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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第6章:怪盗幻想シュヴクス・ルージュ
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第6章:第20話

「うっわ、嫌なもん見た。」


オズを見るなりティーナは眉間にしわを寄せてそう言った。「相変わらずの嫌われようですね」と隣のルイーネが言った。ティーナに嫌われるだけのことをやってきたという自覚は一応あった。

クローディアがティーナに尋ねた。


「たしかティーナちゃんだったわね。今一人なの? 他のみんなは?」


「キラとルルカとノア君が今最上階にいるスピテルとかいうのを倒しに行ってるよ。

 あたしはゼオンが居なくなっちゃったから探しに行くことにしたんだ。」


「じゃあ、ソレイユ君は?」


「探偵少年のこと? さあ、どこ行ったんだろ?」


オズはティーナが一人で行動しているのを初めて見たような気がした。普段ゼオンやルルカと一緒に行動しているからだろう。

一人で居るティーナは誰かと共に行動している時とは雰囲気が違うように見えるのはなぜだろうか。

今日のティーナは普段より目つきが悪く、少々神経質になっているように感じた。

クローディアがオズに言った。


「ちょっと二手に分かれたいのだけどいいかしら。

 私はティーナちゃんとゼオンを捜すわ。あなたは最上階に行ってノアちゃん達を手伝ってくれる?」


「別にええけど。」


「ティーナちゃんは?」


「よっしゃあ、ゼオンのお姉様とならぁ、喜んで!」


ティーナは嬉しそうに飛び上がった。おそらく「オズがついて来ないなら大歓迎だ」という意味もあるのだろう。

話がまとまったところでクローディアはオズに言った。


「あ、スピテルって子は死なせないでね。生け捕りにして連れてきてちょうだい。じゃあ、お願いね。」


人に対して生け捕りという言葉を使うところがクローディアらしいなと思った。そう思っている間に早速二人はオズ達から離れてどこかへ行ってしまった。

二人の姿が見えなくなった途端、オズはルイーネに囁いた。


「ルイーネ、ホロ一匹、あいつらを尾行しとけ。」


「えっ、何でですか? 絶対バレますよ?」


「いいや、バレへん。こんだけ魔物の気配がうようよしとるんや。

 魔物が近くにおるってことはばれても、お前が尾行しとるってことはバレへん。とにかく追っとけ。」


仕方なくルイーネはホロを一匹呼び出し、ティーナ達の後を追わせた。勿論ホロの身体を透明に変え、二人に見つからないようにして。

それを確認してからオズは言われたとおり最上階へと向かう。


「よう気ぃつけておけば、思わぬエサが見つかるかもしれへんで?」


そう言ってオズとルイーネは暗い階段を登り始めた。



◇ ◇ ◇



不愉快だった。奇怪な声と湿った空気が余計にティーナを苛立たせた。

シャンデリアはもう光を失い、館内は闇に覆われていた。窓からの月明かりと、ティーナの鎌の先に魔法で灯した光だけが頼りだ。

乳白色の石の床と靴のヒールがぶつかり、規則的に時の流れを刻む。

辺りをさ迷っているうちに、ティーナはこの建物の構造が美術館というよりは富豪の邸宅に近いということに気づいた。

ティーナは嘲るように息を吐いて床の石のひび割れた箇所をヒールでえぐった。

鎌を手にして、辺りを警戒しながらティーナは先に進み、クローディアが後に続いた。

ゼオンのお姉様なのだから絶対に怪我はさせられない。ティーナは常にクローディアの前を歩き、邪魔をする敵は残さず潰していった。

ティーナ達は一階の廊下を通り、展示室の裏へと続く扉を開いた。


「ところでティーナちゃん、ゼオン達がどこにいるか知ってるの?」


「知らないよー。だから探してるんじゃん。」


「だって、この先は……」


ティーナは足を止めた。くるりとクローディアの方へと向きを変えてティーナは言った。


「じゃあお姉さんはどこにいると思うの? 何かあてがあるならそっち先に探すよ?」


クローディアは口元だけ笑い、何か探るような目つきでティーナを見る。ティーナはニッといつもの明るい笑顔を浮かべるだけだった。


「いいえ、この先に行きましょう。」


そして今度はクローディアが先頭切って奥へ進んでいく。クローディアの背中を追いながら、ティーナはさすがゼオンのお姉さんだなと思った。

そのまま二人は展示室の裏の狭い廊下を進んでいった。廊下はどんどん暗くなり、見通しも悪くなっていく。途中何度も魔物が出た。小物ばかりで特に苦労なく倒せた。

ティーナが思うに、ゼオンは「出られない場所」にいるのではないかと思う。少々厄介なことに巻き込まれていそうだと予想していた。

ゼオンはそこらの魔物に負けたりはしないだろうから、もしそういう状況でもなければひょいと出てきそうな気がするのだ。出てこないということは、それなりの環境に置かれているのだろう。

すると急にクローディアが言った。


「ティーナちゃんさ、どうして怪盗がジャスミンちゃんだってわかったの?」


ティーナの目尻がつり上がり、一瞬眉間に皺が寄る。前方を歩いているクローディアは気づいていないだろうが。


「答えを言っちゃうとね、怪盗はジャスミンちゃんなのよ。ティーナちゃん大正解よ。どうしてわかったのかなあって。」


「ええー、単にロマンある説を選んだだけだって。ノア君説とジャスミンちゃん説はロマンたっぷりで素敵じゃんー! やっぱねぇ、追っかけっこはロマンっすよ、へっへっへ。」


声は明るくティーナは言う。だが、隠した目つきを見透かすようにクローディアが言った。


「本当にそう? ティーナちゃん最初から最後までジャスミンちゃんが怪盗だって言ってたわよね?

 ジャスミンちゃんは誘拐されてたのだから、パッと見たら一番怪盗じゃなさそうだと思うんだけど。

 ティーナちゃんは、最初からジャスミンちゃんが怪盗だって確信があったんじゃない?」


ティーナはすぐに返答できなかった。嫌な所突いてくるなあと思った。

不穏な動きは真っ先に止めておくのが吉と知っている。ティーナはクローディアの前へ出た。

相手が賢いとも知っている。愛らしく甲高い声と、別人のような瞳で睨みつけて言った。


「お姉さん、残念だけどこれ以上の詮索は禁止ね。あたしにも知られたくないことってあるから。」


血塗れたような紅の瞳がクローディアの色白の顔を見て動かなかった。そして、後ろ手に鎌。

自分の正体を教える気など無かった。


「恐いわね、了解よ。じゃあこの話は終わりにしましょ。」


「うん、ならよろしいっ。」


ぴょんと飛び跳ねて再びティーナはいつもの笑顔に戻り、鎌を持つ手を緩めて歩き出した。

ちなみに、最初から鎌を実際に使うつもりは無かった。相手はゼオンのお姉様なのだから。

廊下は更に暗く狭くなっていった。邪魔な魔物を退治しつつたどり着いた突き当たりには小さな部屋があった。

部屋は美術品をしまう倉庫か何かのようだった。額縁や謎の石膏像や、よくわからない絵画など、ゼオンに関係なさそうなもので溢れかえっていた。

とりあえず額縁などを退かしてみたりしたが当然ゼオンは居ない。隠し階段があったりしないだろうかと物を退かしたが何一つ出てこなかった。

すると、急にクローディアが額縁がしまってある棚を動かそうとし始めた。


「ちょっと手伝ってくれる? この後ろに階段があるのよ。」


言われたとおり二人で棚を引っ張り出すと、そこには地下深くへと続く狭い階段が現れた。

気味が悪い、入りたくない……ティーナはそう思ったが、ゼオンを閉じ込めるとしたら打ってつけの場所だ。


「お姉さん、この階段のことどうして知ってるの?」


「この時計台が美術館になる前に住んでたアポロン家って貴族が地下で人体実験やってるってね、私数年前に告発したのよ。」


「ふぅん……。」


ティーナはそれ以上そのことについては触れなかった。そんなことよりゼオンを捜すのが先だった。

気を引き締めて階段を降りようとした時、クローディアがこう尋ねた。


「ティーナちゃん、もう一つ質問してもいい?」


ティーナは嫌そうに頷いた。


「ティーナちゃんってさ、嫉妬とかしたことってある?

 ティーナちゃんって、きっとゼオンのこと好きなのよね? その割にキラちゃんとゼオンがよく話してても何も言わないし、嫉妬してるような素振りも見せないわよね?」


ティーナはため息をついた。勿論、したことがないとは言えない。ゼオンと楽しそうに話すキラが羨ましく感じたことはあった。

だが本気で妬んだりはしたくはない。


「だってーお姉さん、『あんの泥棒女がぁぁぁ!』って嫉妬ドロドロの女なんてさぁ、ゼオンが好きな訳ないじゃん。それに――」


「それに?」


「妬みだの、憎しみだの、そういう感情ばっかり抱えてる人ってね……とっても惨めで、『可哀想』だしね。それに、何より――」


何か言い掛けて口をつぐんだ。鎌を持っている手と反対の手で自分の腕に爪を立てた。

キラとゼオンが話している時、ほんの少しだけ、寂しいと思う気持ちも嘘とは言えないのだけれど。嘘と言えない自分は、また惨めで醜かった。

だがキラに悪意を向ける気にはなれなかった。キラはどうしようもなく素直で純粋な人だと思うから。

自分とは違って。


「あたしはゼオンが大好きだから、ゼオンの幸せを一番に願ってる。

 だからね、ゼオンを不幸せにする奴は許さない。それがたとえ、あたし自身でもね。」


そう言ってクローディアに笑ってみせた。明るくて楽しい「ティーナ・ロレック」でいるために。貪欲で残酷な、醜い自分を殺すように。

見くびらないで、馬鹿じゃないの。恋人に近づく女を貶めたがる奴をよく聞くけれど、それってただの哀れなエゴでしょう?

笑顔を浮かべながら、ティーナはそう自分に問いかけた。

ティーナは自分のエゴをよく知っていた。誰よりもゼオンを愛していたが、自分がゼオンに相応しいとは思っていなかった。


「さぁて、お姉さんの質問は終わり? じゃあ早く行こうよ。あたしのゼオンが助けを待ってるかもしれないしさ!」


話の流れを変えるためにそう言うと、クローディアは品よく笑って言った。


「そうね、急ぎましょう。」


そして、ティーナとクローディアは地下へと続く薄暗い階段に足を踏み入れていった。



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