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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第6章:怪盗幻想シュヴクス・ルージュ
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第6章:第16話

魔物のうなり声がする。黒い影が目の前を埋め尽くしていく。

牙と爪が輝き、うなり声が沈黙を乱した。獲物を見る目がゼオン達に集中する。魔物の背に乗ったエリスが満面の笑みでゼオンを見下ろしていた。

戦わずにこの数の魔物から逃げ切るのは不可能だ。だがこの数を相手にしているときりがない。

どうするべきか。その時、ジャスミンが前に出て数枚のタロットカードを取り出して突きつけた。


「そっちが数で勝負なら、こっちも数で勝負だよ!

 古よりアルミナに伝わりし21の力よ……月のアルテミス、正義のジャスティン、戦車のルークを召還……我が意に従い、敵を滅せよ!アプレ・ヴァル!」


呪文と共に三つの魔法陣が現れて輝き出す。そしてジャスミンの前に三体の魔物が現れた。

月の形をした魔物、巨大な剣を持った魔物、巨大な戦車のようなものを操る魔物――どれもそれなりの魔物だと一目でわかった。

さすが街を騒がせてきた怪盗といったところか。どうりでそう簡単に捕まらないわけだとゼオンは納得した。

その時敵の魔物達が襲いかかってきた。ジャスミンの指示でこちら側の魔物も戦い出す。

ゼオン達より遥かに大きな体の魔物達がぶつかり合い、エリスとゼオン達を隔てる壁となった。


「今だよ、行こう!」


ゼオン達は今いる部屋から飛び出した。だが部屋から出てもここがどこだかわからない。

窓が無く、妙にひんやりとした空気が漂う場所だ。壁、天井、どこを見渡しても白以外の色が見当たらない異様な空間だった。

廊下に出ると螺旋階段があった。上と下、両方に階段が伸びている。


「逃げましたよ、追いなさい!」


エリスの乗った魔物が後を追ってくる。とっさに下への階段を降りようとしたソレイユをゼオンは引き止めた。


「待て、上だ。ここ、窓がねえ。もしかしたら地下かもしれねえ。」


ゼオン達は上への階段を駆け上がる。階段は思った以上に長かった。

エリスの乗った魔物もすぐに後を追ってきた。流石に魔物の方が足は速い。追いつかれるのは時間の問題だ。

ゼオン達との距離はどんどん縮まっていく。だが幸い今のところゼオン達を追っているのはエリスが乗った一体だけだ。ジャスミンの魔物が足止めしてくれているのだろう。

だが、もう少しで上の部屋に着くところでエリスがゼオン達に追いついた。するとゼオンは急に向きを変えると、階段の手すりを滑り降りて魔物の後ろに回り込み剣で斬りつけた。

魔物から血が吹き出す。だがまだ魔物は倒れてくれそうにない。

息を荒くし顔に深い皺を寄せて魔物がこちらを向いた。エリスが言う。


「あら、意外とお強いですね。」


「お前、姉貴への恨みって何だ?」


「まあ、気になるんですか?」


クロード家によって追いやられたクローディアがこの街で一体何をしたのか少し気になった。

エリスは急に真面目な顔に変わり、それから話し始めた。


「あたしとお兄様……実は吸血鬼なんです。あたしたちは吸血鬼という理由でエンディルスで迫害を受け、デーヴィアに逃げてきました。」


ゼオンは純粋な吸血鬼を初めて見た。エリスとスピテルはゼオンと同じく、吸血鬼の血を引いたために虐げられた兄妹だったのか。


「この時計台、元は貴族のお屋敷だったんです。アポロン家っていう、アルミナ家と対立していた貴族でした。

 あたしたちは数年前までこのお屋敷の厨房で働いてました。そんな時、あの女がこの街に来たんです。」


エリスはそれからゼオン達がいるこの場所を見回して言った。


「ここ、どこだかわかります?

 人体実験施設ですよ。今はもう使われていませんが。アポロン家は密かにここでおぞましい実験を行っていました。

 それに気づいたあの女がそれをアルミナ家に報告したのです。アルミナ家はそれを国に告げ、アポロン家一族は逮捕されて厳しい罰を受けました。

 屋敷も作り替えられ、公共の美術館になりました。実験施設も封鎖されました。結果としてあの女はアポロン家を潰したのです。」


「……それでどうして姉貴を恨むんだ?」


話を聞くからにエリス達に直接何かをしたわけではなさそうだ。実験施設にしても「おぞましい」と言うあたり実験に賛同してるようにも見えない。

なら、なぜ恨む? するとエリスが怪しく笑い出した。

音程の定まらない笑い声がして首がガクンと傾く。愉しげに笑う目がゼオンを捉えた。

そしてビシィと指差して怒鳴った。


「失業だよ失業ぉぉおおおお! あの女がアポロン家潰したせいであたしら失業したんだよおおおお!」


「そこかよ!」


ソレイユのツッコミが飛んだ。重々しい口調で始まったのに理由は失業か。吸血鬼だの実験施設だのの話に何の意味があったのか。

悲痛でドラマチックな過去が語られるのかと思っていたら失業という妙にリアリティのある単語が飛び出してきて興醒めしてしまった。


「お前、シリアス返せ……」


「うるさい、失業の重大さが金持ち坊ちゃん嬢ちゃんにわかるか!

 失業だよSHI・TU・GYO・U! あの仕事、給料高かったのにこんちきしょおおお!」


壊れた、エリスが完全に壊れた。ゼオンやジャスミンだけでなくソレイユまで呆れ顔だ。ソレイユにまで呆れられては救いようがない。

格差社会に苦しむ庶民の怒りを明らかに間違ったタイミングでぶつけられ、ゼオンは考えた末に相手が黙るのを待つことにした。だがいつまで経ってもエリスは黙らず、綺麗な金髪を台風のように振り回しながら怒り続けていた。

するとジャスミンが言った。


「じゃあ、今おまえニート?」


「違ぇわ、フリーターだぁぁ!」


「ニートとフリーターって大差あるのか?」


「あるわ! ニートは仕事してないがフリーターは定職じゃないものの仕事はしてるという明確な差があるわ!

 これだからガキは! 大体、ニートってったらそこの探偵少年だろが!」


「悪ぃ、俺、裏の顔は闇に紛れる偉大(になる予定)の探偵だけど、表の顔はマジメで律儀な学生なんだ。」


「ちくしょおおおおおおおおお!」


多分正しいのは「学生」の二文字だけだろうが、その二文字さえ正しければニートではないのは確かなので黙っていた。

ゼオンは呆れながら剣を握りなおした。この厳しい世の中で職を失うというのは確かに重大なことなのかもしれないが、失業の憂さ晴らしの為にフルボッコにされたり人の姉を殺されたりするわけにはいかない。

目の前の魔物の刃が鈍く輝く。ゼオンは銀の剣を構えた。ゼオンの様子を見たエリスの表情が再び真剣になる。


「抵抗する気のようですね。ならもう少し追加しましょうか。」


エリスは詠唱の後、指をパチンと鳴らす。それと同時に獲物を求める声が増えた。もう2体魔物がいた。

ここは螺旋階段の途中。正面にエリスと1体、後ろに2体。挟まれた。

ゼオンはエリスより上にいるジャスミンとソレイユに言う。


「お前ら先に上に行って出口を探せ。俺は後から行く。」


「でも……」


「うるさいなさっさと行け、邪魔だ。」


ジャスミンはまだ迷っている。その時、ソレイユがジャスミンの腕を掴んで上へと駆け上がった。


「やられんじゃねえぞ!」


それだけ言い残していった。ソレイユ達が去ってからゼオンは再びエリスを睨む。もういつでも戦える。


「お一人でいいんですか、お坊ちゃん?」


「悪いけど、俺はそこらの坊ちゃんと違って血なまぐさい戦いには慣れてるんだ。」


「なら、手加減はいらないですね……」


後ろの2体が飛びかかってくる。ゼオンがそれをかわすと今度はエリスの乗った魔物が炎を吐く。それをまたゼオンはかわす。

だが螺旋階段の幅は狭い。挟まれたこの状況では避けるスペースも限られてくる。それでもゼオンは全ての攻撃をかわしきった。

けれどゼオンは攻撃に移らなかった。


「魔法を使わないおつもり? いつまで避けきれるでしょうね?」


エリスの魔物が力をためるのが見える。かかった……ゼオンの口元が少し上がる。そしてエリスの魔物から無数の火炎弾が放たれた。

ゼオンは高威力の攻撃が来るのを狙っていた。階段の手すりを滑り降りて2体の後ろに回り込む。そして2体を斬りつけ、頭を蹴り飛ばして炎の方へ押し出した。

火炎弾はゼオンではなく味方の魔物に直撃する。うなり声は悲鳴に変わった。2体は完全に倒れ、残ったのはエリスと1体だけ。ゼオンには傷一つつかなかった。

エリスの顔が怒りで歪む。ゼオンは表情一つ変えずに言った。


「敵が多いなら魔法は温存して当然だろ。」


ゼオンは上を見た。ソレイユ達はもう上に着いたらしい。

相手は一人と一体。下手に相手にするよりさっさと上に行きたいところだ。だが階段を真面目に登っていると時間がかかる。

魔法で空を飛んでもいいが空中戦になるのも面倒だ。その時エリスの魔物に突然翼が生え、空を飛び始めた。


「なら、これなら……!」


魔物が強い光線を放つ。その光線はゼオンが立っている階段を直撃した。

階段はみるみるうちに崩れていく。壊れていく足場。床の破片が暗い底へと落ちていく。このままでは真っ逆様だ。

ゼオンはとっさに剣を鍵爪付きの長いロープに変え、上へと投げる。鍵爪は階段の最上部の手すりにひっかかり、ゼオンが立っていた足場はなくなっていく。

そして足場は完全に崩れ去った。ゼオンはなんとかロープにぶら下がっていた。


「これで終わりです…!」


魔物がロープめがけて火を吐く。ゼオンがロープを杖に戻したのはその時だった。鍵爪が上に引っかかった状態のまま、ロープは一気に短くなり、ゼオンの体も一瞬で階段の最上部まで移動する。

ロープが杖に戻ったときにはゼオンはもう最上部の手すりを掴んでいた。

手すりの中に入り、下にいるエリスを見下ろす。悔しさで燃え上がる瞳が見えた。


「悪いな。」


そう言い捨てて先を急いだ。だが魔物の声は消えず、後から追ってきてるのがわかる。

その時、前方に人影が見えた。


「おい、こっちだ! 出口みつけたぞ!」


ソレイユだ。ゼオンはソレイユについていく。

そしてたどり着いたのは細い廊下の突き当たり。そこにジャスミンもいた。

ジャスミンの向こう側に出口が見える。だが出口の前に結界らしき光の壁があった。


「ここだよ、でも結界が張ってあって……」


その時、魔物の声がゼオン達のすぐ後ろからした。

頭が三つついた魔物がゼオン達を睨みつける。そしてエリスの姿が。追いつかれるのが思った以上に早かった。


「もう逃がしませんよ!」


エリスの合図と共に魔物がまた炎を吐く。もう逃げ場はどこにもない。

どうやら逃げ回って楽をできるのはここまでのようだ。

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