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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第6章:怪盗幻想シュヴクス・ルージュ
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第6章:第22話

白い吹雪がキラ達を覆っていった。先ほどまでキラ達に遅いかかってきた茨も徐々に元気を無くしていく。

そして茨は萎んでいき、氷が静かに茨を覆っていった。キラの手足もかじかんできた。こうしてはいられない。


「ノア君、いくよ!」


「了解です。」


茨の檻の壁に突っ込む。行く手を妨げる茨をノアが切り刻んだ。

瞬く間に茨が消え、視界が晴れる。そして遂に茨の檻の外に出た。

だが、今一歩遅かった。檻から出た途端、白い吹雪がキラ達を包んだ。

雪が風がキラ達が乗る杖のバランスを崩す。そして、地響きかと思う程の音と共に風が。


「ノア君っ!」


後ろのノアが吹き飛ばされた。だが助ける間もなくまた突風が。キラは杖から放り出されて白い世界に突き落とされる。

その時、手足を厚い氷が覆っていき、自由が利かなくなる。そして真っ逆様に氷の床に叩きつけられた。

頭が割れるような痛みが襲う。そしてぽたりぽたりと氷を赤い血が汚すのがわかった。

身体の自由を阻む程の痛みをキラは経験したことが無い。「ああ、戦う人ってこんなに痛いんだ」と初めて感じた。


「大人しくしていていただけませんか。邪魔をするようなら、ただではすみませんよ!」


スピテルの声がした。茨があちこちに伸びているのも見える。スピテルの瞳が刃のように鈍く輝いていた。

その時下から茨が生えてきてキラの右足を掴んだ。手足が凍りついた状態では逃げることもできない。

そのまま茨はキラを宙に持ち上げて振り回しだした。茨が足に食い込んで血が出るのがわかる。無闇に脱出しようとすればそれこそ血まみれだ。

振り回されて頭がズキズキ痛み目が回る。スピテルと魔物――両方を同時に相手にするのは辛かった。

だが、あれ? とキラはその時思った。誰かさんが魔物の相手をしていたはずではなかっただろうか。

魔物の相手をしてたから対スピテルの援護ができなかったのではなかったのか。


「おいこらぁ! ルルカは何やってんだああぁぁ!」


魔物はキラを赤茶のレンガに叩きつけた。再び強い痛みが全身を走る。

壁が砕け、キラの体はあっけなく下へ落ちていき、再び氷の床に叩きつけられた。

痛みで体がうまく動かない。うつ伏せのまま顔だけ上げて戦況を見た。

その時、上からノアが飛び降りてきた。


「キラさん、大丈夫ですか?」


「なんとか……。それよりルルカはどうしたの?」


ノアは魔物の方を指差した。何本もの茨が目にも止まらぬ速さで動き回るのが見える。

何かを追っているようだった。その標的は白い翼を広げて攻撃を素早くかわし、隙を見ては魔物の懐に潜り込んで矢を放っていく。

ルルカだ。流石に戦闘馴れしているようで隙を見せることなどない。

だが弓矢使いがあんなに前に出て意味があるのだろうか。その時急に魔物が苦しみ始めた。茨も元気を無くしていく。

ルルカの矢が薔薇の魔物の根と思われる部分に刺さっていた。そして魔物のすぐ近くに弓矢を構えるルルカの姿があった。

だが魔物はすぐにまた勢いを取り戻し、茨がルルカに向かう。ルルカは一旦キラ達のところまで退いた。


「あら、攻撃喰らったの? 馬鹿ね。光よ在るべき姿に戻れ……リュミ・テラ!」


白い瞬きと共にキラの手足の氷が溶けた。キラは少々ムッとした顔で言う。


「馬鹿いうなあ! 大体さ……」


「とりあえず先にあの魔物片付けるわよ。いいわね?」


「無視すんなあ!」


ルルカはその声も無視して話を進めた。


「いい? あの魔物の弱点は根よ。大技で一気に決めたいわ。貴方、前に出て根付近の葉や茨を切っちゃってくれるかしら?」


「かしこまいりました。」


ノアは刀を手にそう言う。そして再び魔物の茨に飛び移っていった。

続けてルルカはキラに言った。


「貴女はどうせ役に立たないだろうから好きにしてちょうだい。」


そう言ったルルカの目はキラの傷だらけの右足を見ていた。悔しくてキラはぷぅと膨れる。

失礼だ。意地で立ち上がろうとするが足がやはり痛む。ルルカはキラには目もくれずに弓矢を構えて詠唱を始めた。


「天より舞い降りし神の光よ……聖なる力を与えたまえ……」


巨大な白い魔法陣が浮かび上がる。魔法陣の構造も複雑、矢の先に集まる光は繊細な装飾のように見る者を魅了していく。

一気に決める。その為の大技だ。ルルカの表情も真剣だった。

一方のノアも順調に魔物と戦っていた。攻撃を避けては茨を断ち切り、先に進んで根付近の葉を刈り取った。

ぼんやりしていられるか。キラもなんとか立ち上がり加勢しようとした。

だがその時あることに気づいた。


「あれ……杖どこいった?」


落ちた時に杖がどこかにいってしまったようだった。杖無しでは空が飛べない。氷の床を怪我をした足で戦うのは難しいだろう。

そうしている間に更にルルカの魔法陣が強く輝く。


「聖なる月の力を宿し矢を今ここに……」


このまま無事に詠唱が終わればいいのだが。そういかなかった時の為に早く杖を探さなければ。

だがその時、遠くで青い魔法陣が輝くのが見えた。


「銀の雪吹き荒れる永遠の冬よ……」


スピテルの魔法が来る。止めなきゃ。その瞬間、近くの瓦礫の下に黄色い宝石の杖が煌めくのが見えた。

スライディングしながら拾うとキラはとっさに杖をスピテルに投げつけた。

杖が頭にぶつかる鈍い音と同時にスピテルの詠唱が止まる。

そして、ルルカの魔法が発動した。


「うち放て女神の矢よ! サン・ディウ・ラフレッシュ!」


ルルカの手から放たれた矢は光の羽をまとい、神々しい鳥のように一直線に魔物へと向かっていく。

月にも勝る青白い光が辺りを包み込む。そして矢が魔物を貫いた。

魔物の動きが止まる。まだルルカの表情は硬いまま。その時、魔物が床に倒れ込んだ。

茨が次々と消える。魔物の薔薇の花びらが散ってゆく。巨大な薔薇はみるみるうちに小さくなって、最後には小さなしおれた薔薇の花になった。


「倒したの?」


「多分ね。」


ルルカがそう言った時、もう一つ大きな変化が起こった。

床一面覆っていた氷が溶けていく。どうやら床の氷は魔物が作ったものらしかった。

これでもう走れる。足はまだ痛むがとりあえず滑って転ぶことはない。これで接近戦も通用する。

だが、またキラは先ほどと同じことにようやく気づいた。


「あれ、杖どこいったっけ……?」


よく考えてからようやく思い出す。魔法の詠唱を止めるために拾ってからスピテルに投げつけたのだ。

その時だった。


「聖なる力を宿す古き言葉よ……我に知恵と力を与えたまえ……グリモワール!」


スピテルの詠唱だ。キラ達三人はスピテルの方を向き構える。しかし特に今の魔法で何かが起こったようには見えない。

だが勿論油断は禁物だ。スピテルは特に慌てた様子もなくこちらを見つめていた。


「まさかあの魔物を倒すとは思っていませんでした。」


「やいっ、観念しなさい! 三対一で勝てると思うの!?」


キラが怒鳴る。すると横のルルカが言った。


「威勢がいいのはいいけれど、早く杖見つけなさい。」


確かにその通りだ。キラは部屋中を見回す。どこに飛んでいったのだろう。

部屋には無数の穴が開いていた。何の穴かと思ったら、先ほどの魔物の茨が生えていた跡だ。

まさかこの穴に落ちたのではないだろうか。この穴を全部調べるのは時間がかかりすぎる。

再びスピテルの手に氷の力が集まり始めた。しかしスピテルは呪文を唱えていなかった。


「なんであんた詠唱無しで魔法使えてるの!?」


「さあ、何ででしょうね?」


「……さっきの魔法ね。一定時間詠唱無しで魔法使えるような、そんな魔法なのかしら?」


ルルカが言う。「正解」――そう言うようにスピテルは柔らかく微笑んだ。

そして氷の力が膨れ上がった瞬間、スピテルはその力を天井に向かって放った。天井は一瞬で凍りつき、幾つもの巨大な氷柱ができあがった。


「僕達が相手をします。キラさんは早く杖を。」


「え、じゃああたし杖無しで戦う……」


「あの杖がもしあいつに取られたら厄介なのよ。

 あなた魔法使わないからわからないかもしれないけど、あの杖の力強いのよ?」


そう言ってノアとルルカが攻撃を始める。矢が飛び交い、刀が煌めく。

だが先ほどの魔法のせいで詠唱無しで魔法が使えるスピテルはそれら全てを跳ね返して攻撃を加えていく。

早く杖を見つけて加勢しなくては。キラは片っ端から床に空いた穴を覗いていった。

しかし穴が多すぎた。ルルカやノアは戦っているというのに何故キラは必死に穴を覗いているのだろう。

ため息をついた時だった。


「ため息ついてる暇なんてありませんよ?」


スピテルの声と共に天井から垂れ下がった巨大な氷柱が次々と落ちてきた。あれが当たったらひとたまりもない。

慌てて氷柱を避けつつキラは部屋を駆け巡りつつ杖を探す。だがその時、怪我をした足がズキンと痛んだ。

走ることができずバランスを崩して転んでしまう。その時上から氷柱が。

まずい。その時黄金色に光る物が見えた。


勢いのいい音がした。何かが割れる音。キラの手には黄色の宝石の杖。そして周りには割れた氷柱が散らばっていた。

続けてさらに三本の氷柱が落ちてくる。しかしもう何も遠慮することはない。

杖を手にニッと笑う。そして一気に三本の氷柱全てを叩き割った。

そして更にスピテルの方へと駆け出す。足の痛みなんてもはや気にならなかった。痛いと喚くくらいならまずは眼前の物全てをかち割ってやれ。

キラはスピテルに飛びかかった。スピテルが手をこちらに向けると氷の盾が現れた。


「盾なんて使うんじゃねえっ!」


脆いガラスのように盾はあっさりと砕けた。スピテルの目の前に立つのは杖を鈍器のように担ぐ魔女っ子だった。

スピテルがキラに言った。


「まさか杖で殴られる日が来るとは思っていませんでしたよ。」


キラは鼻で笑ってやった。


「あれ、知らないの? あたしの辞書では、杖って人を殴る為にあるんだよ!」

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