第6章:第11話
「海だー海だあっ!」
キラの明るい声が海岸に響き渡った。
海に来るのは初めてだ。キラは嬉しくてブーツを脱いで浜辺をはだしで駆け回る。時折冷たい水が足にかかるのが気持ちがいい。
ここは海岸近くの公園。どうやらここで誘拐されたジャスミンが見つかったらしいと聞いたのでやってきたのだが、キラは情報収集そっちのけで海岸で遊びまわっていた。
キラが海岸を走っていると、急にティーナがニヤニヤしながらやってきた。どうしたのだろうとキラが首を傾げると、ティーナは突然水をかけてきた。
「やったな、このー!」
「へへーん……あっ、そっちこそー!」
キラもやり返し、水のかけ合いに発展した。行き先に海があるって知っていたなら海で遊ぶ用意もできたのになとキラは少し残念に思った。
しばらくティーナと水をかけあって遊んだ後、どうせならゼオンとルルカにもかけてやろうと思って辺りを見回した。
だが近くにゼオン達はいない。どこに行ったのかなとブーツを履いて探し回ってみると、公園のベンチでゼオンとルルカが仏頂面して座っているのを見つけた。
キラは少し怒って言った。
「何で急にどっか行っちゃうのさ!」
「この年になって浜辺で水のかけあいなんかにつきあってられないわ。」
「チビなのは身長だけじゃなくて精神年齢もかよ、馬鹿女。」
キラはぶーっと膨れて怒ったが二人とも無視していた。海に来たら水のかけあいっこがお約束なのだ。……来たのは今日が初めてだけど。
「ティーナもなんとか言ってよ!」
「いや、あたしはゼオンがいれば何も問題ないから。」
そうだこういう奴だった。ティーナは目をキラキラさせながらゼオンの横についた。
あっという間に三対一だ。なんの争いだかわからないけれど三対一だ。
キラはまたぶーっと膨れた。
「もう、海で遊ぶんじゃなかったらこれから何するの?」
「ゼオンどうするの?」
「確かに、どうするつもり?」
「特に考えてなかったな。知りたいことは大体わかったし。」
キラはこけそうになった。考えてないくせに何を言うんだ。
「じゃあ、そこに行く。」
ゼオンが指差した方にはこの街にしては割と質素で、けれど大きな建物があった。十字架のマークがかかっている辺り教会か何かだろうか。
「あれ何だろう……?」
「行くの? なんで?」
「情報収集。」
ゼオンは頷いた。ティーナどころかルルカまで文句無しといった様子だ。二人のゼオンへのこの信頼は一体どこから来るのだろうか。
そしてどこからこの怪盗調査へのやる気が出てきたのだろう。後で絶対聞き出してやる。キラはそう思いながらゼオン達の後をついていった。
◇ ◇ ◇
そこは教会だった。小さな聖堂があり、十字架がかかっている。質素だけれど品のある綺麗な教会だ。
そして教会と一緒に何か大きな施設が併設されていた。何やらたくさんの子供がいる。どの子供も痩せていたり、顔や体に傷があったり、どう見ても恵まれているとは言い難い様子だった。
キラにはどうしてゼオンが急にこの場所に来たのかわからなかった。わからなかったが特に聞こうとも思わなかった。どうせ勘と言われるに決まってる。
キラ達は近くにいたシスターから話を聞いた。
「すみません、ここは教会ですか?」
「はい、そうですよ。あちらの施設は孤児院です。ところでどちら様ですか?」
「クローディア様の弟君のゼオン様と愉快な仲間達だ!」
ティーナがまたあの紋章を見せつけた。飽きないんだろうか。
するとシスターの表情がぱあっと明るくなった。この街に来てから初めての反応だ。
それからシスターはゼオンにお辞儀をして言った。
「弟さんですか。クローディア様にはいつも大変お世話になっています。
クローディア様のおかげで今まで何人の子供達が救われたことか……」
「ちょっと待ってください。姉が何かしたんですか?」
ゼオンが尋ねる。シスターは笑顔で答えた。
「はい、クローディア様はここの孤児院によく寄付をしてくださいます。
それもかなりの金額で、おかげで子供達に今までよりいい服や食べ物をあげられるようになりました。」
キラ達は顔を見合わせた。ゼオンはどうやら何か怪しいと睨んだようだった。
確かにお金大好きなクローディアが自分から寄付なんてするとは思えない。
ゼオンがクローディアから借りたと思われるメモから、ソレイユ、ジャスミン、ノアの写真を出してシスターに尋ねた。
「この三人の中でこの教会に来たことがある人はいますか?」
「ジャスミン様とノア様はよくいらっしゃいます。赤髪の子は見たことありませんね。」
ソレイユ以外の二人は来たことがあるということか。
「わかりました、ありがとうございます。」
「いえいえ。こちらこそクローディア様によろしくお伝えください。」
そう言ってシスターは去っていった。ルルカが言った。
「あのお姉さんが自分から寄付するなんて有り得ないわよね?」
「ああ、多分怪盗と取引してるんだろうな。
怪盗が盗んだ物を金に変えて、姉貴の名前で孤児院に寄付する代わりに金の一部を姉貴が貰う……ってとこだろ。」
「となると、やっぱりこの孤児院に来たことがある二人は怪しいかな? ジャスミンちゃんとノア君。」
「そうだな……。」
「でもやっぱり探偵少年も怪しいと思うわよ。」
「うーん、確かに。結局みんな怪しいってわけかー。」
三人は誰が怪盗か、手がかりはなどと話し始め、またキラにはついていけない世界になっていった。
キラはしばらく迷ってから、遂にこう言った。
「あのーすっごく空気読まない質問してもいい?」
三人とも喋るのを止めてこちらを見た。
「何で三人ともそんなに頑張ってるの? ありがたいんだけど、このクイズ出されたのはあたしなのに不思議だなあって……」
それを言った時のルルカとゼオンの目つきが怖かった。二人ともキラから目を逸らしながら言う。
「別にそんなことないわよ、馬鹿じゃないの?」
「ただの暇つぶしだって言っただろ、余計なこと訊くな馬鹿女。」
こんなところでひねくれ根性を見せてないで理由を答えてくれ。気になる。
そもそもキラよりゼオンやルルカがやる気あるという状況が気持ち悪い。
するとティーナがニヤニヤしながら横目でルルカを見た。
「ルルカは何でだか大体わかるよねー。
ルルカは思いっきり反乱止めたい派だもんねー。反乱派の情報は気になるよねぇー。」
「黙りなさい、いつ私がそんなこと……」
「おやぁ、おかしいなー。キラの記憶の封印云々の時もゼオンが村を出るかもって時もルルカはやけに活動的だったよなぁー。
いっつもクールなルルカちゃぁんがさあ。なんでだろうねぇ?」
「さあね、教える必要は無いでしょう。」
「そっかぁ、残念だなあ。あたしはてっきりウィゼートの国王様となんか関係あるのかなーなぁんて思ったんだけど。」
その時のルルカの反応は明らかに不自然だった。ティーナの言葉には答えずに異様な位に鋭い眼でティーナを睨んでいた。
「別に、サバト…さんとは関係ないわ。」
「おやぁ、関係ない王様にさん付け?」
ルルカが言葉に詰まって少し慌てる。ティーナが楽しそうに笑い出した。
「ティーナちゃんに嘘は通用しませんぜ、ひっひっひ。
ウィゼートの国王様が殺されるのがそんなに嫌ですかい、ルールカちゃあーん……いったあ!痛い痛い!やめてよ!」
ルルカは珍しくムキになってティーナの腹に膝蹴りを何発も入れていた。
普段冷静なルルカがこうも感情を露わにするのを見たのは初めてかもしれない。キラは次にティーナに言った。
「じゃあティーナはどうして?」
「あたし? だってえ、我が嫁のゼオンがやる気なら、やるっきゃないじゃん?」
いつからゼオンは嫁になった。せめて婿の間違いじゃないのだろうか。
ゼオンも同じことを言いたそうな顔をしていたが言ったところでティーナが聞くわけがなかった。
その後ティーナはこう付け足した。
「……ってのが一つで、もう一つは、怪盗自体にちょっと興味があってね。」
そう言って急に真面目な顔をした。ティーナが怪盗に興味があったとは知らなかった。
ティーナはそれ以上のことは言わなかった。それから最後にキラはゼオンを見た。
「じゃあゼオンはどうし……あっ!」
キラが尋ねる前にゼオンは教会を出ていってしまった。
キラはしばらく唖然としていたがすぐに後を追いかける。逃げた、これは明らかに逃げた。
そんなに言いたくない理由って何だろうか。余計に気になった。
「ばかばか、無視するなあ!」
「うるさい、帰る。」
「黙んないもん、なんで、どうして教えてくれないの?」
「誰が馬鹿女なんかに言うかよ。」
「馬鹿女言うなー!」
こんな言い争いをしながらキラ達はまた屋敷に帰っていった。
未だにキラはどうしてゼオンが今回はやる気があるのかよくわからない。
キラは前ばかり見て、逃げるゼオンを追いかけ続けた。