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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第6章:怪盗幻想シュヴクス・ルージュ
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第6章:第25話

魔物の声も戦いの火花も消えた静かな夜に、鐘の音が鳴り響いた。

時計台の最上階。戦いの爪痕が残る薄暗い部屋に満月の淡い光が射し込んだ。光が照らしているのは二人と一匹。オズとルイーネ、そしてスピテルだ。キラ達の足音はもうしなかった。

ようやく邪魔が消えた。


「なあ、お前を連れてく前に一つ訊きたいことがあるんやけど。」


紅の瞳がまるで獲物を捕らえるようにスピテルを見ていた。


「何でしょう。どうやらさっきの魔女っ子さん達には話せないことみたいですね。」


スピテルは少し警戒しているようだった。だがもう抵抗する程の体力は残っていないはずだ。愛想笑いは必要ない。

オズは口を開いた。


「お前、昔アポロン家ってのに仕えてたみたいやな?」


「なぜそれを知っているんですか?」


「戦いの最中の会話、ちょい盗み聞きした。アポロン家に仕えてたんやったら、昔アポロン家がやってた人体実験について、何か知ってへん?」


スピテルは何事もないよう装っていたが、オズは瞳の一瞬の変化を見逃さなかった。何か知ってるな。そう確信した。

だがそう簡単に答える気はないらしい。スピテルは表情だけ柔らかに、黙り込んだままこちらを見つめていた。

もう潰れた貴族のこととはいえ、貴族の裏事情のことなど迂闊に喋らない方がいいのは事実だ。


「僕はただの使用人でしたから人体実験のことはよく知りませんでした。」


「そうやろか? 詳しくはないかもしれへんけど、何も知らへんーってわけやなさそうに見えるんやけど。」


スピテルの表情がかすかに曇った。オズは楽しそうにルイーネを呼びつけた。それからスピテルに言った。


「アポロン家の人体実験……一体何を研究してたんや?」


スピテルは答えようとしない。するとオズはルイーネに言った。


「ルイーネ。ティーナ達にホロ一匹ついて行かせたやろ。あっちの映像映せ。」


「え、どうしてですか?」


「ええから。」


一匹のホロの目から光が出てきて、窓ガラスに映像を映す。

見えてきたのはこの洒落た時計台には似合わない実験室のような場所だった。壁は白塗り、これといった色の見当たらない空間だった。

そこにゼオン達がいた。どうやらそろそろ上に戻るようだ。

そしてゼオン達と一緒にいる金髪の見知らぬ少女は、戦闘中にスピテルが言っていた妹だろう。


「ちょいと上の方映せ。……あー、ええ階段があるな。」


スピテルの妹の真上に戦闘で壊れたと思われる螺旋階段があった。スピテルの顔が青ざめた。オズは容赦なく言った。


「ルイーネ、3、2、1であの階段落とせ。」


「え、本気ですか?」


「俺はいつでも本気120%やで?」


全く、妹想いのいい兄だ。声を荒げてスピテルは言う。


「止めてください! そんなことすれば、エリスが! それにあなたの仲間も潰されますよ!?」


「仲間? さあ、誰のことやろ?」


面白おかしく笑うオズをルイーネがどこか寂しそうに見つめていた。

ホロが照準を階段に向けた。もういつでも落とせる。そして冷たいカウントダウンが始まった。


「さあ、いくでー。3、2、1……」


「待ってください!」


それを聞いてオズは満足げな笑みを浮かべた。背に腹は代えられないといった様子だ。スピテルは悔しそうに俯いた。


「わかりました、お教えします……。アポロン家の人体実験は、神の魔術と呼ばれる魔法を使える者を作り出すための実験でした。」


神の魔術――そんな別名を持つ魔術には心当たりがあった。


「その神の魔術って、もしかしてブラン式魔術のことか?」


「……はい、たしかそんなようなことを言っていました。聞いた話では、その魔術は遥か昔に存在したという神様が使った魔術らしく、その魔術を使える者を作り出すための薬を開発していたそうです。

 その為に子供をかき集め、実験台にしていたらしいです。……僕が知っているのはこれくらいです。」


パズルのピースが一つ埋まった。ブラン式魔術のことが絡んでくるとなると、リディがここに来た理由として思い当たる節があった。

しかし隣にいたルイーネは理解できていないようだった。


「あの……オズさん。ブラン式魔術って何ですか? それとオズさんが捜しているリディって人と何の関係があるんですか?」


「まあブラン式魔術はー、ブランでー魔術なんやなー。」


「それじゃわかりませんよ! はぐらかさないでください!」


ルイーネはブラン式魔術のこともリディのことも何も知らない。自然な反応だ。

オズは結局ルイーネに詳しいことは何一つ話さなかった。話したところで意味があるとは思えなかった。

スピテルから更に話を聞いて、ここの実験施設のことも調べていければなお良いとオズは考えた。

すると今度はスピテルの方が言った。


「なら、僕の方からも一つ訊いていいですか?」


「何や?」


スピテルは何か奇妙なものに出会ったかのようにまじまじとオズを見つめて言った。


「あなたは一体何者ですか? ……ただの吸血鬼とは思えません。」


吸血鬼。その言葉を聞いた時ルイーネがスピテルを強く睨みつけた。


「もしかして内緒のつもりでしたか? でも僕にはわかりますよ。あなた吸血鬼ですよね。それも純血の。」


ルイーネが不安そうにこちらを見た。その言葉はオズにとって懐かしい響きだった。

吸血鬼。その言葉への周囲の態度に苛々していた時期もあった。

今ではその言葉にも、周囲の目にも、何も感じなくなっていた。


「そやで、俺はお前と同族や。」


「けど、あなたは吸血鬼であって吸血鬼ではない……そんな気がします。

 あなたの魔力は強すぎます……こんな力が存在していいのかと疑うくらい。

 あなたは一体、何者ですか…?」


オズの正体を問われたのも久しぶりだ。

オズは横目でルイーネに合図をした。ルイーネの背後にホロがうようよと集まりはじめていた。

そして、オズは自分の翼を広げた。血のような紅。紅い翼は、悪魔だろうと吸血鬼だろうと自然には生まれない色だった。


「何でもない、ただのオズ・カーディガルや。紅の死神ともよく呼ばれとるけど。」


紅の死神。その言葉を聞いたスピテルが再び青ざめた。目の前にいる人物を見る目が変わるのを感じた。

そして震えた声で言った。


「アポロン家に居たころ、聞いた話があります。

 この世には、神の血を吸った悪しき吸血鬼がいると……。紅い翼を持ったその吸血鬼を、人は紅の死神と呼ぶと……。

 まさかあなたが……!?」


「正解。」


不適な笑みを浮かべながらオズはあっさりと肯定した。スピテルは叫ぶように言った。


「ならなぜその紅の死神が今こんなところに!? だって、紅の死神が居たのは……」


「やれ、ルイーネ。」



ホロの目玉が妖しく輝き、口から放たれた強大な力がスピテルに直撃する。スピテルは倒れ込み、意識を失った。

瞼を下ろして何も言わなくなったスピテルを見下ろしてオズは言った。


「悪いけど、そっから先はシークレットや。」


そして気絶したスピテルをホロに運ばせた。

再び時計台は静かになった。怪訝そうな顔つきでルイーネがこちらを見つめて言った。


「そこから先……私もほんの少ししか知りません。 教えてもらえませんか?」


オズは背を向け冷たくはねのける。


「嫌やな。」


「どうして。」


血のような紅い瞳なのに、凍るように冷たかった。


「言っても、お前は信じへん。」


寂しそうな目に背を向けてオズは階段を降りていく。ルイーネはホロを連れて無言で後に続いた。

オズは誰の言葉も聞き入れることはなかった。階段を降りていく音がメトロドームのように時を刻んでいった。


「本当に、無茶はしないでください。そのリディって人が関わってきた時、私悪い予感しかしないんです。」


静かな夜の中、ルイーネの一言が虚しく響いていった。オズは返事をしなかった。

ルイーネの言葉をオズは聞いていなかった。オズは全く違うことを考えていた。

オズは一つの確信を持った。次の手はもう決まっていた。


「キラや。あいつが憶えていれば……」


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