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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第6章:怪盗幻想シュヴクス・ルージュ
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第6章・第28話

ゼオンが部屋に入ると同時にオズは瓶らしきものが入った袋を持って部屋を出ていった。

前にクローディアの部屋に入った時とは何か違う感じがすることに気がついた。


「姉貴、怪我でもしたりしたか?」


「いいえ、してないけど。」


クローディアはそう言ったが確かに血の匂いがした。

クローディアの言ったことが嘘でないとしたら、ディオンの一件の後からゼオンが立てていたある予想が大方当たっているように思えた。唐突にゼオンは尋ねた。


「なあ、オズって吸血鬼なのか?」


それを聞いたクローディアはぽかんと口を開けてしばらく動かなかった。どうやら当たりらしい。


「じゃあさっきオズが持ってた袋の中身は血が入った瓶とかか?」


さらにクローディアはぽかんとする。また当たりのようだ。クローディアはため息をついてゼオンに言った。


「全く、一応黙っているつもりだったのに。よくわかったわね。」


「バレバレだろ。あいつ媒体無しで指鳴らすだけで魔法が使える時点で前から変だとは思ってたんだ。

 後から吸血鬼は媒体無しで魔法使えるってわかったから、多分オズは吸血鬼だろうなって思ってたんだよ。

 それでここに来たら血の匂いがしたから確信したんだ。」


「相変わらず鋭いわね。」


「いいや、そんなことねえよ。わからないこともいくらでもある。」


「あら、じゃあ例えば? ゼオンになら私が答えられる範囲でなら教えちゃうわよ。」


「例えば、か。どうしてオズが血を貰った時にルイーネが一緒に居なかったのか……とかだな。」


クローディアの表情が少し険しくなった。


「悪いけどゼオンでもその答えは話せないわ。ごめんなさいね。

 ただのオズの私情ってだけなら私が喋ったところでオズに怒られるだけだけど、ルイーネちゃんのこととなるとただの私情じゃ済まないのよ。」


こちらも偶然出た疑問の答えがそうすぐに教えてもらえるとは期待していなかったが、「ただの私情では済まない」という部分は少し気になった。

それから話を逸らすようにクローディアは言う。


「そうだ、ゼオンに渡すものがあるの!」


クローディアは机の上に置いてあった袋を取り、ゼオンに手渡した。袋は片腕で抱えられるくらいの大きさで、中には分厚い本が沢山詰まっていた。

ゼオンをエリスとスピテルの餌として使ったことへの「お詫び」の品として頼んだ物だ。


「本で……それもそんなに真面目くさった本でよかったの?」

「いい、本は好きだし。」


「言えば何でも買ってあげたのに。」


「これでいいんだよ。」


「ごっつい剣とか鎧とか、あとお菓子とか。」


「……い、いらねえよ。」


そう言って袋の中身を覗いてみると、いくつか本ではないものが入っていることに気づいた。

板チョコ数枚とキャンディ、クッキーの袋などだ。


「なんでだよ……。」


「あら、でもたしか好きでしょう? お菓子。」


ゼオンは黙り込んだ。クローディアが楽しそうに笑うのが気にくわなかった。


「私からの用はこんなところよ。」


クローディアがそう言ったところで、ゼオンは自分もクローディアに用があったことを思い出した。ゼオンはポケットから何か取り出してクローディアに差し出した。

探偵ごっこの時に借りたクロード家の紋章だ。


「そうだ。これ、返しとく。」


だがクローディアは受け取らなかった。しばらく何か考えてから言った。


「いいわ、返さなくて。持ってなさいよ。」


「どうしてだ? 姉貴のだろ。それにあんなクソ貴族の紋章なんて持ってたくねえんだけど。」


クローディアは窓の外、そして机の上にあった書類を手に取って眺めながら言った。


「反乱を止める気なんでしょう? そうなると、ディオン達……国に協力を求める可能性があるんじゃない? そうなると首都の城に行く機会があるかもしれないわ。」


首都の城――その言葉にゼオンは一瞬黙り込んだ。本音を言うと、ゼオンがこの世で一番行きたくない場所だった。


「まあ勿論行かない可能性もあるかもしれないけど、もし行くならその紋章は役に立つはずよ。クロード家の奴は紋章があれば入城自由だもの。」


城――クロード家――嫌な単語の連続だった。城にはクロード家の連中がいるのだ。ゼオンが城になど入ったらどういう騒ぎになるだろう。反乱を止めるどころか、兵士に取り囲まれるなんてことが起こりかねなかった。

ディオンとは和解できたが、和解できたのはディオンだけだ。他の連中は和解などできない……冷たい偏見と泥のような欲しか持っていない人達だから。

するとクローディアが指を指して言う。


「こらこら、いつまでもそんな顔してちゃダメよ! キラちゃんのためでしょ、男ならか弱い女の子のために力になってあげなきゃ!」


「あいつか弱くねえんだけど。というか、別にあいつのためじゃ……。」


「じゃあ誰のため?」


「……。」


ゼオンはついそっぽを向いた。それを見てクローディアは暖かく微笑んだ。

だが、それからクローディアは何か思い出したようにため息をついた。

どこか複雑そうにクロード家の紋章を見つめる。それから窓の外を眺めながら言った。


「でも……クロード家のことは、私もゼオンのことは言えないのよね。

 今でもあいつらのことを赦す気にはなれない。勝手に死人扱いされて……他国に追いやられて……シャロンとは二度と名乗れなくなって。

 恨まなかった日なんてないわ。ゼオンだってそうよね。よくわかるわよ。

 でもね、もう少し待ってくれない? ディオンにちょっとは期待してあげて。」


「兄貴に?」


クローディア――いや、シャロン・M・クロードは静かに頷いた。何かに期待するかのように微笑みながら。


「今ね、ディオンがクロード家のクズ共を説得してるの。私がウィゼートに戻って、またシャロンとして暮らせるようにね。

 ゼオンが起こした事件の再調査も、司法局に頼んでみたって言ってたわ。バカよね、当主の仕事だって楽じゃないってのに。

 でもね、今私達の状況を変える力を持っているのはディオンだけだから、ちょっとだけ期待してあげて。あいつバカだけど、頑張ってるから。」


そして、クローディアはカップに紅茶を注ぐ。昔は砂糖とミルクたっぷりだったくせに、今はダージリンの紅茶を何も入れずに飲んでいた。


「ディオンもね、楽じゃなかったのよ。あいつが当主にさせられた時、あいつまだ14でね……子供には何もできないだろって言って叔父様と叔母様がでしゃばってきたのよ。

 あいつはずっとお飾りの当主様って言われてきた。だからあいつはずっと努力してきたのよ。当主に相応しい教養も実力も文句無いくらい身につけて、叔父と叔母をはねのけたのよ。

 クロード家の当主は俺だ、お前らじゃない……ってね。そして、晴れて本当の当主様になったの。」


ディオンの顔を思い出す。ゼオンを見た時の怒りに満ちた顔、そして全てが終わった後の優しい顔。

七年前の事件を経て変わったのはゼオンの運命だけではなかった。ディオン、シャロンも辛い運命に耐え、そして乗り越えてきた。

あの事件で生まれた傷も溝も大きすぎた。クロード家に元からあった冷たい眼も。

けれど、目の前の姉は言った。


「ねえ、ゼオン。時間は動いているのよ。ゆっくりだけどね、確実に。

 だから、もう過去を悲劇と思うのは止めましょ。アルバム見るみたいにね、懐かしく思うだけでいいわ。

 七年前の事件の結果訪れた現状に、そう不満があるわけじゃないでしょう?」


そう言って笑いかけた。もし七年前の事件がなかったら、間違いなくこんな現在は来なかっただろう。

もしあの事件が無かったら、きっとゼオンは今でも冷たい貴族達の中でつまらなそうな顔をして独りぼっちだっただろう。


「……まあ、昔より断然自由ではあるな。」


「素直じゃないわね。でも昔よりはよくなった方かしら。」


「姉貴は昔と変わらず腹黒いな。」


「あら、私から腹黒さ取って何が残るっていうの?」


そう言って笑う姉は昔と何も変わらなかったが、昔よりずっと話しやすかった。きっとあの事件を経なければ、ディオンやシャロンと自然に話すことも無かっただろう。

口には出しづらいが、この現状は、凶ではないと思っていた。

けれど、これは言わなければならないと思った。そっぽを向きながら、ぼそりと呟くように言った。


「……その、ありがとう。」


「え? 何が?」


クローディアは驚いて聞き返す。そう言われると少し困った。


「……わかんね。」


「なぁにそれ、何だか知らないけど、気にしなくていいのよ。」


それから、クローディアはゼオンの目を見て優しく笑って言った。優しい姉の顔だった。


「じゃあ、気をつけてね。またいつか顔出してくれると嬉しいわ。何か私にできることがあったら何でも言ってね。」


心強い言葉だった。ゼオンは仏頂面のまま頷いた。

その時、ふとある考えが浮かんだ。もしかしたらクローディアはあることを知っているのではないだろうか。


「……そうだ。それなら、」


ゼオンは言葉を切った。一つ訊きたいことがあったが少しためらった。

これをクローディアが答えると、ある意味裏切り行為になるのかもしれない。

だがゼオンが最も知りたいことの一つをクローディアが知っているかもしれないのなら、こんなに運がいいことはないだろう。

ゼオンは思い切って尋ねた。


「姉貴、オズの目的ってわかるか?」


クローディアは驚いた様子で少し考えこんでいた。やはりそう簡単に教えてはもらえないだろうか。

そう思った時、クローディアが答えた。


「いいわよ、教えるわ。」


「いいのか?」


「勿論。あいつを一人で突っ走らせるとまずそうな気がするし、誰か知ってる人がいても悪くはなさそうだしね。」


そしてクローディアは話し始めた。


「あいつはね、リディっていう女の子を探しているのよ。」


「女? 意外だな、そういう奴には見えなかった。」


「そうよねー。その子の本名はリオディシア。 桃色の髪で蒼い瞳、白いドレスの女の子よ。かわいいんですって、ふふ。」


ゼオンは耳を疑った。手が止まり、クローディアを凝視した。

今の言葉が信じられなかった。なぜなら、桃色の髪、蒼い瞳、白いドレス――それは、牢獄の中に突然現れ、ゼオンにあの杖を渡した少女と全く同じ容姿だからだ。

勿論髪や瞳の色だけで確信することはできない。だがよくできたパズルのように今の言葉がゼオンの記憶に当てはまっていくように感じた。

ゼオンに杖を渡した少女が、オズが全てを賭けて探している少女本人かもしれない。

それは下手すれば、ゼオンの事情とオズの事情が「リディ」という少女を通して繋がってくるかもしれないということだった。

なぜそんなことになるのか。そんな偶然が起こり得るのか。


「あら、どうしたの? 顔色悪いわ。」


「いいや、平気だ。」


そう言ってゼオンは席を立ち、心配そうなクローディアを無視してすぐに部屋を出てしまった。

嫌な予感が止まらない。次々と仮説を積み上がっていく。本当に偶然なのか。それはリディのことだけではない。

全てがうまく出来過ぎてると最初から思っていた。


世界中で異常気象という時に、ロアルでのみ異常気象が全く起きていないのは本当に偶然か。

そんな特殊な村にあの杖が四本も同時期に集まったのは本当に偶然か。

その村にオズだなんて謎の青年が居たのは本当に偶然か。

杖を狙ってセイラがやってきたのは本当に偶然か。

サラがゼオン達が村に居ることを知っていたのは本当に偶然か。

ゼオンが七年前に事件を起こし、五年前にルルカがクーデターに巻き込まれ、ティーナは三年前にタイムスリップ……全て十年前のキラの両親の死の後なのは本当に偶然か。

そして、オズが捜している少女の容姿がゼオンに杖を渡した少女と同じなのは本当に偶然か。


そんなわけがあるか。それを人は必然というのだ。


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