第7章:第6話
ブラン聖堂。ブランというのはクローディアが前に反乱軍の拠点だと言った場所だ。
それを聞いたオズが食いつくように言った。
「ブラン聖堂? それ本気か?」
「はい、本気ですよ。」
オズがブラン聖堂――というよりもブランの街にこだわる理由は何なのだろうとふと思った。
以前オズが読んでいた神話の本にもこの街のことが書いてあった。
オズがこだわることというと、やはりあのリディという少女のことなのだろうか。そう思っているとルルカが言った。
「それ本当に信用できるの? でたらめ言ってる可能性もあるわよ?」
これだからルルカは――とゼオンは思った。疑うなとは言わないがもう少し客観的に考えてからものを言うべきだ。
「ブランって可能性は高いと思うけどな。反乱軍の拠点なんだろ? あいつを連れてったって不思議じゃねえだろ。」
ルルカから反論は無かった。ただ少し不愉快そうに俯くだけだ。隣でセイラがじっとゼオンの方を見つめていた。
するとティーナがゼオンに言ってきた。
「ねえ、キラが居なくなっちゃったこと、ゼオンのお兄さんに言った方がいいんじゃない?」
「……そうだな。」
確かにキラが居なくなったのは重大な問題だ。ディオンに話しておく必要はあるだろう。
もしかしたらディオン達のこの先の行動も変わるかもしれないし。ゼオンはカルディスに言った。
「兄貴は村長さんのとこの屋敷に居ますか?」
「ああ、居るよ。ついて来なさい。」
カルディスは階段を下り始め、ティーナ達も後に続く。ゼオンも歩き出したが、ふとリーゼが居たことを思い出し、リーゼに言った。
「巻き込んで悪かったな。忘れ物あったんだろ、さっさと行けよ。」
リーゼは「あっ……」と忘れていたような顔をしたが、すぐにこう言った。
「やっぱりいいよ、ついて行く。心配だし。」
「わざわざ戻ってきたのにいいのかよ。」
「うん。心配だから。」
そう言ってリーゼは急いでみんなを追いかけていった。
◇ ◇ ◇
この屋敷に来るのは二度目だった。この村の村長の立場いうのはやはり重要なのか、田舎の屋敷にしては良い建物だ。
だが今はそこについてものを言う余裕は無かった。部屋には張り詰めた空気が漂っていた。
「あの嬢ちゃんが誘拐!? このタイミングでか!?」
イヴァンの声が響く。そう言いたくなるのが普通だろう。隣に座っているディオンは取り乱した様子は無かったが心なしか険しい表情だ。ディオンが言った。
「まさかここで誘拐されるとはな……俺達も甘かった、すまないな。
それより急いでキラさんを捜す必要があるな……。キラさんが居るのはブランで間違い無いのか?」
「姉貴の情報だとそこが拠点らしいから可能性はあるだろ。」
ゼオンがそう話すとディオンは少し困った様子で俯いて言った。
「ならスカーレスタの基地の奴らに捜索させるか。もし拠点に乗り込む必要があるなら、電話連絡じゃ済まないか……指示を出しに行かないとな。
けど陛下の命令を無視するわけにもいかないし……」
「あ、じゃあ俺が三人を送る役目は引き受けましょうか? ディオンの旦那がスカーレスタに行ったってことは陛下に伝えておくっすよー。」
「そうか? じゃあ頼む。」
ディオンとイヴァンの間では話はまとまったようだった。
この流れだとゼオン、ティーナ、ルルカの三人が首都アズュールの城に行き、ディオンはスカーレスタに行ってキラの捜索の指示をするということになるのだろうか。
ゼオンは城でキラが見つかるのを待ってろということだろう。ゼオンにとってあまり納得のいく内容ではなかった。
ディオンがゼオン達三人に言った。
「悪いが、三人とも明日すぐにイヴァンと城に向かってくれるか。俺はスカーレスタに……」
「誰が従うかよ、クズ兄貴。」
ゼオンの言動に少し周りは動揺したようだった。ディオンはため息をついて困った様子で言う。
「頼む、言うこと聞いてくれよ。全く何だ突然……。何か不満でもあるのか?」
「俺も兄貴の側に行く。あいつを見つけてから城に行く。」
ディオンがため息をつき、オズとイヴァンが少しニヤニヤし、リラが少し驚いてゼオンを見た。
なぜそんなことを言い出したのか自分でもわからない。だが、大人しく城に行く気にはならなかった。
すると急にオズがニヤニヤしながら口を出した。
「青春やなあ。」
「……五月蝿い。俺が目を離した責任は自分で取りたいだけだ。」
それからゼオンはディオンに言った。
「というわけで、俺はそっちについてくからな。」
「おい……、俺はいいと言ってない……」
「知るか黙れバカ兄貴。」
「全く……仕方ないな。」
ディオンがまたため息をついた。とりあえず許可はおりたことにしておこう。
ゼオンはティーナとルルカを見た。
「選択肢が増えた。お前たちはどうする?」
「おい、俺は二人以上連れてくとは……」
「兄貴は無視しろ。どうする?」
二人はそれぞれ少し俯いて考え込んだ。先に返事をしたのはルルカだった。
「私は城の方に行かせてもらうわ。」
やはりルルカは国王のことが気になるのかもしれない。戦力が居た方がゼオンにとっては都合がいいが、ルルカにはルルカの事情があるのだろう。
無理にこちらに来させる必要はないと判断した。次にゼオンはティーナを見た。何故だか少しだけ寂しそうな顔をしていた。
「お前はどうする? 馬鹿女を探しに行くか、城に行くか。」
「……ゼオンと一緒に行ったらさ、迷惑だったりしない?」
さっきオズがおかしなことを言ったせいだろうか。ティーナは少しだけ目をそらしながらそう言った。
普段は遠慮など全くしないのに、何をいつもより一歩引いたようなことを言っているのだろうか。ゼオンは迷わずこう答えた。
「お前の行動はお前が決めろ。変に俺に合わせられても迷惑だ。」
ティーナは急にぽかんとしてゼオンを見た。それからため息ついて言った。
「全く、ゼオンは……。」
「何かまずいことでも言ったか? お前は誰かの下につくのを誰より嫌うと思ってたから言っただけなんだが……。」
「……なんでもないよ。今日もあたしのゼオンが最高にゼオンだと思っただけ。」
何かに呆れているようにティーナは言っていた。ルルカもなぜか嫌なものを見るような顔でこちらを見ていた。
それからティーナは急にニカッと笑みを浮かべ、いつもの明るいティーナになった。
「でもまあそう言うならぁー、ゼオンが行くところにこのあたしがついて行かないはずがないよねぇー!」
「というわけだ兄貴、一人増えた。」
「おい!」
ディオンの文句は全く聞いていなかった。ゼオンはティーナを見た。笑顔を作る必要などないのにと思った。
まあとにかくこれで話はまとまった。ゼオンとティーナはディオンとスカーレスタに、ルルカはイヴァンと城に行くことになる。
一度寮に戻って荷物まとめなきゃなと思った時、急にセイラが口を出した。
「城側にもう一人追加してはいけませんか?」
ゼオンは耳を疑った。セイラはクスクス笑うだけだ。まさかセイラもついてくる気だろうか。ルルカの目つきが鋭くなった。
キラ暴走の一件の時にセイラはオズとゼオン達に危害を加えた上に利用してきたのだから警戒して当然だった。
イヴァンはセイラの中身の凶悪さに全く気づいていないようで、子供をなだめるように言った。
「いいかい嬢ちゃん、これはお遊びじゃねえんだ。留守番してな。」
するとセイラはこう言った。
「なるほど、部外者は口出すなということですか。ならこれならどうでしょう。
私は10年前の事件の真相を全て知っています。反乱軍の後ろで糸を引いている黒幕のこともね。
どうです? あなた方が仕える王様にとって、知りたくて仕方がない情報だと思いません?」
「黒幕?」
ディオンとイヴァンの目つきが変わった。ゼオンにとっても無視はできない言葉だった。
反応を伺うようにセイラは笑う。なぜそんなことを知っているのか――おそらくこの場に居るほとんどの者がそう思っていただろう。
自分の底を隠すように笑い顔の仮面を被る姿は、いつ見ても十歳ほどの少女の姿には見えなかった。
ディオンがゼオンに訊く。
「ゼオン、この子は何者なんだ?」
「さあな。異様に物知りなのとガキにしては妙に強いことくらいしか知らねえ。性格すげえ悪いから騙されないようにしとけよ。」
「失礼ですね。私はあなた方に協力しようとしているというのに。」
更に空気がピリピリしだした。セイラから協力なんて言葉が出るとは。一度ゼオン達を利用した人物が何を言うのだろうか。
「私は反乱軍の後ろにいる『黒幕』の思い通りに事が進むと都合が悪いんです。反乱を止めたがっているあなた方と利害が一致するんですよ。」
イヴァンが面白そうに笑って言った。
「はぁ、可愛いロリっ子かと思ったら随分ずる賢そうなお嬢ちゃんだな。どうします、旦那ぁ。判断は任せますよ?」
ディオンはすぐに答えを出さなかった。セイラがただ者ではないことくらいもう気づいているだろう。
セイラが後で裏切ったりする可能性だって勿論ある。慎重になるのも分かった。そして、しばらくしてディオンは答えた。
「いいだろう、来なさい。イヴァン、頼んだぞ。」
「へい、了解しやした。」
兄貴は甘いなと思いながらも文句を言う必要は無いように思えた。
ゼオンが村を出ようとした時にああも強引にゼオンを引き止めたのだから、反乱が起こるとセイラには都合が悪いというのは事実なのだろう。
ただ、そのためにどんな手を使うかはわからないが。セイラは表情一つ変えずにその会話を聞いていた。
こんなに簡単にセイラの同行を許していいのかと、そう思った時だった。
口を開いたのはオズだった。
「なら、俺も行かせろ。キラ捜索の方にや。」
その瞬間、数人の表情が凍りつき、一斉に声があがった。
「駄目だ!」
「いけません!」
「いいわけないだろ!」
「馬鹿かお前は!」
「駄目だ、お前は!」
セイラ、ルイーネ、リラ、カルディス、ディオンの5人が迷わず怒鳴った。あまりの必死さに口を出すことなんてできそうにない程だった。セイラは口調が変わっているし、ディオンは立ち上がって怒鳴るくらいだ。理由がわからないゼオン達はただぽかんとその様子を見ているしかない。
ただ一つ分かることは、オズという人物がどれほど重要な存在かということだった。セイラがもう敬語なんて使わずに言う。
「それは認められない……何が何でもだ。キラの捜索について行くと言うってことは、ブランに行く気だろう?」
「そうやな。」
「お前……自分にとってそこがどういう場所だかわかっているだろ……!」
「ああ。」
「駄目だそれだけは……!」
セイラは必死に言った。あれほど余裕の無いセイラは初めて見た。そして、誰にも届かない声がする。
「駄目だ、お前がブランに行ったら……全て終わりになる……!」