第2章・へっぽこ魔女の武勇伝:第1話
「キラぁぁあ!早く支度しろって言ってるだろうがぁ、この馬鹿孫がぁぁ!!」
きれいな晴天の下、夜明けを告げる鶏も気絶しそうなくらいの罵声が家じゅうに響いた。
あまりの怒鳴り声の大きさに壁がミシミシ言っていた。
キラは追い立てられるようにあわてて鞄を持って玄関へと走り、靴を履く。そして、大きな音を立ててドアを開けた。
きっともう10分は待たせてしまっただろう。
既に当たり前のように準備を終えてキラ迎えに来ていたリーゼがにっこり笑った。
「ご、ごめんリーゼ!また遅れて。」
キラはそう言って手を合わせて何度もリーゼに謝った。
リーゼは優しい顔でいいよと言った。
昨日の休みも終わり、今日からまた学校だ。
それなのに、週明け早々さっそく寝坊してしまった。
おかげでこの騒ぎだ。
突然リラが後ろからキラの頭を思い切り殴って言った。
「ほんと、まいっ朝まいっ朝寝坊するんじゃないよ!
ごめんねぇ、リーゼちゃん。
いつもこの馬鹿孫が。」
リラがキラをぼかぼか殴りながらそう言う。
すごく痛いのだけれどリラはやめてくれない。
リラに向かってリーゼは笑いながら言った。
「大丈夫ですよ。 私も迷惑かけるときあるから。 行こう、キラ。」
リーゼがそう言うとキラは怪力婆に殴られた頭を痛そうに押さえながら学校へと向かっていった。
◇ ◇ ◇
校門をくぐり抜けるともう賑やかな話し声が聞こえてきた。
入り口の前ではたくさんの生徒たちが楽しそうに喋っている。
キラとリーゼはいつものように校舎に入り、教室へと歩いていった。
すれ違う人の多くはキラを見ると笑って「おはよう。」と声をかけていった。
そういわれる度にキラは元気よく笑って「おはよう。」と返すのだった。
リーゼはそんなキラの横を静かに歩いていったが、時々男子がにこにこしながら挨拶してきてくると、おどおどしながら小さくか細い声で挨拶していった。
階段を登り、廊下を走り抜けると教室の扉が見えた。
キラはその扉を勢いよく開けた。
広い教室が目の前に広がる。
楽しそうに話していたクラスメートたちはキラの姿を見つけるとおはようと言ったり手を降ったりして挨拶した。
一通り挨拶をした後、キラは教室を見回した。
そして、窓際にいる白髪に紫色の目の少年と、ブロンズの髪で赤い大きなリボンをつけた少女の姿を見つけると、キラは二人の方へと走って元気よく話しかけた。
「ペルシア、ロイド、おはよう!」
キラに気づいた二人は話を止めてキラの方を向いた。
ブロンズの髪の少女、ペルシアが時計を見ながら言った。
「ごきげんよう。
今日も時間ギリギリですわね。」
さらっとペルシアがそう言った。
たしかにあと少し遅ければ遅刻だ。
けれどキラは口を尖らせながら言う。
「で、でも結局遅刻しなかったわけだし、別にいいじゃん!」
「でも待たされる側のことも少し考えたほうが俺はいいと思うな。」
キラとペルシアの会話にロイドが急に口を出した。
ロイドは持っている懐中時計を大切そうに磨きながらキラの後ろを見た。
リーゼがひょっこり顔を出す。
ペルシアはリーゼに同情するように言った。
「私も毎朝待たされるリーゼのことも少しは考えるべきだと思いますわよー?」
「あうう…それは…」
あまりに最もな意見に反論できない。
確かに毎朝キラはリーゼに迷惑かけている。
キラだってよくわかっているが朝は眠いものだ。遅刻は学生の文化だ、仕方ない。
いつも寝坊しないリーゼが「別に平気だよ。」と言ってくれたのが逆に痛かったけれど。
キラが反論できずにいると急にロイドが話を変えた。
「あ、そういえばキラ、先週までに提出の宿題、まだ出してないとか言ってなかった?」
キラはハッとして鞄を引っ張ってきて中をあさり始めた。
たしか昨日入れたはずだ。
中から何か書かれた一枚の紙を取り出す。
よかった。忘れはしなかったらしい。
けれど鐘が鳴る前に早く提出しなければならない。
「じゃ、ちゃっちゃか行ってくるね!」
キラがそう言って教室を出ようとすると急にロイドがキラを呼び止めた。
キラは不思議に思って立ち止まる。
「職員室に行くならさぁ、ついでに転入生がどんな奴か見てきてよ。」
「転入生?」
キラがそう聞き返す。
そのことはペルシアも知らなかったようで興味深そうにロイドの方を見た。
ロイドは校内でも一番の情報通だ。自称だけど。
けれどこういうことには詳しいのは確かだ。
ロイドは小さなメモ帳を見ながら言った。
「うん、昨日の夜知ったんだけどね。
今日このクラスに入ってくるらしいよ、転入生。」
「へー、さっすが情報通。」
キラが感心して声をあげる。
リーゼもペルシアもへぇと口を開けた。
ロイドはキラキラした目で続けてこう言った。
「それでさ、その転入生、編入試験全科目満点なんだってよ!すごくねぇ?」
ペルシアとキラは教室中に響き渡るような驚きの声をあげた。
大きくリアクションしたため近くの机がガタンと音をたてる。
編入試験全科目満点なんて一体どこの化け物だ。
テストの点数なんて30点台が当たり前のキラにとってそんな奴はもう別世界の生物だった。
ああもう、その頭脳を少しでも分けてほしい。そうキラは思った。
その騒ぎに周りのクラスメートたちが興味深そうにキラ達の方を向いた。
リーゼは急に自分たちが変に目立ったので少し恥ずかしそうに下を向いた。
キラは口をパクパクさせながら非常に驚いた様子で言った。
「そんなすごいのがこんな田舎の学校きていいの!?」
キラが大声でそう聞くとロイドはニヤリと笑いながら言った。
「だからキラにどんな奴か見てきてって頼んでるんだぜ?」
ああなるほど、そういうことか。
手を叩いて納得した。
キラは元気よく三人に言った。
「よっしわかった!急いで行って見てくるよ!
あ、ところでさぁ、いっつも思うんだけどそんな情報とかどこで知るの?」
キラが不思議に思ってそう聞くと、ロイドはにこっと笑った。
そしてぺろっと舌を出して笑って言った。
「それは機密事項なんだなー。」
そう言ってロイドは教えてくれなかった。
キラは少し残念に思ったが、すぐに気を取り直して、宿題を持った。
三人に明るく手を振る。
「じゃ、行ってきまーすっ!」
そう言ってキラは教室の扉を開けて元気よく走り出していった。
転入生が誰かなんてキラは全くわからなかった。