第6章:第18話
降り注ぐ矢の雨。それが全て避けきられると吹雪が襲ってくる。そしてその吹雪をかいくぐってノアは刀を手に斬りかかっていく。
しかしその攻撃は盾の魔法で防がれる。その後鎌が襲うがそれもまた外れだ。
スピテルは思った以上に強かった。キラとノアの攻撃をスピテルは涼しい顔して避けて言う。
「君と戦えて光栄です、ノアール・アリア。君はあの三人組の中では一番骨がありそうですしね。」
「僕は光栄でも何でもありません。マスターのご指示ですのでさっさと消えてください。」
「怖いですね。言っておきますが、僕は少なくともエリスよりは強いですよ?」
そう言うとスピテルはノアの後ろに回り込むと黒い翼でノアを弾き飛ばしてしまった。
「ノア君!」
キラが駆け寄る。ノアは少々傷を負っていたがどうにか立ち上がった。
ノアは再び刀を構えるとスピテルに言う。
「お前たちの事は調べさせて頂きました。どうやらアポロン家で働いていた吸血鬼の兄妹だそうですね。
……目的はマスターへの復讐ですか?」
「え、吸血鬼なの!?」
キラは思わず声をあげた。キラはスピテルとエリスは悪魔だと思っていた。
どおりで杖など無しで指パッチンで魔法が使えるわけだ。吸血鬼は魔法を使うのに媒体は要らないからだ。
スピテルは相変わらず口調だけは柔らかに言う。
「まあ確かに目的の一つは復讐ですね。躍起になってるのはどっちかというとエリスだけど。」
「なら妹を連れてさっさとこんな馬鹿なこと止めてください。」
「そういうわけにはいきませんね。僕もクローディア・クロードを恨んでいないわけではありませんし。
それに、あの人の背中の古傷……その存在を証明できれば、たとえあの人が死ななくても、あの人を恨んでいる貴族などに古傷の情報を高く売りつけることができます。そしたらお金になるんですよ。
その為には古傷の情報の確かな証拠が必要でしょう?」
「妹は復讐、兄は金目的ですか? 最低ですね。」
「でしょうね。どうとでも言ってください。」
みんなお金が好きだなあと重い空気には合わないことをキラは思った。
そしてスピテルはまた氷の魔法の呪文を唱え始めようとした時だった。スピテルの表情が急に険しくなり後ろを向く。
そこには鎌を振り下ろす直前のティーナがいた。
「油断大敵だよ、吸血鬼さん。」
スピテルはなんとか横に避けると短い呪文を唱えて氷の魔法でティーナを弾き飛ばす。
だがまた別の声がする。
「そうね、とりあえず背後には気をつけるべきよ。」
スピテルのすぐ後ろ、背中に弓矢を放つ直前のルルカがいた。スピテルは飛んでかわしたが少しだけ矢が翼を掠めた。血が滲んだ翼で部屋中央のガラスケースに降り立つとスピテルは言った。
「流石に四対一は辛いですね。一旦退きましょうか。
もし決着を付けたいようなら、この時計台の最上階に来てくださいますか。」
そしてスピテルは瞬間移動の呪文を唱えてどこかへ行ってしまった。
再び部屋は静まり返る。一時的にだが不穏な気配も消え去り、ようやく一度落ち着いた。
キラはほっとして言う。
「よかったぁ、一体何が起こったかと思ったよ。」
「馬鹿ね、全然よくないわよ。ゼオンの居場所はわからないし、事の元凶の奴はまだ倒せてないのよ?」
ルルカの指摘が痛い。その通りだ。それからルルカは疑うような目でノアに訊いた。
「貴方、今どういう状況なのかとか、あのスピテルって奴が何なのかとか色々知ってそうね。」
「はい、大体のことはマスターから教えてもらい、指示もいただきました。」
「なら、これはゼオンのお姉様の想定内ってことね。貴方はこれからどうするのかしら。」
ノアは刀を鞘から出したままだ。金の瞳を鋭くして言う。
「スピテルを倒しに最上階に行きます。
魔物の大量出現や、あちこちに張られた結界の仕掛けもおそらく最上階にあると思いますので。」
「その証拠は?」
「マスターからの指示で時計台の内部を調べていました。そしたら、最上階にある鐘に巨大な魔法陣が描かれているのを見つけました。
おそらくそれがこの騒動を引き起こした原因です。近くにその魔法陣を守っていると思われる魔物もいましたので。
皆様方はどうしますか?」
キラ達三人は顔を見合わせる。
ゼオンも心配だが、これからスピテルの所に行くノアのことも心配だ。スピテルは強いし魔物だってまだ居る。ノアが一人で相手をするのは辛いだろう。
キラは真っ先に返事を返した。
「あたし、ノア君についていくよ。一人じゃ心配だし、それに最上階にまた魔物がいるわけでしょ?
ゼオンはさ、あいつは強いしなんとかやってるんじゃないかなーって思うんだよね。」
「ありがとうございます。他のお二人はどうしますか? 出来れば片方僕についてきてほしいのですが。
魔法陣の破壊などで、魔法が必要になるかもしれませんので。」
ティーナとルルカはどちらも乗り気ではなさそうだ。二人とも険しい表情で考え込んでいた。先に口を開いたのはティーナだった。
「ルルカさ、キラ達の方行ってくれない? あたし、やっぱゼオンを探しに行きたい。」
「そう言うとは思っていたし、構わないけど……ゼオンの居場所に心当たりあるの?」
ティーナの表情が曇る。もしかして心当たりがあるのだろうか。そう思わせるような表情だった。
「や、そういうわけじゃないんだけどさ。」
ティーナは笑ってそう答えた。曇った表情の訳は話してくれなかった。
とりあえず今後の行動が決まったところでティーナが元気よく言う。
「んじゃあ、俺の嫁はあたしが責任持って探すから。そっちはそっちで頑張ってね、バイバーイ!」
だからゼオンはいつから嫁になったのだろう。そんなことを言う間もなくティーナは迷わずどこかに走っていってしまった。
ティーナが去ってからノアがキラとルルカに言う。
「じゃあ、僕達もそろそろ行きましょう。ついてきてください。」
駆け出すノアの後をキラとルルカはついて行った。
◇ ◇ ◇
対峙するオズとクローディア。二人の間には一枚のチェス盤があった。
緊張と沈黙の中、白と黒の盤上で互いの軍を戦わせる。針が鮮明に時を刻んでいくのにも慣れた頃に遂に声があがった。
「負けた……!」
そう声をあげたのはクローディアだった。その途端、オズは顔にチェス盤を投げつけられた。
「負けたからって投げるなこのドアホ!」
「うるさいわね! あーやだ、こんなガキに負けるなんてこんちきしょー!」
そう言われても勝負なのだから仕方がない。弱かった自分を恨め。
その時、誰かが部屋をノックする音がした。扉を開けるとそこに居たのはルイーネだった。
どうもクローディアの大声が下まで響いたらしかった。
「何事ですか?」
「何でもない、ただの負け惜しみや。」
「黙んなさい! 今日からあんたのご飯はピーマンとニンジンの炊き込みご飯オンリーにしろってシェフに言いつけてやる!」
「お前嫌な奴やな……。」
まるで子供の嫌がらせだ。負け惜しみで人が殺せるのではないかと疑う程の眼差しがオズに向けられた。
仕方がないのでため息をついてからオズは楽しそうに笑ってクローディアに言った。
「ええで、全部ゼオンに押し付けたるから。……あいつが牢獄行きになる前にな。」
クローディアの眉間にはさらに深い怒りの皺が刻まれたが声はピタリと止んだ。弟想いの優しい姉だ。いい人質ができたなとオズは思った。
「オズさん、それはあまりにも大人げないです……。」
ルイーネがそう言ったがオズはたいそう楽しそうに笑っていた。ようやくおとなしくなったクローディアはオズに言った。
「ったく……思いきり弱み握られた気分だわ。ところで、これからちょっと出かけるんだけどついて来てくれない?」
「ええで、さっきの話、してくれるんならな。」
「勿論よ。あ、ルイーネちゃんも来てくれる?」
「私ですか? 構いませんよ。」
オズ達は部屋を出て、クローディアに言われた通り出かける支度をして玄関ホールへと向かった。
ルイーネを連れていくということは戦闘が起こる可能性があるのだろうか。そして一階の玄関ホールにたどり着いた時、後ろから声がした。
「オズさん、どこか出かけるんですか?」
ショコラ・ホワイトの姿があった。相変わらず危機感のかけらもない朗らかな笑顔を浮かべていた。
「ああ、ちょっとな。」
「こんな時間にどこに?」
「どこなんやろ、クローディアに訊いてみんとわからへんな。」
すると急にホワイトの目が先ほどと変わった。オズはそれを見逃さなかった。
クローディアが出かける場所、そこが問題なのだろうか。そうこうしてる内に本人がやってきた。手には何か細長い包みを持っている。
クローディアはホワイトを見るなり少し表情を曇らせた。ホワイトはクローディアに詰め寄って尋ねる。
「どこに行くんですか?」
厄介な人に見つかった。クローディアはそう考えたようだ。
「ショコラちゃんが気にすることじゃないわ。」
「もしかして、時計台ですか?」
もうホワイトは確信しているようだった。クローディアは少し目をそらす。ホワイトは突然クローディアに訴えかけた。
「お願いです、私も連れていってください!」
「駄目よ、あなたは連れていけないわ。」
「どうして……!」
何か訳ありのようだった。いつも陽気でやかましいクローディアがいつになく真剣に黙り込んでいる。
一方のホワイトも険しい表情をしていた。オズと同じ真紅の瞳が恐ろしいくらいの鋭さでクローディアを射抜いている。
だがどうしても譲れないことらしく、クローディアは否定を続けた。
「駄目よ、これだけは。」
「何故ですか、私が見つかった場所だからですか!?」
見つかった、その意味はオズにはわからない。その時クローディアは一度だけこちらを見た。
どうやらオズには聞かれたくない話らしかった。ホワイトは何度でもクローディアに頼み続けた。
応酬はやがて言い争いに近くなる。だが事情を知らないオズはなぜ二人がそんなに必死になるのかわからない。
そしてとうとうクローディアはため息をついた。
「仕方ないわね……。」
「連れて行ってくれるんですか?」
ようやくホワイトが一旦落ち着いたところでクローディアの唇が音もなく動いたのをオズははっきりと見た。
それから、ホワイトにクローディアは笑って言った。
「じゃあ、外に馬車を待たせてあるから行きましょ。」
その瞬間にオズは指をパチンと鳴らして束縛の魔法を発動させた。
ホワイトの足元に魔法陣が出現し、ホワイトは倒れ込んで動かなくなる。……もちろんクローディアの指示だ。
そしてクローディアは素早く使用人を呼び寄せ、ホワイトを連れていくよう指示した後、オズとルイーネを連れて走り出した。
「走るわよ、急いで!」
そしてオズ達は屋敷を飛び出し、外にあった馬車に飛び乗った。
親しい人物相手とは思えないくらいの強引な逃げ方だった。