第7章:ゼロ地点交響曲:第1話
この章はある程度の残酷な表現が入る予定です。そういった表現が唐突に入る箇所もあると思いますので苦手な方はご注意ください。
キラは地図を見ていた。
夏休みも終わり、少し涼しくなり始めた9月の放課後のことだった。生徒達が帰っていく中、キラは帰りの支度もせずに机いっぱいにウィゼート国の地図を広げていた。
キラの向かい側ではリーゼが不思議そうな顔してキラを見ている。
キラは眉間にシワ寄せて覗き込んでいたが、なんせ地図なんて難しそうなものは普段見ないので、目的の場所がどこだかわからなかった。
「キラ、地図なんて見てどうしたの?」
リーゼがそう言うので言ってみた。
「ねえ、スカーレスタってどこにあるの?」
「スカーレスタ? ここだよ。」
リーゼはウィゼート東側の街の印を指差した。キラはその場所をじっと見つめる。
クローディアはスカーレスタの近くのブランという街が反乱軍の拠点だと言っていた。
キラはスカーレスタの近くにブランの文字が無いか探したが、見つからなかった。
「ない、ブランってどこだろ……。」
「ブラン? 多分この辺だと思うけど。」
だがリーゼの指差した場所に街の印は無かった。緑一色、森しか無い場所だ。
するとリーゼが言った。
「50年前のウィゼート内戦で街自体が崩壊しちゃったから地図には載ってないんだよ。」
「へー……。」
そういえばブランは廃墟の街だと言っていた。
キラはブランの場所を見つめながら考える。キラはブランに行ってサラに会いたかった。会ってサラを止めたい。
反乱なんて止めて、復讐なんて意味が無い――と。
だがまずどうやって行けばいいのだろうか。誰かに訊いてみようかなと、そう思った時、キラ達の所にペルシアがやってきた。
「キラ、ちょっとこの手紙をゼオンに届けてくださらない?」
キラは手渡された封筒を受け取り、教室内を見回した――が、ゼオンはいなかった。
するとペルシアがため息をついた。
「馬鹿、教室内に居たら自分で渡しますわよ。居ないから頼んでますの。
お祖父様から重要な手紙だとか言われましたから絶対に渡しておきますのよ。わかりまして?」
「わかったけど、何で村長さんからゼオンに手紙が来るの?」
「さあ?」
そう言われても困る。だが、とりあえず渡してみるしかないだろう。
「じゃあちょっと探してくるよ。」
そう言って立ち上がったがあてはなかった。教室を出ようとした時だった。
誰かにぶつかりそうになって立ち止まる。その相手はショコラ・ブラックだった。
「あ、こんにちは!」
「ああ、あの馬鹿魔女。」
「……キラ・ルピアです。そういえば、夏休みにホワイト先輩と行った旅行の時居ませんでしたけど、どこか行ってたんですか?」
「え、ああ……ちょっと帰省に……。」
やけにたどたどしい口調だった。それからブラックは教室内を見回していた。
「誰かに用ですか?」
「……いや、別に。」
目的の人が居なかったのか、ブラックはそう言ってさっさと教室を出て行こうとした。
そういえばとキラは思いきって尋ねてみた。
「あのー、ゼオン見ませんでしたか?」
「いや、見てない。……けど、どうせあそこじゃないのかい? ほら、図書館。あんた達の溜まり場だろ?」
図書館、という可能性は高いかもしれないと思った。なんだかんだ言いながら、キラ達はいつも図書館に溜まっている。
「じゃあ図書館行ってみます! ありがとうございました!」
そう言ってキラは早速廊下を駆け抜けて昇降口へと向かった。
だが走りながらキラは考えた。どうして急に村長からゼオンに手紙なんて来たのだろう。キラは村長とゼオンの接点が全く思い浮かばなかった。
疑問符を消せないまま走っていた時、ふと手紙の裏側の差出人の名がちらっと見えた。
「え……?」
キラは思わず立ち止まってその名をまじまじと見た。
そして再び走り出した時、先ほどよりずっと速く走っていた。ゼオンに早く届けようと。
差出人の欄にはディオン・G・クロードと書いてあった。
◇ ◇ ◇
「ゼオンいるー?」
力いっぱい叫びながらキラは図書館に乗り込んだが、どうやらそう言う必要は無かったようだった。
入ってすぐに分厚い本を真剣な眼差しで眺めるゼオンの姿が目に入った。
その周りにはティーナとルルカと小悪魔達が居る。少し離れたところで様子を見守っているオズが今日は妙に静かに見えた。そしてなぜかロイドの姿もあった。
キラの声なんて聞いちゃいない。ゼオンは何かに集中しているようだが、何があったのだろうか。
「ロイド、この魔法でいいんだよな?」
「いいはずだけど。」
ぶっきらぼうにロイドは言った。今日は機嫌が悪いようだった。
それからゼオンは急に杖を手にして呪文を唱えた。
「聖なる力を宿す古き言葉よ……我に知恵と力を与えたまえ……グリモワール!」
眩い光が現れ、魔法陣が浮かび上がる。そしてゼオンの手に光が集まると、手の甲に小さな魔法陣が刻まれた。
手の魔法陣はゼオンの周りの光が消え去ってもまだ明るく輝いていた。
ゼオンはキラなんて見向きもせずにロイドに訊いた。
「これでいいんだな?」
「いいんじゃない? タイムリミットは手の魔法陣の光が消えるまでだよ。」
一体何が始まるというのだろう。みんな真剣な面持ちで様子を見ているがキラには現在状況がさっぱりわからない。
その時、突然キラの背後でガラスが砕け散る音がした。
振り向いてみると窓ガラスが割れている。ゼオンの目が割れた窓ガラスの方を向いているのが見えた。
まさか今のをゼオンがやったのだろうか。呪文詠唱を全くしていないのに。
「さすがに上手いな。」
オズが笑いながらゼオンに言う。
ゼオンは次は本棚の方を見た。その途端次々と本が飛び出して空中を飛び交い始めた。
明らかに魔法の効果だが、また詠唱無しで発動している。まるで時計台でスピテルと戦った時を見ているようだった。
と、そう思った時、キラはようやくゼオンがどうして詠唱無しで魔法を使えるのかわかった。
「もしかして、さっきの呪文って詠唱無しで魔法が使えるようになる魔法なの?」
「馬鹿か、それ以外に何があるんだ。」
馬鹿呼ばわりされてしまった。ぷぅと膨れたがゼオンはこちらを見る様子すらない。
キラは目を輝かせて宙を飛び交う本を眺めた。こんなことができるなんてさすがゼオンだ。
シャドウとレティタも興味深そうにその様子を見ていた。
「すげー、何もしてねえのに本が飛んでる!」
「すごいのはわかるけど、少しは静かにしなさいよ。」
「すげー……いてっ!」
本の一つがシャドウに当たった。シャドウはそのまま吹っ飛ばされる。
そして勢いよくロイドの頭にぶち当たった。
「シャドウ大丈夫!? この馬鹿がぶつかっちゃってごめんなさい!」
レティタが急いでシャドウに駆け寄り、ロイドに謝った。
ロイドは少し苛々したような顔をしていた。
「あんたシャドウっていうんだ。今度から気をつけてよ。」
するとなぜかシャドウは少しムッとした顔をしてそのままロイドに背を向けてどこかに行ってしまった。
「あ、こら、シャドウ!」
レティタが急いで後を追った。キラは首を傾げた。普段シャドウはあんな顔はしないはずなのだが。
ロイドもなぜそんな顔をされたかはわからないようで不思議そうにシャドウの後ろ姿を見ていた。
それからロイドはゼオンに言った。
「ゼオン、まだ帰らねえの?」
「もう少しかかる。待ちくたびれたなら先に帰ってろ。」
「そう? じゃあ先に帰るよ。」
そう言ってなぜか一度オズを睨みつけた後、ロイドはしかめっ面で図書館を出て行った。
それからゼオンは呟いた。
「詠唱無しで魔法が使えるなら……一度に二つ以上の魔法を同時に発動させることってできるかな……。」
するとオズが言った。
「さあどうやろ。人に口は一つしか無いから詠唱が必要な場合やと一度に発動できる魔法は一つやけど、詠唱が必要無いならそんなの関係ないっちゅう物理的な意味ではできるんやろな。
けど二つ以上の魔法を同時に使うヒトなんて見たことあらへんで?」
「なるほどな……。」
そう言うとゼオンは杖を置き、両手を上げて手のひらを上に向ける。
そしてゼオンが目をつぶった途端、右手と左手……二つの魔法陣が浮かび上がり輝き始めた。
ティーナとルルカが息を呑んでその様子を見守る。キラも目を見開いてその様子を見ていた。
まさかやるというのだろうか。だが目の前には確かに二つの魔法陣が同時に浮かび上がっている。
そして右手からは紅の炎、左手からは蒼の雷が放たれた。
誰もが言葉を失った。考えたこともないような不可能事をゼオンはあっさりやってのけてしまったのだ。
「じゃあ、二つ以上発動可能みたいだな。もっと数増やせるかな……」
軽くそう言って魔術書を覗き込むゼオンの後ろでキラはぽかんと口を開けていた。
これはきっと、一生かかってもキラにはできない芸当だろう。キラは何度も今の光景を頭に思い浮かべた。
キラにはゼオンがとても輝かしく、手の届かない存在に思えた。
「すごいっ、すごいね!」
キラがそう言うとゼオンがキラを見た。だがすぐまた後ろを向いてしまった。
「うるさい黙れ、馬鹿女。」
キラはぶぅとふくれる。全く、ゼオンは可愛くない反応しかしない。
「で、何の用で来たんだよ?」
そう言われてようやくキラは手紙のことを思い出した。
「これ、ゼオンに渡すようにって。ディオンさんから手紙みたいだよ。」
「兄貴から?」
ゼオンは封筒を受け取り、封を開けて手紙を取り出した。
しばらくゼオンは手紙を黙って読んでいたが、あるところで急に視線が止まった。
「……嘘だろ。」
「どうかしたの?」
ゼオンは手紙の文面をキラに見せて言った。それはあまりにも唐突だった。
「兄貴の奴、明日来るらしい。」