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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第6章:怪盗幻想シュヴクス・ルージュ
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第6章:第23話

窓から月明かりが射し込みスピテルを照らしていた。キラは改めて杖をスピテルに向ける。

弱い光に照らされた顔はどこか悲しげに見えた。手を前に出すと、冷気が集まり出した。ルルカとノアも緊張を緩めはしなかった。


「元気な魔女っ子さんですね。……あなたのような人にだけは負けたくありません。」


その一言が少し気にかかった。憎しみのこもった声だった。

スピテルは続けて言う。キラとルルカを見つめていた。


「いいですね、魔女や天使は。生きる権利が無条件にあるんですから。」


「どういうこと?」


キラの声を無視してスピテルの手に青白い光が集う。

その時スピテルの背後に黒い影がよぎる。スピテルは青白い光を振り返り投げつける。影はそれを避けて再びスピテルに斬りかかった。


「僕にはなぜお前があの魔女に仕えるのか理解できませんよ、ノアール・アリア。」


スピテルの両手から氷の刃が現れ、攻撃を受け止める。影の正体……ノアは一度退いてスピテルを見据えた。


「マスターはウィゼートから逃げてきた僕を拾ってくださいました。恩人を守るのは当然かと。」


「これだから、お前は嫌いです。」


加勢しなきゃ。キラは背後から飛びかかり杖を振り下ろす。同時にノアもスピテルに飛びかかった。

硬い音。だがスピテルは余裕の笑みを浮かべた。二つの巨大な氷の盾が杖と刀を受け止めていた。二人で押してもびくともしない。

二人が攻撃に移ってから氷の盾が現れるまでほんの数秒も無かった。詠唱無し、しかもこの早さで魔法が使えるとは予想していなかった。三対一、圧倒的にこちらが有利かと思われたが、先ほどの魔法のおかげで詠唱無しで魔法が飛んでくるというのは厄介だった。

攻撃が防がれたどころかパキパキと音をたてて杖と刀の先が凍りつきだした。まずい、そう思う前にキラとノアはスピテルに弾き飛ばされた。

体勢を立て直す暇もなかった。弾き飛ばされたはずなのにスピテルが目の前に居た。そして氷の刃が既に傷ついているキラの足を更に突き刺す。

足の痛みが体中を支配する。抵抗する気力も意志も痛みにかき消される。

そしてスピテルの魔法でキラは宙に浮かべられた。目の前で青い光が力へと変わっていくのをただ見てることしかできなかった。

そして無数の氷のナイフが飛んできて体中を突き刺していく。キラの体は遠くへと飛ばされ、床にたたきつけられた。


「大人しくしていてください。幸せ者が復讐を止めようだなんて、子供が戦争を止めようとするようなものです。」


悔しかった。スピテルに自覚はないのだろうが、これから先の未来を言われているような気がした。――サラのことを思い出した。

もっと魔法が使えればよかったのだろうか。もっと力が強ければよかったのだろうか。もっとキラが強ければ。声にならない辛さが駆け巡る。

想いは意味を成さず、スピテルの目はノアへと向いた。

ノアはスピテルを果敢に斬りつけようとしたが、スピテルの目は揺るがない。


「可哀想な猫です。」


その声と共にノアの手から刀が落ちた。ノアの足元には魔法陣……そこから出た六本の氷の槍がノアの体に刺さっていた。

ノアは倒れ込み膝をつく。そのノアの頭をスピテルは容赦なく蹴り飛ばす。

スピテルの目は初めて会った時の様子からは考えられないくらい冷たかった。


「お前は馬鹿ですよ。悔しくないのですか? お前がウィゼートから逃げた理由……魔女や魔術師から迫害されたからですよね?

 度重なる反乱派の暴動のせいで反感は高まり獣人への差別は激しくなるばかり。

 お前が受けた仕打ちも酷いものだったはず。それなのに魔女に飼い慣らされているとは。」


「黙れ! マスターは他の魔女と違って差別などする人ではありません。たったそれだけのことに気づかないとは、馬鹿はお前の方ですよ。

 差別しているのはお前の方です……っ!」


スピテルは再びノアを蹴飛ばし、背を向け歩き出した。


「まあ、お前があの魔女の肩を持つのはお前の勝手ですが。残念ながら僕はあの魔女嫌いです。

 あの魔女を殺すには……一番邪魔なのはあなたですよね。」


スピテルが最後に見たのはルルカだった。手には二本の氷の刃。一歩ずつルルカに近づいていく。

立ち上がりたい。駆け出したい。けれど足が動かない。その間にもスピテルはルルカの方に向かっていく。

ルルカは翼で上空へと飛び立ち、光をまとった矢でスピテルを狙っていく。だが飛べるのはスピテルも同じ。弓矢の嵐の中、翼に矢を受けながら強引にルルカの目の前へ行った。

そしてルルカの両翼を氷の刃で貫く。そこまで距離が近くなるとどうしてもルルカが不利だった。


「他のお二方より少々手荒にやらせてもらいます。魔法で鐘の魔法陣を壊されたくありませんので。」


地面に落ちたルルカをスピテルは更に追う。だがルルカもすぐに立ち上がって弓を構える。翼は痛々しく朱色に染まっているというのに。

けれどルルカは表情一つ変えなかった。きっとルルカは今までもそうしときたのだろう。

ルルカは弓矢を真上に構えたまま呪文を唱える。


「遥かなる天の女神よ……勇敢なる者に祝福を……ボム・テラ・リュミエール!」


黄金色の光の矢が真っ直ぐ上空へ放たれる。相手を撃ち落とすには十分な光――だがスピテルは強かった。

いとも簡単に攻撃をかわすとルルカの後ろに回り込み、パチンと指を鳴らす。

ルルカの下に青い魔法陣。光がルルカを囲んでいく。多分捕獲用魔法の一種だろう。ルルカの表情が苦しそうに歪み、力が抜けたように手から弓が落ちた。


「天使は大嫌いです。僕とエリスから、生きる権利を奪ったんですから……」


スピテルがもう一度指をパチンと鳴らしたその時、ルルカの足元が凍り付き、そのまま氷が足全体を覆った。

そしてスピテルは氷の刃でルルカの腹を突き刺した。ルルカの血が刃を伝うのを見つめながらスピテルは言う。


「僕とエリスは元々エンディルスの生まれなんですよ。

 本当ならあなた方と同じように普通に生活できたはず。それなのに、吸血鬼だから、たったそれだけのことでできなかった。

 迫害を受け、両親は僕達を庇って殺されました。僕達はデーヴィアに逃げ、二人だけでもなんとか生きていこうと思っていました。

 他の子供達が学校に通い、笑っている中、僕達は必死に働いていくしかありませんでした。

 それでもなんとか生活が軌道に乗ってきたんです。ある程度お金もできてきたし、この調子ならエリスだけでも学校に行かせてやれるかと思っていたんです。

 そんな時でしたよ。クローディア・クロードの告発が起こったのは。」


氷の刃がルルカの体から抜ける。だが再びスピテルは同じ場所を突き刺した。

何度も何度も、恨みをぶつけるように。


「どうしてこんな差があるんでしょう。どうして魔女だの、天使だの、金持ちだの、権力者だの……何でもかんでも奪っていくんでしょうかね!」


その時、再び刃がルルカに突き刺さると同時にボカッと鈍い音がした。

キラは目を疑った。そんな行動をするイメージが無かったからだ。ルルカはゲンコツでスピテルの頭を殴っていた。


「ご愁傷様。でも悪いわね、八つ当たりにつきあう趣味は無いの。」


そしてルルカの目がキラを見た。いつまでぼーっとしている気だ。さっさと立て。無言の命令が聞こえてくる。

足が動かない。けど時間は無かった。スピテルは刃を捨て、再び手をルルカに向ける。

今度は足だけではなく体全体が凍っていく。助けなきゃ。力を振り絞り、足に力を入れる。

足が悲鳴をあげる。痛い。けど立たなければいけない。そしてキラはスピテルに飛びかかった。


「ぶっとべこのやろぉ!」


キラの拳がみぞおちに直撃し、スピテルは遠くに弾き飛ばされる。

ルルカの声がした。


「弓矢、拾って!」


すぐに弓矢を拾い、ルルカに投げる。ルルカは弓矢を天井に向けて叫んだ。


「テラ・エクスプローション!」


その時、先ほどルルカが天井に向かって放った矢が輝き始めた。

矢は天井に刺さっていて、そこから次々に魔法陣が展開されて天井を覆っていく。

まるでレース模様のように部屋を覆うと光が雪のように降り注ぐ。

その光に触れると足の痛みが引いていった。ルルカの氷も溶けて消えていく。

これで戦える。今度こそぶちのめしてやる。スピテルを睨みつけ駆け出す。


「厄介なことを……!」


スピテルがそう言うと天井から氷のナイフが現れてキラに向かって落ちてくる。

だが走りに関してはキラは負けない。怪我をしていても容易く全て避けきってみせた。

スピテルは舌打ちして更に様々な攻撃をしかけるがキラには一つも当たらない。

そして遂にスピテルの目の前にたどり着く。そして杖でスピテルを上空に突き飛ばす。


「あんたがゼオンのお姉さんを赦さないのなら、あたしはルルカとノア君を傷つけたあんたを赦さないよ!」


「っ……!」


キラの真下に魔法陣が現れ、足が凍りついていく。そしてスピテルの両手には氷の刃。そしてキラの顔めがけて刃を突き出した…その時だった。

カキンと硬い音。そして掠める黒い影。スピテルの手から二本の刃は弾き飛ばされ、真っ直ぐキラの所に落ちてくる。

無事着地したノアの声がした。


「キラさん、後は存分にどうぞ。」


キラはスピテルの両腕をしっかり掴んだ。

スピテルを掴んだまま勢い良くキラは体を逸らす。


「喰らいなっ、きらきらバックドロップぅ!」


スピテルの頭がいい音たてて力強く床に叩きつけられる。石造りの床が吹き飛び、反動でスピテルの体が弾きとぶ。


「ノア君!」


その声と共にノアが刀を煌めかせ、勢い良く斬りつける。

空気が割れるような音。月明かりに照らされたスピテルの体は床に叩きつけられた。

スピテルは脇腹を押さえ、立ち上がろうとしたが、再び表情を歪ませて倒れ込んだ。

刀を鞘にしまい、ノアは言った。


「峰打ち、お好きでしたか?」


あとは鐘だ。金色の鐘に浮かび上がる魔法陣を指差す。


「ルルカお願いっ!」


「穢れなき聖なる光よ…悪しき陣を解き放て…セルクル・リベレシオン!」


ルルカの弓矢から白い光が放たれる。純白の鳥の形に変わり、黒の魔法陣に突き進んだ。

どうかこれで全てが止まりますように。白鳥は黒い魔法陣の中心を貫いた。

黒の魔法陣が消えていき、美しい光が舞い散った。時計台にはびこる魔物の声も気配も消えていく。

そして、澄んだ鐘の音が響き渡った。


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