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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第6章:怪盗幻想シュヴクス・ルージュ
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第6章:第19話

宵闇の中、馬が街中を駆ける音だけが響く。向かう先は時計台だ。

満月をバックにそびえ立つその建物は美しく輝いていた。あの建物で何があるのかは知らないが、キラ達が受けたクイズのことなどを考えると多分この街の怪盗絡みのことだろう。

だがオズはこれからのことよりも先ほどのことが気にかかっていた。先ほど、屋敷を出て行った時のことだ。

馬車の中にはオズ、ルイーネ、クローディアの三人――ショコラ・ホワイトは居ない。オズは向かい側の席に座っているクローディアに言う。


「さっきのあれ、お前にしては強引やないか?」


「あれ」とは、先ほどホワイトがクローディアについて行きたがったのをクローディアがオズに無理矢理止めさせたことだ。

ホワイトは人並み外れた魔力を持つとはいえあくまで一般人だし、何よりクローディアの知人であるはず。その相手をよりによってオズの魔法で動きを止めさせるなど正気の沙汰ではない。

オズが言えることではないがクローディアにしては強引すぎた。


「仕方がないのよ。ああ見えてショコラちゃん強いし、あなたじゃなきゃ止められなかったの。

 それに、あの時計台にショコラちゃんを行かせるのはちょっとね……」


訳ありだから触れるな、ということかとオズは解釈した。言葉を濁すのにはそれなりの訳があるのだろう。

オズには関係ないことだし、無闇に聞き出してクローディアの機嫌を損ねる必要もないのでこれ以上このことについてつつくのは止めにした。

オズにはもっと重要なことがあった。腕を組み、睨むような目で尋ねる。


「じゃあ、その話はもうええ。例の話、してくれるんならな。あいつの話……する約束やろ?」


「わかったわ。」


クローディアは落ち着いていた。ルイーネが不安そうにオズの顔を覗き込む。

オズはクローディアから目を離さなかった。長いこと捜し続けていた少女――リディの手がかりが掴めるかもしれないのだから。

ぼんやりと光が射し込む馬車の中、クローディアは静かに語り出す。


「私がこの街に来た時ね、この街にはそれなりの貴族の一族が二つあったの。一つはこの街の領主アルミナ家。もう一つはアポロン家という貴族よ。

 二つの貴族は街の支配権を巡って対立していたわ。ヴィオレの領主はアルミナ家だけど、アポロン家の領土はアルミナ家の土地のすぐ隣で、ヴィオレの街を狙っていたの。

 それで、どうも強い力を得てアルミナ家を潰してしまおうと思ったみたいね。その為にアポロン家は屋敷の地下であることを行っていた……人体実験よ。」


一瞬、双眸が細く歪んだ。月が雲に隠れたのか少しの間視界が闇に覆われ、一分もしないうちに再び月の顔が見えた。


「たしかに聞き捨てならない話やけど……人体実験があいつに関係あるんか?」


「話は最後まで聞きなさい。そのことに薄々気づき始めた私は、人体実験の確かな情報を手に入れて領主アルミナ家に告発したわ。

 ……クロード家からここに追いやられてすぐの頃で腹が立ってたから、人の命をそんなことに利用するなんて赦せなかったのよ。

 アルミナ家は国にそのことを告げて、アポロン家に国から調査が入ることになったわ。事が起こったのは、その調査が行われる前日の夜だった。

 その日の夜、急にアポロン家の屋敷で巨大な爆発が起こったのよ。爆発音を聞いて私はすぐアポロン家に向かったわ。

 屋敷は炎に包まれてたわ。すぐに人が来て火を消し始めた。火の手は激しくて、生き残った人は殆どいないと思われた。

 やっと火が消え始めた時にね、私見たのよ……炎の中に人影を。驚いて思わずその方向に走った……。

 そしたら、そこにいたのよ! あなたが捜しているリオディシアが!」


思わず身を乗り出した。耳を疑った。リディがこの街ヴィオレに来た、しかも燃え盛るアポロン家の家に。

なぜここに。どうして。全ての記憶を総動員して考えたが答えなど全く浮かばない。

オズの知る限りでは、この街にリディが来る要素なんてないはずなのだ。


「嘘やろ、何であいつがここに!?」


「本当よ、確かに見たの。薄桃色の髪で蒼い瞳、白いドレス、水晶でできたような羽……あなたが言っていた『リディ』に違いないわよ。

 炎の中で無傷で立っていたわ……誰かと話してるみたいだった。」


「話してた? 他にも誰かいたんか?」


オズは乗り出した体を元に戻した。クローディアは話を続ける。


「ええ、二人くらい。一人は黒髪で白い服の小さな男の子、もう一人はよく見えなかったわ……子供だったことだけ覚えてる。」


「随分曖昧やな。」


「だってまだ火も消えきってなかったしよく見えなかったのよ。」


一度落ち着いてオズは考えた。リディと一緒にいた二人の人物――黒髪の少年の方は心当たりがあった。リディと一緒にいたというのもわからなくはない。

だがもう一人の人物は全く予想がつかない。子供というだけでは手がかりが少なすぎる。

そう考えていると、クローディアが更に話を続けた。


「そしたらあっちが私に気づいたらしくて、三人はすぐにどこかに行ってしまったわ。

 私は三人が居た場所まで行ってみたの。そしたらそこに人が倒れていたのよ。

 その倒れていた人が……ショコラちゃんなのよ。」


オズはまた驚いた。二人の人物と話していたリディの近くにホワイトが倒れていた。

ホワイトはリディと何か関係あるのだろうか。一体リディはアポロン家の屋敷で何をしていたというのだろう。

謎は解けるどころか深まるばかりだった。


「その火事より前の記憶がショコラちゃんには無いの。だからさっきみたいにあの時計台に行きたがるのよ。

 あの時計台はアポロン家の屋敷を改修してできたものだから、記憶の手がかりがあると思っているのね。」


先ほどのホワイトの行動はこれで納得できたが、ショコラ・ホワイトは一体何者で、なぜアポロン家に居たのだろうか。この謎の答えは見つからなかった。

考え得る可能性を頭の中で挙げた後に言った。


「なあ、アポロン家ってのに娘とかって居たんか?」


「いいえ、居ないわ。随分昔に亡くなっているもの。」


「ってことは、ショコラ・ホワイトは……人体実験の被験者の可能性が高いってことか?」


クローディアは静かに頷いた。なるほど、これでクローディアがショコラにとった態度の訳はわかった。人体実験の記憶を思い出しても苦しいだけだろうから、あのようにはねつけたのだろう。

だが、そう納得したところでクローディアはこう言った。


「でも、実験の被験者だとしたらちょっと不自然でもあったのよね。

 普通、実験体にいい食事はまだしもいい服を与えるわけないじゃない? けれどショコラちゃんは見つかった時、栄養状態も問題なし、服も実験体とは思えない高級なものだったの。

 使用人として出入りしているって感じの恰好でもない、立派なドレスを着ていたわ。

 その時見つかった他の被験者と思われる子供は、痩せててボロの服着てた子ばかりだったのに。

 そんな恰好をしているのは貴族の娘くらいだけど、でもアポロン家に娘はいないはずだし……そこのところがよくわからないのよね。

 私があの子を時計台に行かせたくないのは、あの子が何者かわからない以上、記憶を取り戻されたりしたら何が起こるかわからないからというのもあるわ。」


ゼオンの一件の時のあの強さといい、ショコラ・ホワイトには何かありそうだとは思っていたが、まさかこんな謎を抱えているとは思わなかった。

リディと関わりがある可能性がある以上、気をつけておく必要がありそうだ。

そう思った時、急に馬車が止まった。さっきまではるか遠くにあったはずの時計台は気がつくと目の前にあった。


「到着ね、ご苦労様。」


クローディアは細長い包みを持って馬車を降りる。オズとルイーネはクローディアの後に続いた。

遠くで見た時には気づかなかったが、どうもかなり混乱した状況らしかった。

時計台の周りの警備員は慌てて走り回っているし、時計台からは魔物がうようよいる気配がする。

おまけに窓は割れ放題で壁からは太い茨が飛び出していた。


「ここに今ゼオン達がいるのよ。あなたには魔物と敵の始末を手伝ってもらいたいわけ。」


そう言うとクローディアは入り口の前にいる警備員達の方へと向かう。

クローディアの姿を見るなり警備員は青ざめた。それから、クローディアは警備員達ににっこり笑いかけた。


「皆様、ごきげんよう。ちょっと中に用があるのだけど、入れてくださる?」


「ク、ク、クローディア様!? 駄目ですよ、中は今危険です!」


「大丈夫、今日は素晴らしいボディーガードがいるから。私の弟が中にいるの。私心配で心配で……!」


言い方が芝居がかりすぎて吐き気がする。何がボディーガードだ、誰が腹黒令嬢の身など守ってやるかとオズは腹の底で毒を吐いた。

そしてクローディアは笑顔のまま地獄の底のような声で囁く。


「入れてくださるわよね?」


警備員は一斉に道を開けて敬礼した。全員震えたまま声一つあげない。

優雅に中に入っていくクローディアの後をオズとルイーネはついていく。一見内部に異常は無さそうに見えた。

けれど異常は見えなくても気配はあった。侵入者に対する敵意が隠し切れていない。間違いなく無数の魔物が息を潜めてオズ達を狙っている。

オズはルイーネに戦闘体勢の指示をする。どこからともなく数匹のホロが現れた。それからクローディアに尋ねた。


「勝手に俺らをボディーガード扱いしとったけど、お前の護衛までせなあかんのか?」


「あら、その必要は無いわよ。」


それと同時にクローディアは持ってきた細長い包みを開ける。中身を見たオズは苦笑した。さすがこの女はそこらの令嬢とは一味違った。

それは立派なサーベルだった。刃が薄闇の中煌めいている。

ドレス姿でサーベルを構えるクローディアは令嬢というよりむしろ気高い騎士のようだった。


「私が剣一つ扱えないと思って? クロード家の人はみんなやらされるの、自分の身くらい守れるわ。」


「相変わらずたくましい女やな。絶対モテへんで。」


「いいのよ、私はお金と結婚するから。」


普通これを自分で言うだろうか。相変わらず女らしさの欠片もない人だとオズは呆れた。

その時だった。どこかから足音がした。緊張が走る。オズとルイーネとクローディアは辺りを見回す。足音は階段の方からだ。

一歩ずつこちらに近づいてくる。何者かわからない以上、警戒せざるおえない。ルイーネがホロを操り、状況の確認に向かう。

すると、ルイーネの表情が急に明るくなった。


「あ、お二人とも大丈夫ですよ、敵じゃありません! ティーナさん、こっち来てくれますか?」


そして曲がり角からティーナが姿を現した。


「ちょっと、何であんたがいるの?」


オズを見るなりティーナは舌打ちし、嫌悪の感情を剥き出しにしてこちらを睨みつけてきた。


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