表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第6章:怪盗幻想シュヴクス・ルージュ
115/169

第6章:第17話

結界の張られた扉を背にしてゼオンは魔物に立ち向かう。出口はすぐそこだが出ることができなければ袋小路と同じだ。

三人の目の前には頭が三つついた狼の魔物。エリスが魔物の背中からゼオン達を見下ろしていた。

先に仕掛けてきたのは魔物の方だった。三つの頭のうちの一つが炎を吐く。前に出たのはジャスミンだった。


「精霊の恩恵を受けし堅き盾よ……我らを守りたまえ……ブクリエ・デュール!」


光の盾が現れ、炎を防ぐ。炎が止んだ瞬間にゼオンは剣を構え飛び出す。

横に滑り込み、魔物の背中にいるエリスに切りかかる。だが相手もそうのろまではないらしく、攻撃はかわされてしまった。ゼオンは一旦相手と距離をとる。するとソレイユがジャスミンに言った。


「おい、お前何で魔物召還しないんだよ!」


「おばかさんだなあ、こんな狭いところで魔物召還しても動きにくくなるだけだよ。」


ジャスミンの言うとおりだった。この通路は狭い。ついでに隠れ場所もなく、長期戦には向かない場所だった。ゼオンはソレイユに言った。


「おいお前、強い魔法は使えるか? この結界をぶち破れるくらいの。」


「おう、俺様が使えないわけねえだろ!」


疑いたくなるのはどうしてだろう。するとジャスミンが言う。


「そこは大丈夫だと思うよ、こいつ魔法の威力だけはあるから。あとは役立たずだけど。」


「う、うるせえ……」


少々不安だったが探偵少年に任せることにした。再び駆け出そうとするゼオンにジャスミンが言う。


「そう言うってことは、ボクは援護をすればいいのかな?」


「別に突っ立ってても構わねえけど。」


これは当分怪盗が捕まることはないだろうなとゼオンは思った。理解が早い。

ゼオンは早速剣を手に飛び出した。それと同時にソレイユの詠唱が始まる。


「地に潜む悪しき魔獣よ……我に力を貸したまえ……」


魔物の頭の一つがまた火を吐く。ゼオンはすぐにそれを避け、後ろに回り込む。


「緋色の力は蒼を制する……蒼は創造……紅は破滅……」


かなり長い詠唱だ。すると今度は別の頭が氷の息を吐き、先ほどの頭がまた炎を吐く。

だがジャスミンの盾の魔法が発動しそれを防いだ。

ソレイユの詠唱はそろそろ終わるだろうか。


「蒼の女神に見初められし罪人の力よ……今ここに……」


まだかよ。たかが結界一つ壊すのに一体どんな大技を使う気だろうか。

そう思った時だった。


「輝け破滅の光よ! リュミルージュ・ディストリュール!」


馬鹿力、その表現がぴったりだった。小さなピストルから放たれたとは思えない強大な力は真っ直ぐ結界へと向かう。

力は弾丸のサイズに集中し、赤い光の筋を描く。結界に無数のひびが入ったかと思うとあっけなく砕け散った。

ソレイユは自慢気に言う。


「どうだあ、ざまあみろ! ほら、さっさと逃げるぞ!」


「あら、それはどうでしょうね……」


エリスが不適な笑みを浮かべた時、結界の切り口が淡く輝き始めた。

泡立つように光の網が通路を覆っていく。覆った後網の隙間を再び光が埋める。そして光が止んだ時、そこには再び結界が張られていた。


「なんだよこれ! 結界復活したぞ……!」


「要するに、あなた方は逃げられないということです。」


エリスの笑い声だ。ゼオンが一度ソレイユ達の所まで退くとジャスミンが訊いた。


「どうしよう。」


「そうだな……素直に助けを待ってろってことかもな。」


ジャスミンは首を傾げた。ソレイユの魔法があっさり結界を砕いたのに復活したところを見ると、力任せでどうにかなる仕組みではないのだろう。

気になるのは結界のことだけではなかった。エリスが無数の魔物をほいほい召還できるのも、12時になった途端に灯りが落ちたりしたのも、何かしかけがありそうだ。

最初におかしなことが起こったのはいつだったか……そう考えたゼオンはジャスミンに訊いた。


「この時計台に鐘ってあるよな。どこにある?」


「鐘? 多分最上階だよ。」


「じゃあその鐘に魔法陣か何か仕掛けられてるかもしれねえ。」


そう、たしか最初に結界が張られたりおかしな呪いなどがかけられたりしたのは12時の鐘が鳴った時だ。からくりの仕掛けは多分鐘にある。


「それじゃこの部屋から出られなきゃ鐘のとこに行けないんじゃない?」


「だから、素直に待ってろってことだよ。」


クローディアがこの事態を予測していないはずがないのだ。だから自分で怪盗を確かめろなんて言い出したのだろう。

多分この事態を乗り切る手をクローディアは打っている。

ゼオンはその手がある程度予想できた。明らかにクローディアの息がかかった存在でありながらまだ姿を現していない人が一人居る。


「あのノアって奴……多分姉貴はあいつにこの状況をどうにかするための指示を出してると思う。

 多分上にいる馬鹿女達を巻き込んでいくだろうからなんとかなるだろ。」


「じゃあ、ボク達はどうすればいいの? のんびり待ってるわけにもいかないよ?」


返事をせずにゼオンは突然魔物に剣で斬りかかった。魔物の首を斬りつけ、そのままゼオンは結界と反対側に回り込む。

逆立つ毛は炎のように揺れ、刃のように魔物の瞳が鋭く光る。

自分に敵意を持つ存在が目の前に居る。この状況に陥った時に何をすれば良いかはとうの昔に理解した。

エリスと魔物がゼオンの側を見た。ゼオンはジャスミンに言った。


「目の前の敵を片づけていればいい話だ。」


「あら、舐められたものですね。お坊ちゃんに負ける気はないのですが。」


エリスが笑いながら魔物に指示を出す。魔物の鋭い眼孔がこちらを睨む。


「俺も失業女に負ける気はねえな。……さっさと来いよ。」


望むところ、とでもいうように魔物が飛びかかってきて、再び火花が散った。



◇ ◇ ◇



12時の鐘の後に灯りが落ちた。すぐに復旧するかと思ったけれど辺りは真っ暗のままだ。

宝石のある広間から追い出されたキラ達は光の無い廊下で立ち尽くしているしかなかった。

本当はすぐにでも宝石の所に行きたかったのだがそうもいかない状況だ。

妙な鳴き声、足音羽音などがそこら中から聞こえる。魔物がいるとキラでさえわかった。

ティーナとルルカは武器を構えて戦闘体勢をとっていた。


「ねぇ、なんか鳴き声とかが……」


「ええ、間違いなく魔物がいるわね……少なくとも二十体以上。」


ルルカは弓矢を構えながら前方を確認する。後方はティーナの担当だ。キラはティーナに訊く。


「ゼオン達はどこに行っちゃったんだろ……」


「……わからないけれど、とりあえず早く見つけて合流した方がいいよ。」


「宝石の所にとりあえず行ってみましょう。何か起こってるかもしれないわ。」


ルルカがそう言った時、宝石のある広間の方から警備員達の悲鳴らしき声が聞こえてきた。

キラ達は急いでそちらに向かう。暗闇で目の前がよく見えないが、とりあえずその場所らしき場所に出た。

ルルカが光の魔法でシャンデリアに再び灯りをつけて辺りを照らす。そこには気絶した警備員達が転がっていた。


「何これ!」


「誰かに気絶させられたんだろうね。怪我はしてないから死にゃあしないよ。それよりも……」


ティーナは天井を見る。天井を這いずり回るような音がする。シャンデリアが震えあがった。

キラは思わず震え上がりそうになった。ティーナとルルカの様子も真剣になる。


「来るわよ!」


その声と共に巨大な薔薇の蔓のようなものが天井を破り、その穴から魔物達が降りてきた。

ティーナとルルカも動き出す。風を纏った鎌と光の弓矢が次々と魔物を倒していく。


「ちょっとキラ、ぼーっとしてると危ないよ?」


そう言われて初めて後ろに既に魔物がいることに気づいた。

とっさに後ろに避けてから杖で魔物の頭を殴る。どうもキラも戦わなければならない状況らしい。

目の前に二体。一匹が飛びかかってくる。キラは杖を魔物の腹にねじ込み、遠くにふっ飛ばし、もう一体の顎を蹴り上げてまた杖でふっ飛ばした。


「ズブの素人じゃなかったのね。」


「これでも婆ちゃんに鍛えられてますからっ!」


ルルカの言葉にキラはそう答えて、自分も戦闘の中に飛び込んでいった。戦いの最中、場違いなくらいに楽しげにティーナが言った。


「わールルカひどーい。そんな倒し方するのー?」


ティーナがからかうような声がしてキラもそちらを見る。ルルカは弓矢で容赦なく魔物の頭を撃ち抜いていった。

当然血が舞い散り、魔物の首や頭に矢が突き刺さっていった。確かに無残な光景だったが、キラはそちらよりもティーナの側の方が見ていられなかった。

ルルカも同じことを思ったようだった。


「よく言うわよ……。普段そんな倒し方してたっけ?」


「そう? なぁんかここだと気分が乗ってね。」


ティーナはいつもと変わらない笑顔で魔物の首を容赦なく刈っていった。

鎌を振る度にひしゃげた魔物の頭はリンゴのように転がっていき、腕や脚は皮一枚でぶら下がり、図体は床に重くのしかかる。ティーナは楽しそうにやっていた。

その姿にキラは少し恐怖を感じた。いつものティーナと同じはずなのにまるで別人のように見える。

ディオンが来てティーナと対立した時、あの時のティーナとどこか似ているように感じた。

急に床から大きな音がし始めた。嫌な感じがする。


「貴女の所よ。」


突如ルルカがキラにそう言った。地面から六本の茨が生え、キラを取り囲んだ。

キラ網の目のように逃げ場を塞ぎながら襲いかかってくる。茨相手に殴ったり蹴ったりしても多分意味がない。

どうしよう、そう思った時だった。目の前を黒い影が掠めた。

それと同時に六本の茨全てが刻み込まれ、バラバラになる。茨を切り刻んだ黒い影がキラの前に降り立つ。


「大丈夫でしたか、皆様方。」


「ノア君!」


黒い耳に銀色の刀、ノアの姿がそこにあった。キラはどうしてノアがここにいるのかわからなかった。

だがまだそのことを尋ねられる状況ではない。魔物は一通り片づいたが、ティーナとルルカはまだ険しい表情のままだ。

いつどこからまた魔物が来るかわからない。窓がカタカタ鳴り、蝶番が一つ壊れて宙ぶらりんになった窓枠が風に揺れていた。

魔物の鳴き声は今のところない。その時、廊下の方で何かが光った気がした。


「伏せて!」


それは氷の魔法だった。全員がその場に伏せ、その魔法はキラ達の頭上すれすれを通り過ぎ、窓ガラスを凍らせる。

キラ達は顔を上げて廊下を見た。足音が聞こえる。だが魔物の足音ではなく靴の音だった。


「さっさと出てきてください、待ちくたびれましたよ……スピテル。」


ノアが刀を構えたままで言う。現れたのは金髪で黒い羽の少年。エリスの兄……スピテルだ。


「こんばんは。お久しぶりですね、ノアール・アリア。

 皆さんも、昨日はエリスが失礼なことを言ってすみませんでした。」


口では穏やかなことを言っているが右手は既に氷の魔法を放つ準備が整っていて、こちらと和やかに話す気は全く無いようだった。どうもスピテルは敵らしい――それだけがわかった。

キラ達も武器を握る力が強くなる。ティーナが敵意たっぷりに言う。


「妹さんはどこ行ったの?」


「エリスなら、皆様のお連れ様のゼオンさんの所です。」


キラとティーナの表情が青ざめる。ゼオンが危ないかもしれない。すぐに廊下へ駆け出そうとした時、ルルカが引き止めた。


「馬鹿ね、ここで行ったら相手の思う壺よ。」


「じゃあどうするの?」


ルルカは弓矢をスピテルに向ける。ノアもいつでも斬りかかれる体勢だ。


「簡単なことよ……目の前の敵を倒す。それだけだわ。」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ