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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第7章:ゼロ地点交響曲
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第7章:第4話

夕暮れの中、長く伸びる影が一つあった。黄金や茜の夕暮れ色がこれから夜が来ることを警告しているように見えた。

キラは派手に足音鳴らしながら家へと急いだ。首都の城に行く前に、記憶の封印を完全に解いておかなくてはと……そう思ったから。


あの後ディオンが言ったことはこうだった。

明後日に、キラ、ゼオン、ティーナ、ルルカの四人があの杖を持って首都アズュールの城に向かうと。

一応客人としての扱いだが、10年前の事件のことやサラのことの話をキラに訊く予定だと言っていた。


キラ自身も国王サバトから、10年前のあの時の状況についての話を聞きたいと思っていた。

そのためには、自分もできる限りのことをサバトに話さなければならないということもわかっていた。

やはりリラに封印を解いてもらわなければならなかった。

だがそう思った途端、あの光景がまた蘇る。血まみれの部屋、真っ暗な部屋、何もできない自分。

けれど、もうそこで立ち止まっている訳にはいかないのだ。

家の灯りが見えてきた。扉の前に立ち、戸を開ける前に一つ深呼吸した。


「ただいま。」


そう言って急いで居間に向かった。そこには自分の杖を持ってソファーに座っているリラが居た。


「お帰り。オズの奴、どうしてた?」


「んー、見た感じいつもと変わらない感じだったよ。

 昨日のことについては何も言ってなかった。ディオンさん達来て慌ただしかったから、言い出すタイミング無かったのかも。」


「まあ、あいつは人前で私情に触れるのを嫌うからね。」


「それよりばーちゃん。」


キラはそう言って真っ直ぐリラの目を見た。キラの意志に応えるようにリラが言う。


「決めたんだね?」


キラは頷いた。もう迷いはしない。

たとえあの日の光景が見えても、どんな真実を突きつけられたとしても、全て受け止めてみせよう。


「今日ね、ディオンさんが来て言ったの。明後日、首都のお城に来てほしいって。

 国王様がね、あたしに事件の時の話を聞きたいって。なら、全部思い出してから行かなきゃ駄目でしょ?」


「本当にいいんだね?」


「うん。大丈夫、もう倒れたりとかしないから。」


力強く頷いて言った。これに耐えられないようで、サラを止められるわけがない。


「じゃあ、始めようか。」


やっとリラはそう言った。杖を取り、地面を軽く叩く。

床が光り始め、白い魔法陣が現れる。見たことが無いくらい複雑で、部屋を覆い尽くすくらいの巨大さだったが、いくつもの大きなヒビが入っていてどう見ても崩壊寸前だった。

これが自分の記憶を封印している鎖だと、言われれば納得がいく。

壊れかけでもう無きに等しい封印だが、一番肝心な記憶だけはまだ厳重に守られていた。

だがその封印も今解けるのだ。リラの詠唱が聞こえてきた。


「邪なる記録を封じる白き鎖よ…今解き放たれよ……」


白い魔法陣が周りから少しずつ消えていく。それと同時に何かが少しずつ自分の中に流れ込んでくる気がした。

魔法陣は順々に、跡形もなく綺麗に消えていく。記憶にかけられた鎖はもう無い。今までよりずっと鮮明に過去の光景が浮かび上がってきた。

暗く沈んだ部屋、ランプが割れ、部屋に火が駆け巡る。涙が溢れ、震えがとまらない。けれどここで逃げるわけにはいかない。

そして遂に魔法陣が完全に消え去った。


「滅べ永遠の牢……カセ・シェーヌ!」


詠唱が終わった途端、大量の記憶が流れ込んできた。頭が痛くなり、思わず頭を抑えた。

拒否反応のような痛みの中、記憶の続きが見えてきた。

炎が燃え盛り壁に揺らめく影を映した。そしてキラの正面に、盾となるように父親――イクスが立っていた。

父親の向こうに誰かが居る。父が何か叫ぼうとした時だった。

キラの額に何か液体のような物がついた。重い音。鮮やかな紅を散らして父親の体が倒れる。

恐怖がキラを呑み込む。頭痛と吐き気と動機が自分を壊していくように思えた。

そして、倒れた父の向こうにいる人物の顔が見えた。


「どうして……?」


思わずそう呟いたことで、キラは過去から現在に戻ってきたように感じた。

ハッとして辺りを見回す。部屋は暗くない。リラも居る、暖かな光に包まれた普段の居間だ。


「どうした……? 大丈夫かい?」


リラが心配そうに駆け寄る。まだ頭痛は収まっていない。だが必死に耐えて平然を装った。

今の記憶が嘘だと信じたかった。そんなわけがないと思いたかった。

だが頭の痛みと消えない恐怖感がこれが真実だと告げている。

これを受け止めなければ、前には進めなかった。その為に封印を解くことを選んだのだから。

キラはリラに言った。


「今日ちょっと早めに寝るよ。」


「そうかい、無理するんじゃないよ。晩飯はどうする?」


「いらな……やっぱちょっとだけ食べる。」


「わかった。ちょっと待ってな。」


リラはすぐに台所に向かって晩御飯の盛り付けを始めた。キラはふらふらとソファーに座った。


「みんなに言わなきゃ……犯人のこと……。」


ぽつりと呟く。それからカレーの皿を持ったリラが戻ってきた。


「ほら、飯だよ。」


「はぁい。」


「そうだ、キラ。もし城に行くんだったら、」


突然リラはキラが昔から常につけていた星の形の髪飾りを指差して言った。


「その髪飾り、10年前あんたが城に行った時に貰ってきたものだから、お礼言っておきな。」


「そうなの? わかった。」


そう言って椅子に座り、カレーを少しずつ食べ始めた。



◇ ◇ ◇



翌日の放課後、キラは真っ先にゼオンの所に行った。記憶の封印を完全に解いてもらったことをみんなに話さなければならないと思ったからだ。

ゼオンは相変わらず色んな魔術書を読みあさっていた。キラが封印の話をすると、別に大したことでもないような顔をして言ってきた。


「封印が完全に解けた……ってことは、犯人が誰かわかったのか?」


「……うん。」


認めたくはなかったが、頷くしかなかった。


「これから図書館行ってみんなに話そうと思うからゼオンも来てくれない?」


急にゼオンが無言で席から立った。思わず一瞬震えた。


「何だ、別にすっぽかしたりしねえよ。寮に本置いてくるだけだ。先行ってろ。」


「あ、うん。」


ゼオンが本を持って廊下に行ったので、キラも後に続き廊下を出た。その時キラはあの杖を持っていた。

もう夕暮れ時で、明かりの無い廊下は藤色の闇に覆われ、時間が時間なので歩いている人も居なかった。

静かな廊下、前を歩くゼオンの姿だけがくっきり見えた。カラスの声と足音だけが聞こえた。

ゼオンが味方になってくれることは頼もしかった。だが、本当にこのことに巻き込んでよかったのだろうか。

城に行けばクロード家の人々に会うだろう。ゼオンの心の傷を抉るようなことをさせるかと思うと苦しかった。


「ゼオン、城に行ってくれるってことは、お姉ちゃんを止めるの手伝ってくれるの?」


「……気分次第。」


このはぐらかし方は大抵良しの意味だ。


「本当にいいの? お城に行ったらクロード家の人に会うんだよ?」


ゼオンの瞳がこちらを見る。そして一発凸ピンされた。


「いつまでもそんなことでグズグズしてられるか。」


凸ピンされたおでこがジンジン痛むのに、少しも腹は立たなかった。ぽかんと口をあけてゼオンを見ていた。


「じゃ、先行ってろ。」


そう言ってゼオンは寮の方へと歩いていった。気がついたらもう寮への渡り廊下の前までついていた。


「ありがと!」


キラが元気よくそう言うと、歩き出しかけたゼオンが止まって振り向いた。


「どうしたの?」


「……いや、よく笑ってられるなと。」


「だって、しょぼくれてたら元気だって逃げちゃうもん! いいじゃん、笑ってても!」


「……別に、駄目とは言ってないだろ。じゃあそろそろ行くから、後でな。」


表情を隠すようにキラに背を向けてゼオンは渡り廊下の向こうへ消えていった。

ゼオンの姿が見えなくなってからキラは杖を抱えながら廊下を駆け抜けて出口へと急いだ。

きっと図書館にはオズがいる。ティーナやルルカやセイラも多分図書館に居るだろう。

犯人が誰だか伝えなきゃ。キラはそのことだけを考えて走っていた。自分にできる第一歩を踏み出そうと必死だった。しかし階段にさしかかった時だった。

突然足が動かなくなった。そして足元に蒼い魔法陣が現れる。手首、足首あらゆる関節が凍りついたように動かなくなる。

手から杖が落ちて、キラは床にしゃがみこんだ。

手足を動かそうもがいても、見えない力に縛り付けられたかのように動かなかった。

そして、後ろから誰かの声が聞こえた。


「この世を創りし蒼き瞳の女神よ……我に力を与えたまえ……」


誰なのか、何なのか。振り返って確かめたいのに体中から力が抜けていく。

この校内にキラに魔法で危害を加える人なんて思い当たらなかった。パニックになればなる程頭は真っ白になっていく。

誰かの詠唱だけが聞こえた。そして、蒼い魔法陣が一層強く輝いた。


「愚かなる者に眠りの刻を! ドルミル・ブルー!」


頭に強い衝撃を感じ、キラは意識を失った。



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