第6章:第15話
手にあのネックレスを持ってこちらを見つめるジャスミンは昨日と雰囲気が全く違う。
明るく元気なお嬢様は今日は悪戯っぽい笑みを浮かべてゼオンを見下ろしていた。
「まさか本当にわかっちゃうとは思わなかったよ。」
「怪盗がお前ってのは割とわかりやすかったよ。探偵少年が怪盗の正体を黙っている理由もノアとソレイユの両方が嘘をつく理由も一つしか思いつかなかったからな。」
そう、怪盗がジャスミンである場合しか有り得ない。仮にノアが怪盗だとしたら多分ソレイユはすぐに怪盗が誰だかゼオン達に話しただろう。
ジャスミンが怪盗だとジャスミンの家族にバレたら重大な問題になる。ジャスミンはアルミナ家の令嬢だ、きっとジャスミンが悲しい思いをする。だから黙っていたのだろう。
ソレイユは頬を赤らめて慌ててジャスミンに言う。
「べ、別に、お前の為に黙ってたわけじゃねえからな!
あの腹黒女に黙ってろって言われただけなんだからな! お、お前なんて俺様一人で捕まえられるから黙ってただけなんだからな! 勘違いすんなよ!」
「へーえ、ありがとさん。ま、おまえみたいな馬鹿に捕まる気はないけどねー。」
ジャスミンはからかうように言った。ゼオンが続けて言う。
「それとお前が怪盗じゃなかったら、お前が姉貴と関わる理由がねえだろ。」
「あっ、確かにそうだね。」
ジャスミン頷いた。特別な理由が無ければ、領主アルミナ家のお嬢様が腹黒女と親しくなるわけないだろう。
全て正解、そう言うように微笑んでジャスミンはポケットからタロットカードのようなものを取り出した。
おそらく、あれがジャスミンの武器だろう。
「答え合わせはそんなところだよ。でもボク怪盗だからさ、正体バレても捕まる気はないからね。」
ソレイユが今度はポケットから小さなピストルを取り出した。
二人はこうして追いかけっこをしてきたのだろう。昼間は友人として過ごしながら。
ジャスミンはタロットカードを突きつけて言った。
「さぁて、この部屋の鍵、開けてくれるかな。開けなかったら武力行使だよ!」
それを聞いたソレイユが首を傾げた。ゼオンも疑問に思った。
部屋に鍵をかけたのはゼオン達ではない。むしろゼオン達は閉じ込められたのだ。鍵をかけたのはジャスミンではないのか。
ソレイユがピストルを下ろした。
「あれ、鍵かけたのお前じゃねえの?」
「え、違うよ? ボクずっとこの部屋に隠れてただけだし。あれ、おまえじゃないの? じゃあ部屋に鍵かけたの誰?」
その時だった。もう一度鐘が鳴り響いた。すると突然部屋の壁が光りだした。光は天井まで覆い尽くしていく。
そして部屋全体を包み込んだところで光は消えた。ゼオンは結界が張られたのだとわかった。ゼオン達三人は完全に閉じ込められた。
一体誰が……そう思った時、ソレイユがこの部屋に来た時のことを思い出した。
あの時ソレイユは後ろへの注意を全く払わなかった。前方ばかり気にしていた。その様子はゼオンには誰かを追っているように見えた。
「お前、どうしてここに来たんだ? ……誰かを追ってきた、とかじゃないか?」
ソレイユがそれを聞いてハッとしてジャスミンに言う。
「そうだ、エリス・フランだ! 俺あの女を追ってきたんだ!ジャスミン、あいつがここに来てるんだよ。多分スピテルもいる……ここ急いで出ねえとやべえぞ!」
ソレイユは慌てて言った。ジャスミンの表情も険しくなる。
『探偵』と自称するソレイユがジャスミンに逃げるように促すのは普通有り得ない。
ということはやはり……
「エリスとスピテル、あの二人が先月の誘拐犯か?」
「そうだよ、あいつらだ。」
その時突然部屋の床全体に魔法陣が浮かび上がった。術者の姿は見えない。ただ、呪文を唱える声だけがする。
「闇を司る悪しき聖霊よ……我が恨みを晴らしたまえ……」
部屋全体に魔法陣が広がっているため避けることができない。そして、術が発動した。
「血の絆よ刃となれ! サガン・ポワゾン!」
狙われたのはジャスミンでもソレイユでもなく、なぜかゼオンだった。
魔法陣は黒く変わり、漆黒の影がゼオンを取り囲んだ。特に痛みは無い。だがどこか嫌な予感がしてゼオンは剣を振るう。
しばらくして、黒い影も魔法陣も消え去った。だが嫌な予感は消えない。その時、ゼオンは左腕に黒い縄状の刻印を見つけた。
予感が現実になる。これは呪いの刻印だった。
「こんばんは、皆さん。」
エリスの声がした。いつの間にかゼオン達の正面に居た。ソレイユとジャスミンが身構える。
「何の用だよ、誘拐犯。またジャスミンを誘拐する気か?」
「あら、そんな小娘もう用はありませんよ。もっと都合がいいのが来てくれましたから。」
そしてエリスはゼオンを見た。なぜゼオンなのか。事情はまだわからないが、よくない状況なのは確かだった。
「お会いできて光栄です、クローディア・クロードの弟さん。まさか弟が来てくれるなんて思いませんでした。」
そしてエリスは勝ち誇ったように怪しげに笑い出した。
「失礼ですがちょっとした呪いをかけさせていただきました。
あなたが負った傷と同じ傷を、あなたの血縁者に与える呪いです…例えば、クローディア・クロードとかね。」
真の狙いはクローディアか。ゼオンは剣を構える。
どうやらゼオン自身に害を与える呪いではないらしい。なら、傷をつけられる前に倒せばいい話だ。
「姉貴に恨みでもあるのか? ジャスミンって奴を誘拐したのも、本当の狙いは姉貴か?」
「ええ、これは復讐なのです。あそこの小娘を誘拐し、あの子が怪盗であの女と繋がってることを明かせば、当然アルミナ家側が怒るでしょう?
アルミナ家はこの街の領主……あの女は然るべき裁きを受けるはず。そう思って先月あの小娘を誘拐しました。
けどあの女の弟が居るとなれば、もう回りくどいことをする必要はありません。
すみませんが、あたしたちの復讐の為に利用されてくださいませ。」
狂気を含んだような目をしてエリスは言う。ゼオンは腕の刻印を見て言った。
「悪いけど、俺と姉貴は異母兄弟だ。血は半分しか繋がってねえけどそれでも呪いは効くのか?」
「ええ、勿論。もし呪いの力が半減するような事があったとしても問題はありません。」
「大した自信だな。俺もむざむざやられる気はねえけど。」
「別にあなたがやられる程の傷をつける必要はありませんよ。
あの女の弱点を調べ上げました。そこを狙えばいいだけです。」
弱点。その言葉を聞いてようやくクローディアが危険だということに気づいた。
その弱点が何だかはすぐにわかった。するとソレイユが訊く。
「腹黒女に弱点あんのか?」
「……ある。姉貴は背中にでかい古傷がある。」
クローディアの背中には七年前のあの事件でゼオンがつけた古傷があるのだ。きっと助からないとゼオンが思っていたほどの傷だ、並みものではないはず。
もしゼオンが背中に攻撃を受けたら同じ傷がクローディアにつくのだ。ゼオンにとってたいしたことがなくても、クローディアにはもし古傷が開いたりしたら致命傷になりかねない。
強く剣を握る。早めにけりをつけるしかなかった。いくら腹黒で金好きでも、クローディアがまた背中に傷を負って倒れているだなんて、七年前の事件の時のような光景をまた見たくはなかった。
ジャスミンとソレイユも武器をエリスに向ける。ジャスミンがエリスに言った。
「今日はスピテルは居ないの? 一人で三人を相手にする気?」
「お兄様は別の場所についておりますので。」
エリスはクスッと笑った。その意味はすぐわかった。
別の場所――おそらく上の階にいるキラ達のもとにスピテルは行ったのだろう。ソレイユがゼオンに言う。
「おい、あいつら大丈夫か?」
「まあ、馬鹿女はともかくティーナとルルカは戦い慣れてるしなんとかなるだろ。」
早くここを脱出してキラ達と合流すべきだろう。だがその考えを断ち切るようにエリスが言った。
「では、闘いにふさわしい場にお連れしましょう。風の聖霊よ……我を導きたまえ……ヴェント・リエゾン!」
強い風が急に吹き荒れ、ゼオン達を呑み込んでいく。瞬間移動の魔法の一種だ。
美術館の景色が白い空間に呑み込まれていく。
抵抗する間もなくあっという間に周りの景色は消え、気がついた時にはゼオン達は違う場所に居た。
そこはもう先ほど居た美術館ではなかった。ここがどこだかはわからない。周りは美術館とは違って装飾も何もない真っ白い壁ばかりだ。
窓一つない場所。棚があり、中にはビーカーやフラスコらしきもの。薬品なども置いてある。分厚い図鑑や、薄っぺらいノート――実験室か何かのようだ。
何もかもが白色で、色の有るものは一切存在しない異様な空間だった。
長い間使われた形跡が無く、ほこりが積もっていた。開きっぱなしの扉が一つあり、そこから奥へ続いているようだった。
「どこだここ……? 美術館じゃねえみたいだけど。」
ソレイユが呟く。現在地がわからないのはよくない。場所を確かめる必要がある。
その時だった。恐ろしいうなり声がいくつも聞こえてきた。ゼオン達三人は体勢を整える。
ジャスミンの後ろに黒い影が見えた。
「後ろ!」
黒い影の攻撃をジャスミンは素早く避ける。その時影の正体が見えた。
それは頭が三つついた狼の魔物だった。そしてその背中にエリスが乗っている。
「この子達がお相手します。お手柔らかにお願いしますね。」
そう言ってエリスがパチンと指を鳴らすと、エリスの背後にどこからか十数体の魔物が現れた。
どの魔物も体格は大きめで簡単に片づけられる雑魚とは思えない。
逃げ場はなく、ここがどこかもわからず、呪いをかけられ、ジャスミンとソレイユの二人と閉じ込められて目の前には魔物の大群。状況はかなり悪かった。
「さあ、覚悟してくださいませ!」
エリスの声と共に魔物達はゼオン達に襲いかかってきた。