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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第6章:怪盗幻想シュヴクス・ルージュ
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第6章・第29話

汽車が出る時間が迫っていた。お土産ではちきれそうな重たい鞄を持ってプラットホームへと向かった。

結局帰るのはあれから十日後になった。本当は一週間くらいで帰る予定だったのだが、ルルカの怪我のことがあって少し遅くなった。

キラは急いで既に汽車の目の前に居るゼオン達の所へ向かう。

ホームにはクローディアとノアだけでなく、ジャスミンとソレイユも見送りに来ていた。


「じゃあ、みんな気をつけてね。私に何かできることがあればいつでも言ってちょうだい。」


クローディアは優しくそう言った。ジャスミン達も言う。


「また機会があったら遊びに来てよ。ボクの家に招待するから。」


「スピテルとの戦いの時はありがとうございました。機会があればお礼をさせてください。」


「二度と来んなバーカ!」


全員が呆れ顔になってソレイユを見た。ジャスミンがため息をつくのが聞こえる。

ノアが無言でソレイユの上着を掴むと地面に叩きつけて顔を踏んで黙らせた。


「すみません、ハエがいたようです。」


「ハエが居るなんて不潔だわ。」


「ハエかぁー。」


「ハエが居るとこにゼオンを居させらんないよ! 汽車乗ろー!」


「ハエじゃぬぅえええええ!」


ソレイユの叫びはハエの羽音ということにされてしまった。ジャスミンがソレイユを指差して怒った。


「おまえが失礼なこと言うからだよ! おまえを連れてきたボクが間違いだったよ、もう。」


「え、う、う……うるせえ……。」


蚊が鳴くように弱々しい「うるせえ」だった。それきりソレイユはうなだれてしまった。

ジャスミンは俯きっぱなしのソレイユを押しのけて言った。


「みんなごめんね。じゃあ、元気でね。」


「うん、色々ありがとうね。じゃあね!」


ジャスミン達が見送る中、キラ達は汽車に乗っていく。が、何か考え事でもしているのか、ゼオンだけが動かなかった。


「どうしたの? 汽車乗るよ?」


「……そうだな。」


どこか浮かない様子だった。その時、クローディアの声がした。


「いってらっしゃい。」


優しく微笑んでいるのが見えた。ゼオンは一度振り返り、小さく頷いて汽車に乗った。続いてキラも汽車に乗り込んだ。


「ちくしょー!怪盗捕まえるのは俺様なんだからなー! 怪盗の正体わかったくらいでいい気になんなよ! じゃあなー!」


機嫌が悪そうだった理由はそれだったようだ。扉が閉まり、汽車が走り出していく中、ずっとソレイユの声がしていた。

また来れたらいいな。今度はセイラも連れて。キラは遠くなってゆくクローディア達に微笑んで、席へと向かった。

ティーナ達はもう席に座っていた。ティーナとルルカが座っているボックス席は二つ開いていて、オズとホワイトは通路を挟んだ反対側の席に座っていた。ティーナ側の席がキラ達用の椅子だろう。窓側にキラが、通路側にゼオンが座った。

するとルルカがキラのはちきれそうな鞄を指差して訊いてきた。


「あなた、何をそんなに買ったの?」


「これ? バニラアイス。セイラにおみやげ。

 お店の人がね、溶けても濡れない魔法の氷ーっての入れてくれたから溶けないよ!」


「……ドライアイスね。」


今度はセイラも一緒に行きたいなと思った。旅行はみんなで行った方が楽しいから。

四人が席に揃ったところで、ティーナが身を乗り出して尋ねた。


「そういえば、結局反乱軍の拠点ってどこだったの?」


「あれ、言ってなかったっけ? ブランってとこだよ。スカーレスタって街の近くなんだって。」


「ふーん。」


するとゼオンがこちらを見た。

「ブラン……?」


「うん、そうだよ。」


「その名前どこかで聞いたな……そうだ、たしかオズだ、オズが言ってたんだ。」


キラは通路を挟んで向かい側の席に座るオズの横顔を見た。珍しく何か考えこんでいるのか、真顔で窓の外を見つめていて、顔色もあまりよくなかった。


「どうかしたの?」


ルルカにそう言われてキラは視線をルルカ達の方に戻した。


「そういうば、ルルカは怪我大丈夫なの?」


「もう治ったわよ。あなたなんかに心配されるほどヤワじゃないわ。」


するとティーナが口を挟む。


「もールルカったら、三人がかりで行ってそんな怪我するなんて、腕落ちたんじゃない?」


「人捜ししてただけの人にそんなこと言われたくないわ。」


キラはムッとしてルルカに加勢した。


「魔法バンバン使ってきて大変だったんだから! 氷の剣まで出してきたし!」


「魔法バンバンって、詠唱止めればよかったじゃん。」


ルルカがため息をついた。キラもわかってないなあと思った。

スピテルは強かった。多少怪我をしても仕方がない。ルルカが機嫌悪そうに言う。


「一時的に詠唱無しで魔法が使えるようになる魔法を相手が使ってきてたのよ。それに……」


「……詠唱無し?」


突然ゼオンが口を挟んできた。炎のような鮮やかな瞳がまっすぐこちらを見ている。


「そんな魔法を相手は使ってきたのか?」


「ええ、そうだけど。」


ゼオンは珍しく興味を持ったようだった。


「……それ、いいな。」


そう言ってまた窓の方を向いてしまった。

汽車は音をたて、あっと言う間にヴィオレの街から離れていく。そして、ウィゼート――ロアルの村へと戻るため、汽車は勢いよく走っていった。



◇ ◇ ◇



カツカツと靴が床を叩く音は速くなる一方だった。石造りの重苦しい聖堂の中は小さな音もよく響く。

後ろには獣人の青年。サラに付き添うように後ろをついて来きていた。

乳白色の柱に美しいステンドグラス。昼間でも暗いこの場所を色ガラスを通して入ってきた光が淡く照らしていた。

ブラン聖堂。初めにこの場所を拠点として貸してもらった時は驚いた。廃墟の中、この聖堂だけが傷一つ無く立っているのを見た時はどこか不気味にさえ感じた。

だが今となっては居心地のいい場所だった。扉を開くとその先には礼拝堂がある。

そしてそこには、何百人もの反乱軍の同志達がいた。サラは礼拝堂の奥の十字架の前に立ち、叫ぶように言う。


「みんな! 東の農村を落としました! これで食料の確保は問題ありません。

 あとは武器。スカーレスタ……そこさえ落とせば、武器も戦力も確保できる。

 スカーレスタを落としたら、首都の奴らは黙っちゃいないよ。そしたら、一気に首都に攻め込みます!」


おお! と力強い声が応える。目の前に居るのは国に恨みを持つ者ばかりだった。

そしてサラも国に、王に、恨みを持つ一人だ。サバト・F・エスペレン――あの憎い青年の顔が呪いのように脳裏に浮かぶ。


「必ず……あの王を殺してみせます! 作戦も最終段階だから、気を抜かないでかかってください!」


再び力強い叫びが返ってくる。

大国ウィゼートの力は並大抵のものではない。いくら反乱軍の戦力をかき集めても、あちらの方が確実に戦力は上ということは間違い無いだろう。

でも今考えている作戦が成功すれば、確実に国王を殺せるのだ。血に染まる玉座を思い浮かべ、思わず頬が緩んだ。

するとサラの後ろの青年が言った。


「サラ。最終段階となると、そろそろお前の妹が持っている杖が必要になるんじゃないのか?」


「そうだね、あれは絶対必要かなあ。」


「誰に奪いに行かせる? 下手な奴には行かせられないだろ。まず村に入るだけでも難しいだろうし。」


確かにその通りだった。あの村は非常に閉鎖的で基本的に外部からの来客を嫌う。

誰かが村に入ってきただけでも村側は警戒するだろうし、サラも既に警戒対象に入っているだろう。

村に入るだけで警戒されていては杖を奪うどころではないだろう。さて誰を向かわせようか。

その時、この場所には似合わないくらいの可愛らしい声がした。


「じゃあ、その役目はこっちでやっておこうか?」


そこには、黒髪に蒼い目の、女の子と間違えそうなくらい可愛らしい少年がした。

中性的な顔立ちである上に帽子にリボンなんかついているから余計に女の子のように見える。

年は十歳前後。愛らしい容姿はいつ見ても反乱軍という集団には合っていない。

少年にサラは訊いた。


「キミにできるの? キミみたいな子供でも村に入ればマークされるよ?」


「大丈夫。やるのはボクじゃなくてボクの知り合いだから。元から村に居る奴だから警戒だってされないよ。」


確かに、元から村に住んでいる人なら警戒されない。外から村に入って奪うよりも良い手かもしれない。


「わかった。じゃあ、お願いするよ。イオ。」


「……了解。」


イオと呼ばれた少年は笑った。無邪気な子供のはずなのに、どこか背筋が凍るような恐ろしさを秘めた笑顔だった。



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