第6章:第14話
鮮やかな色彩で描かれた絵画、生きた人をそのまま形にしたような彫刻、さすがは怪盗が狙うくらいの美術館だ。
外見とは逆に美術館の中は割とシンプルな造りで、そこにある美術品の数々がより魅力的に見える。
警戒態勢万全の美術館の中を警備員に連れられてキラ達は中に入っていく。廊下を歩いていき、受付らしき場所に出た時、警備員ではなく美術館の職員らしき人物の姿が見えた。
その人物はキラ達が会ったことがある人物だった。
「あら皆さん、こんばんは!」
「あ! たしか……エリスちゃんだよね?」
「はい、またお会いしましたね。」
それは警察署でキラ達が出会ったエリスだった。そういえばエリスとスピテルは美術館で働いていると言っていた。
警備員がキラ達に訊く。
「お知り合いですか?」
「はい。」
「じゃあ話が早いですね。」
警備員はエリスに事情を説明し始めた。それを聞いたエリスは納得した様子でキラ達を見る。
「話はわかりました。この先はあたしがご案内いたします。ついてきてくださいな。」
「ありがとう。あ、そういえば今日はお兄さんは?」
「お兄様は別の場所についています。」
へぇと納得してキラ達はエリスについて行く。その時後ろでゼオンの声がした。
「どうかしたか?」
振り向くとソレイユだけ立ち止まってついてきていなかった。
顔面蒼白でエリスを見つめていた。
「どうかしました?」
「……いや、何でもねえ。」
少し疑問に思ったがキラ達は再び歩き出し、美術館の奥へと向かった。
案内された場所にあったものはルビー、サファイア、エメラルド等、たくさんの宝石やアクセサリーだった。
見るからに価値がありそうな、大きくて綺麗な宝石ばかり。ガラスの展示ケースが宝石箱のように見えた。
キラとティーナはガラスケースに顔を押し付けた。田舎者のキラはこんな宝石見たことない。
「主に過去に王室の方々が使われていたものでございます。それで、今回狙われている品があちらになります。」
エリスが指差した方向には無数の警備員。その警備員たちの真ん中にガラスケースがあり、その中に目当てのものが飾られていた。
まるで月そのもののようだった。光り輝く大粒のダイヤモンドをいくつもあしらった首飾りがそこに飾られていた。
ダイヤモンドの周りには小粒の真珠があり、きらびやかな金のチェーン。
キラとティーナは更に眼を輝かせる。さすが美術館。あんなに美しく輝く物があるのならそりゃ怪盗だって狙うわけだ。
こんな美術館に現れて宝石かっさらっていくとは怪盗らしい。
「では、あたしは他の仕事がありますのでこれで失礼いたします。」
エリスは丁寧にお辞儀して去っていった。
見送った後先に進もうとネックレスの方を向いた時にゼオンと肩がぶつかった。
ゼオンは「悪い」とそっけなく言ってキラに背を向けた。
キラ達が迷わずそのネックレスの方へ向かおうとした。すると当然警備員たちに阻まれた。
これではネックレスに近づけない。警備員たちはキラ達を睨みつけた。
「何だお前たちは。どうして子供なんかが入ってこれたんだ?
こっちは警備で忙しいんだ。もうあと数分で怪盗が来るんだから。」
キラは時計を見た。11時56分。怪盗が来るまであと少しだ。
「子供はさっさと帰れ帰れ!」
「何さ、あたし達は正式に許可されて入ってきたんだからね!
いいか野郎共! ここにおられるゼオン様は……って、あれ?」
ティーナが変な声を出した。キラもすぐに何故だかわかった。
ゼオンがいない。ゼオンだけではなくソレイユもいなかった。いるのはキラとティーナとルルカ三人だけ。
さっきまで二人ともキラ達と一緒にいたのに、少し戻って探してみても二人はどこにもいない。
「どこ行っちゃったの……?」
怪盗が現れるまであと四分。何故だか嫌な予感がした。
◇ ◇ ◇
物音一つたてず、息を殺して後を追った。曲がり角などに身を隠しながら行くが、相手は後ろを振り返る様子すらない。余程慌てているらしい。そうゼオンは思った。
杖を剣に変え、眼を鋭くし、進んでいく。視線の先にはソレイユの姿があった。
展示室に着いてエリスが去った途端、急にソレイユが黙ってゼオン達のもとから去ったのだ。すかさず後を追ったためこんな状況だ。
ソレイユは展示室の裏の扉を通り、従業員用の通路を走り抜けて、階段を下りていく。ゼオンも気づかれないように後を追った。
階段を下りた所で急にソレイユが立ち止まり、ゼオンも様子をうかがう。ソレイユは曲がり角の先の様子を確認し、再び走り出す。ゼオンもまた後を追う。
ゼオンは時計をチラリと見た。11時58分。あと二分だ。その時ソレイユが立ち止まった。ある扉を開いたまま、棒立ちになって動かない。
その先の部屋に入ろうとしたソレイユの後ろにゼオンはつき、ポンと肩を叩いた。
「何やってんだ、ストーカー少年。」
「ストーカーじゃぬぅえええ!……って何でお前ついて来てるんだよ!」
「お前が突然どっかに行ったから追ってきただけだ。」
「う……。くそ、何でよりによってお前なんだよ。」
その言葉が引っかかった。ゼオンでなければ問題ではないのだろうか。
それからソレイユが部屋の中央を指差した。
「そうだ……あれ、上の階にあったやつじゃないか?」
絵画ばかりある展示室の真ん中にガラスケースが一つ。絵画の部屋に一つだけアクセサリーなんて妙だ。
しかもソレイユの言う通り、上にあったネックレスと全く同じ物だ。大粒のダイヤモンド、上品に光る真珠、金色のチェーン。
ゼオンは今目の前にある物が本物であり、上にあるネックレスは偽物だと気づいた。
昔クロード家で色んな宝石は見てきたので本物と偽物の違いはすぐにわかった。
問題は、なぜ本物がこんな所にあるかということだ。ソレイユは部屋の中に入り、ガラスケースに近づく。
「何でこんな所に?」
その時だった。重々しい鐘が鳴り響く。12時の合図――その途端、美術館内全ての灯りが消え、辺りは真っ暗になり、視界が利かなくなった。
そして同時にゼオンは後ろから何者かの気配を感じ、反射的に剣を振った。相手が一歩下がるのを感じる。
暗闇の中、刃物の煌めきが見え、それを避けるようにゼオンも部屋に足を踏み入れた。
途端にゼオン達が入ってきた扉が閉まり、鍵がかかる音がする。部屋に緊張が走る。
「なっ、何なんだよ!」
ソレイユの声。その時、中央のガラスケースが割れる音がした。振り向いた時にはもう遅く、箱の中にもうネックレスはない。だがまだ気配はある。犯人は逃げていない。
ゼオンは光の魔法を発動させ、灯りの消えたシャンデリアに再び灯りを灯した。
再び部屋の中が明るくなる。だが中の様子は先ほどと違った。割れたガラスケースの向こう側、誰かが立っていた。
その誰かは振り返り、ゼオンを見る。鮮血のような紅い髪、紅い瞳の少年だった。左手にはあのネックレス。正にシュヴクス・ルージュ…紅い髪という名に相応しい人物だったがこんな人物は見たことがない。
「うお、出たな怪盗!」
横にいるソレイユが怒鳴る。怪盗と呼ばれた紅い髪の少年はソレイユを完全無視してゼオンの方を見た。
「はじめまして、だね。」
ゼオンは鼻で笑ってやろうかとさえ思った。随分白々しい嘘をつくものだ。昨日会ったばかりだというのに。
ゼオンは本物の紅い眼で少年を睨みつけて言った。
「いいや、こんばんはだ、シュヴクス・ルージュ……いや、たしかジャスミン・L・アルミナって名前だったな。」
少年の紅い眼が一瞬大きく見開く。そして無邪気に笑った。
「どうしてそう思うんだい?」
ゼオンは自分の予想を話し始める。
「先月の誘拐事件、どうやってジャスミンって奴を誘拐したのか不思議だったんだよ。どうやって結界の警報を鳴らさずに誘拐したんだろう……ってな。
あの裏門、試しに馬鹿女を一度外に出してみたら、外から中に入ろうとすると警報が鳴ったけど、内側から外に出る時は出ようが鍵をいじろうが警報は鳴らなかった。
自分から結界の外に出て、屋敷の外で誘拐されたなら、警報は絶対鳴らねえ。
ジャスミンは怪盗として宝を盗むために12時より前に裏門を出た。それで、12時になる直前に誘拐されたんだ。
その日宝が盗まれたのは、怪盗側にアクシデントがあったことに気づかれないように誘拐犯が盗んだんだろ。
ノアと探偵少年は多分元からジャスミンが怪盗だと知ってて、その時誘拐されたこともわかったんだろうな。探偵少年だけじゃなくてノアも多分怪盗の予告場所に居たんだ。
それで二人でジャスミンを探すことにして、ジャスミンが誘拐されたことをあいつの家の奴にわからせる為に、探偵少年があいつの家に行って、裏門の警報を石でも投げてわざと鳴らした。それが12時ちょうどだった。……わざと12時に合わせた可能性もあるけどな。
それからノアとソレイユの二人がジャスミンを探して取り返し、ジャスミンは『屋敷から』誘拐されたことにして口裏を合わせた。」
「すっごい大胆な予想だな。全然違う、別人だって言ったら、何て返す?」
ゼオンは一冊のノートを取り出した。それはジャスミンの家でティーナがじっと見ていた古い破れかけのノートだった。
「これ、さっきジャスミンの家から借りてきた。でもこれ、ジャスミン本人のじゃないみたいだな。
シュヴクス・ルージュって怪盗は元は数百年前に出没していた怪盗のことだったって聞いた。これ、その昔いた怪盗のノートだ。
お前はこのノートを見つけて、昔の怪盗を真似て怪盗シュヴクス・ルージュになった。理由は、孤児院への多額の寄付のため。
俺の予想はこんなとこだけど、違うか?」
ゼオンはそう言って少年の目を見る。紅の髪の少年は、しばらくゼオンの目を見つめた後、ニコリと笑った。
「おめでとう、大当たりだよ。」
途端に少年を強い光が包み込んだ。光の強さに目がくらむ。
そして光が消え去った時、そこにいた人物は紅髪の少年ではなかった。
黄緑色の髪の毛、黄金色の瞳の少女がそこに立っている。手にあのネックレスを持ってこちらを見ていた。
怪盗シュヴクス・ルージュ……それはジャスミンのことだった。