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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第7章:ゼロ地点交響曲
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第7章:第2話

ディオンが明日来る。その言葉にキラは首を傾げた。


「なんでディオンさんまた来るの?」


そう思った時、キラの後頭部に何かがぶつかった。振り返ってみると新聞が落ちていた。

新聞が飛んできた方向にはセイラがすました顔で立っていた。


「セイラ! 元気になったの?」


「はい、皆さん方がしばらく居なかったおかげで元気になりましたよ。

 あとお土産のアイスありがとうございました。もう10個は欲しかったですけど。」


会って早々に複雑な一言ありがとう。だが元気になったというのは本当のようで、旅行前と比べると随分顔色がよくなった。

旅行前のセイラの体調不良は結局何だったのだろう。セイラは誰もが思う疑問に答えようとはしなかった。

するとオズが嫌味たっぷりに言った。


「大変やなあ、雑魚は。」


「すみません、オズさんのような化け物とは違いますので。」


セイラも嫌味たっぷりに返すものだから空気がピリピリ張り詰めてきた。

この二人の間に平和が訪れる時は来るのだろうか。キラが呆れていると、セイラがキラの足元の新聞を指差して言った。


「多分、ディオンさんが来る理由はそれ絡みですよ。」


キラは新聞を拾い上げた。書いてあったのは、東の村が獣人に落とされた、食糧と武器が奪われた――反乱軍に関する記事ばかりだった。

新聞を握る力が思わず強くなり、クシャと情けない音をたてる。サラの姿が頭に浮かんだ。

同時にオズも少し俯いたことには気づかなかった。


「反乱軍の活動が活発になっているんですよ。来る理由は反乱絡みでしょう。」


キラは反乱軍の襲撃を受けた村の写真をぼんやりと眺めた。焼け野原になった村をキラと同じ年くらいの子供が呆然と立っていた。

自分に何ができるだろうとキラは考えた。サラに会って説得する……その程度のことではもう済まないということはわかりきっていた。

するとゼオンが言った。


「馬鹿が今何を考えたって無駄だろ。まずは兄貴が来るのを待った方がいい。」


目はキラと反対方向に向いていたが、間違いなくキラに向けた言葉だった。何もできないだなんて考えるのはまだ早いと、そう言っているように感じた。

ゼオンの言うとおりだ。現状がわからなければ何もできなくて当たり前だった。


「そうだね、その通りだ。」


キラがそう言ってもこっちを向いてはくれないのがゼオンらしい。

それからゼオンは先ほどまで見ていた魔術書数冊をオズに突き出して言った。


「……話は済んだみたいだな。とりあえず、この本借りてく。」


「はいはい、ルイーネ頼むで。」


仕事やれよ。キラの心の声も虚しく、小さなルイーネがてきぱきと仕事をこなしていった。

貸し出しの手続きを済ませるとゼオンは本を持って出口へ歩き出した。

キラは訊いた。


「帰るの?」


「ロイドの奴機嫌悪そうだったし。」


「そういや何でロイドが来てたの?」


「さっきの魔術書のこと、ロイドに教えてもらった。」


するとティーナとルルカも立ち上がった。


「ゼオンが帰るならあたしも帰るー。」


「じゃあ私も失礼するわ。」


そう言ってゼオン達は図書館を出て行った。残されたのはキラ、オズ、セイラと小悪魔達だ。

キラはふと不思議に思って呟いた。


「ゼオン、何で急に魔法の勉強なんて……」


「多分いざ反乱軍が大きな動きをした時に備えてでしょう。あの人なりに力になろうとはしていると思いますよ。」


そう言われて少し反応に困った。もしかしてゼオンに気を遣わせてしまっていただろうか。そう考えるとゼオンに申し訳なく感じた。

考えてみると、キラはいつでもゼオンに助けてもらってばかりのように思えた。

それじゃあいけないな――そう思った時、セイラがキラに言った。


「ところで本気でサラさんを止める気なら、一度10年前の事件のこときちんと考えた方がいいと思いますよ。

 あなたの両親を殺した犯人が本当に国王かどうか、それだけでも説得の仕方も復讐の意味の有無も変わるでしょうし。」


そう言われてキラはギョッとした。その通りだ。犯人が国王かどうか、キラはそれさえ確信が持てないでいるのだ。

それでは何もできなくて当然だった。辛い記憶だが、向き合わなければならないのは確かだ。キラにまずできることはそれかもしれない。

そう思った時、キラはオズの表情が妙に沈んでいることに気づいた。なぜだろうと思った時、セイラが急に立ち上がった。


「犯人……あなたがわからないはずないと思いますよ。犯人の目の前であなたは事件を見ていたんですから。

 じゃあ、私も失礼します。」


「来たばっかだよ、もう帰るの?」


「はい。」


「え、じゃあ何しに来たの?」


セイラはきょとんとして言った。


「何って……アイスのお礼です。」


「それだけ!?」


「……? はい、人に何か貰ったらお礼を言うものだと、昔教わったので。」


意外と律儀だ。セイラにお礼を言う精神があったのかとキラは驚いた。そう思っている間に、セイラも図書館を出て行ってしまった。

人数が減って、図書館の中は静まりかえった。しかし、これは普段なら起こらない事である。

残った面子はキラ、オズ、小悪魔達。普段からよく喋るメンバーだからだ。

セイラを見送った後、シャドウとレティタがやってきてキラの袖を引っ張った。


「どうしたの?」


「なんか、オズが呼んでるわ。」


「なんか用だってよー。」


そう言われてキラはオズの所に戻ってきた。どこか濁った瞳が下を向いていた。

オズはキラを見た後、小悪魔達に言った。


「ちょいと、席外してもらえるか。キラに訊きたいことがあるんや。」


ルイーネ、シャドウ、レティタは言われたとおり文句も言わずに隣の部屋へと行った。

それを見送った後、いつになく真剣な目でオズはキラを見た。

今日のオズはいつもと違う。怖くて、そしてどこか哀しそうだった。

オズが哀しげな表情を表に出すのは初めてかもしれない。


「ちょいと訊きたいことがあるんやけど、ええか?」


「いいけど……。」


「……お前、十年前の事件の記憶、もう思い出したんやな?」


「……うん。」


「そのことについて、訊きたいんや。」


十年前の事件。オズの暗い顔の原因はそれらしい。だが何故オズが悲しむのだろうか。

わからないまま、ただ紅い瞳が光を映さずこちらを向いていた。

何か、一斉一大の願い事でもするような、そんな目つきだった。


「リディ……いや、あの時はルシア・グリンダか……とにかくその名前の女が、誰だかわかるか?

 桃色の髪で、蒼い目で、いつも白いひらひらした服で……」


キラは考えたが、そんな人は知らなかった。名前も容姿も心当たりがない。

だが絶対知っているとでも言うように、オズは脅すようにキラを見ていた。

そんな目をされても困る。オズの期待に応えられるだけのことをキラは知らないから。


「知らないよ? そんな人……」


その途端、オズの瞳が濁り下を向いて深くため息をついた。深海に沈んだように、風の音一つしない時間が続いた。

オズは倒れるように椅子の背もたれによりかかった。俯いていて顔は見えなかったが、落胆と絶望……その二つだけは確かに感じた。


「本当にか?」


「う、うん。」


それしか言えなかった。キラには何もわからない。

その時、急に不穏な気配を感じた。カタカタという音がした。部屋じゅうの灯りが点滅しはじめた。


「お前が最後の手がかりやった。あの城から唯一生き残って帰ってきて、十年間ババアの封印で守られてきた……お前ならわかるかもしれへんって思った。

 十年前の『もう一つの出来事』、お前なら気づくかもって期待しとった。

 けど、結局空振りみたいやな……。」


こんなオズは初めてだった。声は低く抑揚が無く、顔は黒く影になり、人形のように指一本動かさない。

何か声をかけなきゃ……そう思った時。ビキビキビキという音が耳を襲った。

それは窓ガラスの割れる音だった図書館中の窓ガラスに一斉にヒビが入っていく。

天井のランプが破裂し辺りは闇に覆われ、棚の紅茶の缶が燃えて溶け始める。

目の前にいるオズがオズだと思えなかった。死神のような何か恐ろしいものが背後にいるような気さえした。

震えて手も足も動かない。しかし放ってはおけない状況だった。

沈んだ声が言う。


「悪い、帰ってくれるか。少し一人にしてくれへん?」


「でも……」


その時、紅い目が斬るようにこちらを見た。


「出てけ!!」


ガラスが一斉に砕けて飛び散りだし、本が矢の如く飛び出していく。

明らかな拒絶、キラの手足からガラスの破片で血が流れ出す。

紅の目が、暗闇の中で異様な光を放っていた。

オズじゃない。殺される……そうとさえ思い、キラは思わず図書館から逃げ出した。

泣きそうになりながら必死で走った。十年前、本当は何があったのだろうか。

走りながら答えを求めたが、キラはその答えに届かなかった。



◇ ◇ ◇



「オズさんっ!」


ルイーネの声と共にオズは突然ホロに横っ面を殴られて我に帰った。

気がつくと、図書館中にガラスの破片が散らばり、紅茶の缶が溶けた跡があり、本が絨毯のように床に広がっていた。

シャドウとレティタが部屋を掃除していた。


「もう、やっと止まったわね。」


「ったく、掃除してやってんだから感謝しろよー。」


何があったのかは理解した。オズはゆっくりと辺りを見回した。

キラがいない。帰ったのだろう。怖がらせてしまったなと、オズはまたため息をついた。

するとルイーネがやってきた。いつもより険しい顔をして言った。


「力……暴発しましたね?」


「そうみたいやな。」


「……数十年ぶりですね、暴発なんて。何があったんですか?」


オズは床に向かって呟いた。


「何でもない……あれは俺が悪かった。

 わかるわけないことをキラに訊いて、わからなくて、勝手に落ち込んだ……それだけや。」


何のことか察したようにルイーネはため息をついて、ホロに何かをオズに渡させた。

それは吸血鬼用の薬だった。


「それ飲んで、今日はさっさと寝て落ち着いてください。今のこと、上にはうまく言っておきますから。」


オズは何も言わずに大人しく薬を飲んだ。あまりにも文句を言わなかったせいかルイーネだけでなく、レティタやシャドウまで余計に心配そうな顔をした。

それからオズは立ち上がって自分の部屋に行こうとしたが、ふと足を止めて近くに落ちていたローズヒップティーの缶を拾った。

レティタとシャドウが寄ってきて言った。


「片付けしとくから、早く寝た方がいいわよ。」


「そうだよー、オズが元気ねえとつまんねえよー。」


二人の声は耳に入っていなかった。つい先ほどまで甘酸っぱい香りを纏わせていたはずの缶は、今は黒く溶けて香りもくすんでいた。

オズは缶を見つめて光の無い目で呟いた。


「逃がしてたまるか、リディ……!」


懐かしい宿敵の顔が目に浮かんだ。



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