第7章:第10話
また汽車に乗ることになるとは思わなかったなと、汽笛の音とガタゴトと車体が揺れる音が聞こえる中ぼんやりとルルカは思った。
アズュールへの道のりは遠すぎる。瞬間移動の魔法を使いたいところだが、首都の周りには至る所に瞬間移動の魔法を封じる結界が張ってあるため不可能らしい。
なので、村からいくらか離れた街に出てからこうして汽車でアズュールに行くことにしたのだった。
ルルカはため息をついた。アズュールに行くことは構わない。汽車も別に嫌いではない。
問題は面子だ。
「いやあー、可愛い嬢ちゃん達と一緒とか嬉しいねえー。セイラちゃんよろしくー。」
「すみません、狐は苦手なんで近寄らないでいただけます?」
「狐!? 俺は狐じゃねえ、犬の獣人! 秋に田のつく由緒正しきワンコだから!」
聞こえてくる二つの声はどちらも癖が強い。なぜこの組み合わせなのだろう。よりにもよってなぜセイラとイヴァンなのだろうか。
「ゼオンとティーナとの方がよかった」とルルカは思った。かと言って首都にさっさと着いてほしいかというと、それはそれで気分が重くなるのだった。
サバトの顔を思い出した。思い出した途端、懐かしいなと、元気にしてるかなと、どうでもいいことばかり考え出してしまう。
そんな思いを振り払うようにまたため息をつき、四人掛けのボックス席に座ろうとした時、イヴァンが声をかけた。
「あールル嬢、そこじゃねえ。もう一つ前の席っすよ。」
「………ルル嬢?」
ルルカは鬼のような目つきで聞き返した。
まさか、まさかとは思うがその気色悪い呼び方はルルカの呼び名のつもりだろうか。
「あーほら、他のお客の迷惑になるから早く座ってくだせえルル嬢。
お茶あるっすよルル嬢いります? 首都まで遠いから半日くらいかかると思うっすルル嬢。」
「……ルル嬢って、私のことかしら?」
イヴァンは満面の笑みで答えた。
「はいルルじょ……んがあ!」
変な声をあげてイヴァンは倒れた。イヴァンの顎にブーツのヒールが当たったような気がするが、多分気のせいだろう。
ルルカは一つ前のボックス席の窓際に座った。続いてセイラがルルカの隣に座る。
ようやくイヴァンが起き上がってルルカの前に座った。
「酷いじゃないすか。」
「自業自得よ。」
「ルル嬢がお気に召さないなら呼び方変えますかね? じゃあティーナちゃんの真似して……ルールカちゃあーん! ……んがあっ! いてえいてえ! いてえっすよ!」
「この杖、人を殴るのに便利ね。」
イヴァンが痛がっているがどうやら杖が勝手に出てきてしまったらしいので仕方がない。
向かい側の席で死体のように転がっているイヴァンをルルカは冷ややかに見つめた。
どうしてこんな真面目さの欠片もないような奴が城に勤めていられるのかルルカには理解できなかった。
しかもサバトの護衛兵だなんて更に理解不能だ。サバトもサバトだ、一体何を考えているのだろう。
その時、ルルカはセイラがやけにこちらを真剣な眼差しで見つめていることに気づいた。
何かと思ったらよく見るとセイラの視線は窓の外に向かっている。
ルルカにある考えが浮かんだ。まさかこの性悪女がそんな子供みたいなことを、と思ったが一応訊いてみた。
「窓の外……見たいの?」
そう言った途端、急に目がキラキラ輝きだした。
「興味は……あります。」
「…………窓際、座る?」
「……!」
更に目を煌めかせてセイラが頷いたので、ルルカはセイラと席を交換した。
今セイラに何か言うことがあるとすれば、「誰だこいつ」の一言に尽きる。セイラがこんなに子供らしい反応をするのは初めてだ。窓に張り付いて気味悪いくらいに興味深々に外を眺めていた。
中身はああでも、一応子供なのかと一瞬感じた。だがその後、違うと感じた。子供だからではなく、ただ単に「見たことが無いから」興味を示しているように見えた。
今まで散々ルルカ達を脅したり利用したりしてきたセイラが今はただの幼い子供に見えた。
ルルカはセイラに訊いてみた。
「汽車に乗るの、初めてなの?」
「はい。速いです……。鉄の塊が魔法も無しでこんなに早く動くなんて思いませんでした。
あの、なんでさっきからこのキシャってのは煙を吐いているんですか?」
まさか質問が返ってくるとは思わなかった。一瞬驚いた隙にイヴァンが勝手に答えた。
「汽車の燃料の石炭ってのを燃やすと煙が出るんすよ。その煙を捨ててるんすよー。」
「セキタン……。魔法はほんとに使ってないのか?」
「魔法なんていらないっすよー。」
「すごいな。記録で見ただけだから全然知らなかった……。揺れるんだな、ガタンゴトンいうんだな……。」
もう素の口調が出ていた。いっそのこと、その取ってつけたような敬語口調止めればいいのにと思った。
セイラらしからぬ言動にルルカは少々困惑していた。しかし、今までで一番生き生きしたセイラを見たような気がしていた。
考えてみればルルカ達はセイラのことを何も知らなかったなとルルカは思った。その後すぐに「まあ知りたくもないけど」と、心の中で吐き捨てた。壁を作るように。
イヴァンがニヤニヤ笑いながら言った。
「なんだ、セイラちゃんかわいいとこあるじゃないすか。」
「あんなの見たことないわ、むしろ気味悪いわよ……。」
「ルル嬢は全然デレてくれないっすね。陛下の話振ったらデレてくれ……」
「頭吹き飛ばすわよ。」
ぴしゃりとはねのけるように返した。会った時から思うのだが、イヴァンはやけに馴れ馴れしくて腹が立つ。
苛々していると、イヴァンは思いもよらないことを言ってきた。
「全く、酷いじゃないすか。10年ぶりの再会だってのに。」
「再会……?」
馴れ馴れしく品性に欠けるだけではなく妄想癖まであったのだろうか。
前にイヴァンと会った覚えはない。今回が初対面のはずである。
だがイヴァンの様子を見ると、妄想癖とは言えないようにも思えてきた。ぽかんとするルルカにイヴァンは言った。
「もしかして、俺のこと忘れちゃったんすか?会ったじゃないすか10年前!
図書館で会った時はディオンの旦那の前だったから初対面のフリしといたけど、俺10年ぶりに会えてすごく嬉しかったんすよ!?」
嘘か本当かと言われたら、本当のことを言っているように見えた。だがその考えをルルカはすぐに振り払った。
本当のように見えても実は嘘をついている――なんてことは珍しくない。
その話に気づいたのか、セイラが急に窓の外を見るのをやめてこちらを向いた。
嘘という可能性は十分あり得るが、気になることがあった。ルルカはイヴァンに言い放つ。
「私は前に貴方と会った覚えなんて無いわ。」
イヴァンの足をヒールで踏みつけながら言う。
「答えなさい。貴方が私に会ったのは10年前のいつ?」
イヴァンは何のためらいもなく素直に答えた。
「いつって……、ほら、キラさんのご両親が亡くなった日っすよ。ルル嬢お忍びでウィゼートに来てたでしょ?お付きの人二人連れて。
ルル嬢が陛下に会いたいーって言うから色々案内したじゃないすか。」
愕然とした。そんな話は知らない。キラの両親が亡くなった日にルルカが城に居たなんてそんな馬鹿な話があるものか。
その日にウィゼートにルルカが行った覚えがない、行けるわけがない。当時のルルカは何も知らない「お姫様」。お忍びでサバトに会いに行こうだなんて考えるわけがなかった。
万が一この話が本当だとしたら、イヴァンと会ったルルカは一体誰だというのだろう。
「気味悪い……気味悪いわ、この話……!」
そう呟いた時、更に気味が悪い事態にルルカは気づいた。隣で話を聞いていたセイラだった。
これはセイラも知らなかった話であると表情を見てすぐにわかった。そして同時に、イヴァンの話を「本当」と認識していることもわかった。
セイラが呟く声がした。
「そんなはず……。万一それが本当だとしたら……」
その時、三人とも話すのを止めた。緊張が走る。全員の目つきが変わった。
タイミングが悪いなとルルカは思った。首に冷たいものが添えられるのを感じた。刃物の感覚だ。下品な笑い声がした。
「大人しくしな。じゃないとこの女の首吹き飛ばすぞ。」
先ほどまで居なかった人の気配がする。足音の数からして5〜6人くらいか。
ハイジャック。その言葉が浮かんだ。イヴァンがルルカの背後の人物に尋ねた。
「はいはいそちらさん、要求は何だい?」
「その杖をよこしな。」
そういえばイヴァンを殴る時に杖を出したまましまっていなかった。
椅子の上に置いてあった杖をイヴァンが掴む。
「か弱い女の子の命には代えられねえか……。」
背後の人物が手を伸ばす。イヴァンが杖を差し出す。杖が渡るまであと少し――
「この子らか弱くねえけどなっ!」
思い切り杖を相手の顔に投げつけた。相手が怯んだ隙にルルカは肘鉄を食らわせて抜け出す。
「この……死ね!」
逆上して剣を振りかざしてくる。ルルカはブーツからナイフを取り出し相手の頭に投げつけた。
そして悲鳴を上げて倒れる相手を踏みつけ、飛んでいった杖を掴み、席の肘掛けに着地した。
「随分なご挨拶ね。……こいつら、ぶち殺してもよろしいかしら?」
敵は5人。おそらく運転席の方にもまだ居るだろう。三人が獣人、二人が魔術師。
全員が剣やら銃やら武器を構える。イヴァンがルルカに言った。
「いやー、ルル嬢凛々しいから許すー……って言いたいところだけど、生かして捕らえてほしいかなー。」
「知らないわ。私の好きにやらせてもらうわよ。」
「えー、訊いておいてそりゃあないっすよ!」
ルルカの杖が弓矢へと形を変える。この杖は人を殴るのに使えるが、やはりルルカにはこちらの方が使い慣れていてしっくりきた。
弓矢を構える。標的はもう矢の先にあった。
「さあ、いらっしゃい。」