の光よ……我に力を貸したまえ……」
魔法陣が浮かび上がり、詠唱が始まる。敵二人の顔色も変わった。
「チッ……本気か!? 仲間じゃねえのか……がッ!?」
男の手からナイフが落ちた。まんまと男は騙されたらしい。男の肩を一筋の光が貫いていた。
そしてその正面には不敵な笑みを浮かべクスクス笑うセイラが居た。
「残念でしたねぇ。仲間だった覚えなんて一度もありませんよ。こんな幼稚なお姫様。」
こちらもこんな胡散臭い女は願い下げだ。男がもがき苦しんでいる隙にセイラは逃げて運転席に向かう。
その間にルルカの詠唱は進む。同時にさっき外した矢がぼうっと淡い光を放ち始めた。
敵は正面に一人、背後に一人。
「っ……させるか!」
二人が同時にルルカに飛びかかってきた。ルルカは弓矢を天井に向ける。
「……純粋なる絶望の檻よ! カージュ・ドゥ・ディスポワ!」
矢が放たれて天井に刺さる。そしてその矢と先ほど外した矢達が光で繋がれ、そこからさらに木の枝のように光の糸が枝分かれしていき、網の目のようになり、二人の動きを食い止める。そしてルルカは更に呪文を唱えた。
「……リュミ・ハーヴェスト!」
刺さった矢が抜けて光の網を操り、敵二人を一気に捉えた。
この光の網は捕獲だけではなく攻撃能力も兼ね備えているため、二人はもう動くことはなかった。
よくやく終わった。もうかかってくる敵は居ない。運転手にも怪我はないようだし、一見落着のようだ。
するとまた客車の扉が開いた。
「やあルル嬢、お疲れさんっす。セイラちゃんも怪我ないっすね?」
「目障りだからどっか行ってちょうだい、キツネ男。」
「俺はキツネじゃねえっすよぉ!」
イヴァンが目障りな面を晒しにやってきた。それからイヴァンは運転手に言った。
「大丈夫っすか?」
「はい、なんとか……。」
「奴ら、何か要求してきたりとかしたっすか?」
「途中で仲間を乗せるために途中で停車してから、そのまま首都まで行けと……。」
「……ふーん。」
イヴァンは妙に歯切れの悪い返事をした。だがその後すぐにニカッと笑って言う。
「んまあ、とにかく無事で何よりっす。ややこしいことは首都に着いたらってことで。
あ、そうだ、その子が運転席見たいらしいんで、見せてやってくれます?」
そう言ってセイラを指差した。
「わかりました。」
そう言われるといそいそとセイラは運転席へと歩いていった。「本当に見たかったんだな」とセイラの後ろ姿を見送った後、ルルカは元の車両へと戻っていった。
イヴァンも後からついてきた。煩わしく思いながらも二人は元の席へと戻る。
イヴァンの説得のおかげなのか、客達は落ち着いたようだった。イヴァンは客達に言った。
「皆さん大丈夫っすよ。反乱軍の奴らはみんな捕まえたんで、首都に着いたら引き渡すっす。」
イヴァンが説明してる間にルルカは先に席に座ってやれやれとため息をつく。
面倒は起こったが、結局大事にはならなかったからよしとしよう。と、その時、ワンワンと犬の声がした。
振り向くとそこには黒い毛に青い瞳の犬が居た。飼い主らしき人物が犬をなだめて言う。
「すみません、うるさかったですか?」
「いいえ、別に。」
そう言ってルルカは窓の外を眺め始めた。
飼い主は黒髪で帽子を被った青年で、耳に金のピアスをつけていた。