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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第6章:怪盗幻想シュヴクス・ルージュ
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第6章:第21話

綺麗。もう少し余裕があればそう言っているだろう。

階段を登れば登るほど、小さな窓から見える景色は壮大になっていく。人が星屑のように小さくなっていき、黄金色の光粒の群れで出来た街を満月が妖しく見守っていた。

だが勿論キラ達にのんびり景色を見ている暇はない。キラ、ルルカ、ノアの三人は時計台の最上階へと階段を駆け上がった。

スピテルとの決着をつけるため、鐘にかけられた仕掛けを解くためにだ。

キラは杖を強く握りしめた。突然ルルカが言った。


「やっぱり無理にでもティーナを連れてきた方がよかったかしら。」


「なんで?」


「貴女じゃ役に立たないかもしれないってことよ。」


キラはぷぅと頬を膨らませた。失礼だ。キラだってリラに散々鍛えられたのだから多少は戦える。

少し不満に思いながらも階段を上がっていくと、急に冷たい空気が立ち込め、鳥肌が立ち始めた。

おかしい、今は真夏だ。それも異常気象で例年よりも暑いはずなのだ。

するとルルカが言う。


「吸血鬼ってのは魔法を使うのに媒体を必要としないわ。逆に言うと媒体を持たないということは接近戦で使う武器がないということよ。

 当然、遠距離戦重視で接近戦は苦手なはず。それで相手が氷系魔術を使うとなれば、多分……」


キラ達が階段を登り終えたのはそう言いかけた時だった。悔しいがルルカが言ったことに納得した。

部屋の一番奥には金色に輝く鐘。その鐘には黒いインクか何かでやたら巨大で複雑な魔法陣が書かれていて、不思議な光を放っていた。

大きな鐘の正面には黒い翼を広げたスピテルの姿。そしてその隣には青い薔薇のような植物系の魔物と思われるものがいる。

そして問題はキラ達とスピテルとの間だ。室内なのになぜか雪が降り注ぎ、部屋の床は全て厚い氷で覆われていた。


「氷の魔法を活かして足場を氷で覆う。そうすれば近距離戦は滑るから不利。武器を持たないデメリットを補うには最高ね。」


どうしよう、と後込みした時、急に足もとの氷が割れ、下から茨が飛び出してきた。

三人とも避けることができた足場が氷となるとやはり動きづらい。茨はどうやらあの薔薇の魔物のせいらしかった。

足元が凍っている上に床から茨が出てくるとなるとこちらが不利だ。

するとスピテルが一見優しそうに微笑んで言った。


「お待ちしておりました。魔物一体プラスして、これで2対3……こんなところでいかがでしょう?」


真っ先に返したのはノアだった。


「相手がいくつだろうと倒すだけです。」


「頼もしいですね、期待していますよ。」


辺り一面氷に覆われ、歩くことすらままならないこの状況が魔法が使えないノアにとって大変不利なのは明らかだった。


「まあとにかく、勝負を始めましょうか。」


そう言うとスピテルは早速呪文を詠唱し始めた。勿論こちらもそう易々と魔法を使わせる気はない。

杖を握りしめて駆け出す……が、キラはさっきから言っていたことをすっかり忘れていた。

早速キラは氷に足を滑らせて派手にすっころげた。


「いたい……。」


「頭大丈夫……?」


ルルカの冷ややかな一言が虚しかった。

だがそう呑気に転げている余裕は無かった。スピテルの詠唱はそうしてる間にも進んでいく。


「凍てつく風よ……我が手に集え……」


魔法を使わせるわけにはいかない。どうにか立ち上がろうとした時だった。

前の氷が割れて茨が生えてくる。後ろに逃げようとしたら後ろにも。そしてキラに襲いかかってくる。

その時ノアがスライディングでキラを遠くに突き飛ばし、なんとかその場はしのいだ。魔物の方も厄介だ。氷に足をとられていると茨に捕まってしまうだろう。

だが今はとにかく詠唱を止めなければならない。だがどうすればスピテルに近づけるだろう。

するとルルカの声がした。


「全く、使えないわね。」


そしてスピテルに三発矢を放つ。弓矢なら氷の床など関係ない。矢は月明かりに照らされて煌めき、真っ直ぐスピテルへと向かう。

だが、当たる直前にスピテルは笑った。その途端、何十本もの茨がスピテルの前に生えて壁を作った。

弓矢は壁に弾かれてなすすべなく下にぽとりと落ちる。そして、スピテルの魔法が発動した。


「冬の精霊……白銀の息吹よ! ブラン・ソワフル!」


目の前の空気が真っ白に凍りつき、激しい吹雪が吹き荒れる。

そしてその吹雪は渦を巻きながら真っ直ぐと標的へと突き進む。その標的は――


「危ない、ルルカっ!」


叫んだ時にはもう遅かった。壁が砕け落ちる激しい音が響き、ルルカが居た方向は白銀に覆われて見えない。

キラはスピテルを睨みつける。


「次はあなた方です。」


そう言った途端、何かが風を裂く音がした。スピテルの表情が変わる。そして急に翼を広げて飛び立った瞬間、その場所に数本の矢が突き刺さった。

ルルカの矢だ。キラの表情がぱあっと明るくなった。ルルカは真っ白い翼を広げて空を飛んでいた。


「悪いわね。私、天使だから床が凍ってるだなんて関係ないの。」


するとスピテルは魔物に指示を出し、無数の茨がルルカを襲う。

ルルカはそれを器用にかわしていく。だが魔物の相手をするので手一杯のようだ。スピテルへの攻撃の援護まではできなさそうだった。


「魔物の相手はあの方にしていただきましょうか。」


そしてスピテルの目がキラを捉える。まずい。そう思った時、スピテルの後ろから黒い影が飛んでくるのが見えた。

スピテルも気づいたようで後ろを向く。黒い影の手には刃の煌めき――ノアだった。床は凍りついているのに一体どうやってスピテルに近づいたのだろう。

ノアは刀でスピテルに斬りかかる。だがスピテルは素早く避けて短い呪文を唱えた。


「銀色の雪よ! ベル・ネージュ!」


強い冷気の塊が放たれる。氷の床を走って避けるなどできない。するとノアが目をつけたのは魔物の茨だった。

すぐに茨に飛び移って攻撃をかわす。そして茨につかまらないよう器用に別の茨に移るとまた斬りかかる。

こうしてノアはスピテルに近づいたのだろう。頭いいなあとぼんやりキラは思った。

だがぼんやりしてる場合でもない。キラも加勢しなくては一緒に来た意味がない。

その時、ルルカがキラに言った。


「何ぼやぼやしてるのよ。貴女、一つだけ使える魔法あるでしょう?」


「いやいや、あたし魔法できない!」


「あるでしょう? 一つだけ。」


「ないです!」


はっきり言い切ったキラを見てルルカは心底呆れたようにため息をついて言った。


「……貴女ほんと勘悪いわね。空を飛ぶ魔法は使えるでしょう?」


そうだった。すぐにキラは杖に乗って飛び上がった。空中に飛び上がると床が凍っていたことで困ってた自分が馬鹿らしくなるくらい、自由自在に動き回ることができた。

箒ではないので普段ほどのスピードは出ないかもしれないが、先ほどの状況よりは良い。

キラは空中から地上にいるスピテルを睨みつけた。同時に魔物の茨の上にいるノアもスピテルを睨んだ。


「スピテル・フラン……覚悟!」


ノアはそう言うと同時にスピテルに斬りかかる。しかしスピテルはうまく避けてしまい当たらない。

キラは杖に乗ったままスピテルの後ろから殴りかかった。スピテルは羽を広げて飛び上がってそれをかわす。

それならとキラはスピテルを追うように上へと飛び、再び殴りかかった。しかしこれも外れ。だがキラは外すとすぐさま振り向き、スピテルに杖から跳び蹴りを放った。


「くらえっ、きらきらいなずまキぃーック!」


キラの脚はスピテルの頬に当たり、勢い良くスピテルは地面に叩きつけられる。床の氷が砕け散る程の衝撃だった。

キラはすぐに近くに戻ってきた杖に飛び乗り、下のスピテルの様子を伺う。

その時キラが乗っている杖の後ろにノアが乗ってきた。


「失礼かもしれませんが……きらきらいなずまキックって長くないですか?」


「いいのいいの、勢いで言えれば。」


その時急に下方から強い光が来た。地上に青い魔法陣が浮かび上がる。

身体中の熱を奪うように周りを取り巻く空気が冷え込み、氷の力が魔法陣に集まり始めた。大技が来る。

広がっていく魔法陣の中央にいるスピテルがギッと刃物のような目でこちらを見た。


「やってくれましたね。凍てつく白銀の風よ……ここに集いたまえ……」


また詠唱が始まる。早く止めなくては……そう思った時だった。


「逃げなさい!」


その時にはもう手遅れだった。ルルカの声がした瞬間、無数の茨がキラ達を取り囲んだ。

スピテルの方に気をとられて魔物の方の警戒をすっかり忘れていた。このまま捕まったらスピテルの魔法を避けられない。

茨がキラ達に向かってきた。周りは取り囲まれて逃げ場がない。


「茨なんて斬ってしまえばいいのです!」


後ろのノアが向かってきた茨を片っ端から斬っていく。だが数が多すぎた。

向かってくる茨だけでも相当な数なのに周りの茨の層は森のように厚くなっていく。このままではスピテルの魔法が来る。


「ノア君どうにかなんないの?」


「この周りの茨のどこか一カ所に突っ込んでもらえますか? 一点集中で突破しましょう。」


だがキラが返事をしようとした時だった。


「鈍色の空……輝け雪月花! ルナネージュ・フルール!」


とうとうスピテルの魔法が発動した。

辺りは真夏から冬へと変わり、宙に白銀の花が咲く。終わりの無い白い世界が脱出を許さなかった。

そして、花吹雪のように吹き荒れる雪の竜巻がキラ達が居る茨の檻ごと飲み込んでいった。


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