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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第6章:怪盗幻想シュヴクス・ルージュ
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第6章・第26話

翌日のことだった。気持ちのよい昼下がり、屋敷の一室にキラ、ルルカ、オズ、ルイーネ、ホワイト、クローディアの六人が集められた。

クローディアはまるでパーティの最中のようなテンションで六人に言った。


「はいっ、みんなお疲れ様ー。クイズ正解おめでとうー!」


キラ達もゼオン達もあの後美術館を脱出し、無事屋敷へと戻ることができた。

スピテルとエリスはとりあえずは屋敷の部屋に泊まることになったようだ。

ルルカの怪我は屋敷専属の医者に魔法で治してもらったのでひとまずもう問題は無いらしい。

そんなわけで後は約束のサラの情報を教えてもらわなくては、という理由で部屋に集められたのだ。――なぜか数人居なかったが。

勝手に正解したことになっているが、結局怪盗は誰だったのだろう。キラはまだ怪盗の正体を知らなかった。



「お姉さん、結局怪盗って誰だったの?」


「ああ、答えはジャスミンちゃんよ。」


ジャスミンだとすると、キラでも思い浮かぶ矛盾点がある。


「先月の犯行時間はジャスミンちゃん誘拐されてたんじゃないの?」


するとクローディアはよくぞ聞いてくれましたとばかりに説明を始めた。


「いい、よーく聞きなさい。まず怪盗の犯行時間の12時前に、ジャスミンちゃんはお屋敷を出発しました。んでお宝かっさらいに行きます。」


「お屋敷の結界の警報は?」


「あの結界、外から中に入る時は鳴るけど、中から外に出る時は警報鳴らないのよ。

 裏口の鍵は、ジャスミンちゃんの魔物に戻させておいたわけ。

 そんでお宝かっさらいに行った時に、スピテル君達があの子を誘拐しちゃったのよ。ちなみにこれは12時前。

 お宝かっさらいに行ったはずの怪盗が何も盗らずにいったらおかしいと思われるから、スピテル君達はお宝も盗って逃走しました。

 けどその時ノアちゃんとソレイユ君はジャスミンちゃんが誘拐されたのに気づいてたの。

 そこでソレイユ君がすぐさまジャスミンちゃんちに行って、裏口の結界に石を投げてわざと警報を鳴らせたの。

 そしたらお屋敷の人たちがジャスミンちゃんが居ないことに気づいたのね。こうすればジャスミンちゃんが実は怪盗だったってことはバレずに誘拐されたことだけ知らせられるのよ。

 それで後はノア君とソレイユ君でジャスミンちゃんを取り返しまし、私やお屋敷の人が保護しましたーってことよ。」


「ちょっと待ったー。じゃあノア君はともかく、あの探偵少年は怪盗がジャスミンちゃんって知ってたの?」


「そういうこと。」


「何それ、探偵のくせに。」


するとクローディアは楽しそうにクスクス笑う。


「ソレイユ君は、怪盗は捕まえたいけどジャスミンちゃんが家の人に怒られて悲しむのは嫌なのよ。

 そういうところ、子供は馬鹿でかわいいわ。」


なら探偵をやる意味が無いのではないか。そう思ったが、それは追及したところで意味は無さそうだった。

ジャスミンが怪盗というのはキラにとって意外な答えだった。「お嬢様が実は怪盗だったなんて凄い」とキラは感心した。そう思った時、クローディアが言う。


「そういえば、ちゃんと約束通りサラ・ルピアの情報教えなきゃね。」


思い出したキラの表情が険しくなる。サラの復讐を止める。その為の大切な情報だ。

クローディアの表情もどこか先ほどより暗かった。そして話し始める。


「サラ・ルピアが私の所に来たのは二カ月前のことだったわ。

 スカーレスタって街に、昔私が貰った別荘があるんだけど、そこを貸してほしいって言ったのよ。」


別荘は貰うものだったのか。本題とは違う箇所で驚くキラをよそにクローディアは話を続ける。


「サラ・ルピアはその別荘を反乱派の拠点にしたかったみたい。

 スカーレスタは軍の基地もあるし、武器もたくさんあるからそこを落としたかったのね。

 その為に私に協力しろって言うの。勿論断ったけど。私、クロード家は恨んでいるけど、王家に恨みは無いし。

 サラ・ルピアはひとまず諦めたみたいだったけど、ちょっと気になったから色々調べてみたのよ。

 そしたらね、最近反乱派は別の拠点を見つけたらしいってわかったの。」


その話を聞いているうちに、ようやくキラは自分が止めようとしているものの大きさを感じてきた。

不安を抱えたまま尋ねる。


「その拠点って?」


「ブランって街よ。今は廃墟だけど。」


その時ルイーネの表情が変わった。


「今、ブランって言いました?」


「え? そうだけど。」


ルイーネはオズを見た。オズは何も知らないような顔をしていた。

クローディアは話を続けた。


「ブランってのは、スカーレスタのすぐ近くにあるんだけど、50年前の内戦で滅んで廃墟になった街なのよ。

 そこに大きな聖堂があるんだけど、そこを拠点にしているみたい。」


廃墟の街ブラン。そこに行けばサラを説得できるかもしれない。

意気込む反面、キラの心は恐怖で満ちていた。自分が挑もうとしているもの大きさをキラはまだ理解しきれていなかった。

わからないからこそ、これから挑まなければならない「反乱」という強大なものに対する恐れが膨れ上がっていくのだった。

続けてクローディアは言う。


「反乱軍が次に狙ってくるのは間違いなくスカーレスタよ。

 あそこが落ちたら厄介だわ。ディオンの方にもそのことは知らせておいたから、もしかしたらキラちゃん達にも近々連絡があるかもしれないわね。」


反乱軍。遂に軍という字がついた。キラの肩が震えた。想像がつかない「軍」という集団を止めることが果たしてキラにできるのだろうか。

今回のエリスとスピテルのように二人ではなくもっと多くの――何百人もの人を止めなければ、きっとサラも止まらないのだろう。

不安と恐怖がキラを襲った。だがそこでめげるわけにはいかないこともわかっていた。キラは恐怖をこらえてクローディアに言った。


「ありがとうございました。あたしが絶対にお姉ちゃんを止めます!」


「うん、応援してるわ。もし協力できることがあったらいつでも言ってね。」


そう言ってクローディアは笑ってくれた。とても頼もしく感じた。復讐なんて絶対にさせない。杖を見つめ、キラは誓った。

その時、急にホワイトが言った。


「そういえば、ティーナちゃんとゼオン君居ないわねー?」


ショコラ・ホワイトが昨晩何をしていたのかキラは知らなかった。

ホワイトはまるで今までの話が全く聞こえていなかったかのように、ほわほわとした調子でティーナとゼオンを捜していた。

たしかにキラも二人が居ないことは少し気になった。するとルルカが言う。


「ティーナはさっき出かけていったわよ。ゼオンの居場所はわからないわ。」


二人がどこに何をしに行ったのかは結局わからなかったが、キラはそのうち帰ってくるだろうと気楽に考えることにした。

ゼオンとティーナが帰ってきたら、今の話を二人にもしよう。「あたし、がんばるから」って何回も言おう。

そしてキラは杖を見つめ、いずれ対峙することになるサラのことを思い浮かべた。



◇ ◇ ◇



たどり着いたのは海の近くの公園だった。遠くに教会の十字架が見えた。

ベンチに座り、海を眺める。エメラルドグリーンの水面は光を底まで通す。大海原を行く魚の影まで見えるこの海はやはり美しいとティーナは感じた。

隣にはジャスミンが座っていた。ティーナはジャスミンの膝の上にかつての怪盗シュヴクス・ルージュの古いノートを置いた。ノートの背表紙には、609の数字が刻まれている。

ティーナはジャスミンに訊いた。


「へい、ジャスミンお嬢。ノートお返ししますぜ、へっへっへ。」


「あれ、どうしてこれをティーナさんが持ってるの?」


「ゼオンからちょっとね。」


ジャスミンはノートを受け取るとパラパラと中身を開き、それからティーナに尋ねた。


「ゼオンさんから聞いたんだ。このノートのこと、最初に気づいたのはティーナさんだって。どうしてわかったの?」


ティーナは笑顔を浮かべたまま心の中でため息をついた。ゼオンは本当に痛いところばかり気づく。まあ、そこがかっこいいんだけど。その本音を声にはしなかった。

ジャスミンは言った。


「ボク、貧しい子供達の役に立ちたかったの。孤児院の子供達の。お父さんに寄付をしたいって言ったんだけど聞いてくれなくて。

 そんな時、この日記を見つけたんだ。数百年前に実在した、怪盗シュヴクス・ルージュの日記。 それで、クローディアさんと相談しながら怪盗を始めたの。」


随分良心的な怪盗だ。皮肉のようにティーナは思った。寄付だなんて馬鹿みたい……きっと昔の怪盗はそう言って笑うだろうなと思った。

ティーナはジャスミンの目を見ずに言った。


「随分優しい怪盗なんだね、今のシュヴクス・ルージュは。いいよ、教えてあげる。どうしてそのノートのこと知ってたのか。」


そしてティーナは立ち上がり、海を見るふりをしてジャスミンに背を向けた。


「まあ、ぶっちゃけ知ってて当然なんだよね。そのノート、あたしのだから。」


「え?」


ティーナは振り返って笑う。いつもと違う不自然な笑みを浮かべた。


「数百年前に居たっていう怪盗シュヴクス・ルージュって、あたし。」


ジャスミンはぽかんと口を開けたまま何も言わなくなった。信じられなくて当然だろう。

ついてこれていないのを承知で、ティーナは追い討ちをかけるように言った。


「シュヴクス・ルージュって赤い髪って意味なんだよ。どうして怪盗の名前が赤い髪なのかわかる?

 それはあたしの髪が赤いから。

 この街ね、赤眼と赤髪は不吉って言われてるの。どうしてかわかる?

 それはあたしの髪と眼の色だから。

 どうしてあたしの苗字が『ロレック』なのかわかる?

 そのノートの背表紙に書いてある609って数字からとってつけた苗字だから。」


夏の暑い風が髪をふわりと浮かせて去っていく。ティーナは振り返ってジャスミンに笑いかけた。

この名前はもう二度と名乗りたくないと思っていた。忌まわしい過去の名前。今、その名を言った。


「わかった? あたしは怪盗シュヴクス・ルージュ。これが、あたしの正体だよ。」




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