第6章:第3話
「珍しく嘘つかなかったわね。間違いなくヴィオレだわ。」
ルルカがオズに言った。オズはとても胡散臭い笑顔で答えた。
「失礼やなあ、俺はいつでも嘘偽りの一切無い真実のみを語る男やで?」
「……それが嘘だろ。」
ゼオンが呟き、全員ため息をついた。ホワイトだけはきょとんとした顔で首を傾げていたが。
石で舗装された広い通りを歩いていくと、一際大きな建物が姿を表した。だが貴族の家とは違って余計な飾りはない。入り口には何人もの警官が立っていた。
警察関連の建物だろう。警官たちは落ち着きなくあっちこっち行ったり来たり。慌てているように見えるが何かあったのだろうか。
キラ達は傍に行って話を聞いてみた。
「何かあったんですか?」
「例の怪盗から予告状が来たらしいんだよ! 明後日の夜、今度は時計台美術館らしい。」
怪盗という言葉にキラ達は首を傾げた。今時そんな人が本当にいるだなんて信じられなかった。
いたずらの間違いではないだろうか。キラ達は顔を見合わせたが詳細を知っている人は居ないように見えた。
だが警官はキラ達に構っていられないといった様子だった。
「あんたたちも泥棒には気をつけな、じゃあな!」
そう言って警官は行ってしまった。
怪盗が現れるだなんて本当だろうか。悪戯に決まっていると馬鹿にしている警官は一人もいなかった。
例の……ということは前にもそんな怪盗が出たのかな、とキラが思っていると、オズが言った。
「ほら、さっさと行こ。怪盗がどうのこうのっちゅうのは着いてから訊いたってええやろ。」
確かにそれはその通りだ。荷物もあるから、先にそれを置いてしまった方がいい。キラ達はオズについて行って街の奥へと向かった。
そしてたどりついたのは広い住宅街だった。住宅街といっても並んでいるのは一般庶民の家ではない。どこもかしこも見たことのないくらいの豪邸ばかりだ。
キラはぽかんと口を開けながらついていくしかなかった。一体どんな金持ちの家に行く気だろう。ますますその知り合いがどんな人なのか気になった。
すると突然目の前にキラ達の身長を軽く超える巨大な門が姿を現した。金銀が輝き、豪華な装飾がたくさん。門の向こう側にはバラ園が広がっていて屋敷の姿は遠すぎて見えない。
屋敷を取り囲む白い外壁の終わりは見えず、正門の両端には制服を着た警備員が騎士の如く立っていた。
王様でも住んでいるのではと疑うくらいの豪邸だった。キラは唖然として呟いた。
「凄すぎる……。」
「そう? 普通よ?」
元王女のルルカはさらっとそう言った。キラとティーナは顔をしわくちゃにゆがませてルルカを睨んだ。
するとホワイトが柔らかく笑って言った。
「さあ到着よ。みんなご苦労様。」
「えええ、知り合いの家ってこの豪邸!?」
キラの叫びを華麗にスルーしてホワイトは警備員に何か言い始めた。追い返されないかキラはびくびくしていたが、警備員の一人が魔法で中に連絡を取りはじめた。
ホワイトは振り返ってキラ達に笑ってピースした。どうやら話がついたらしい。しばらく待っていれば門が開くらしかった。
するとゼオンが急に呟いた。
「嫌な予感がする……。」
怖いことを言うなよと思う。そう思った時、急に門が一瞬光ったかと思うと警備員が門を開いた。
「皆様、結界は解除されましたのでどうぞお通りください。」
そして警備員によってキラ達は中に案内された。バラ園の中を屋敷へと進んでいく。
ようやく見えてきた屋敷をキラは言葉を失った。財と富の結集という言葉が似合う、豪華絢爛な屋敷だった。村一番のペルシアの家よりもずっと大きく、この敷地内に村がすっぽり入ってしまうのではないのかと疑う位の広さだった。結界まで張ってあったようだし。
「結界って何で張ってあるのかな?」
「金持ちの家には大抵張ってあるよ? 防犯用に。」
ティーナがそう答えた。その時、屋敷からキラ達の方に誰かがやってくるのが見えた。一人は派手なドレスを身に纏った美しい女性。もう一人は黒髪の少し背の低めの獣人の少年だ。
キラは獣人族を初めて見た。猫耳と尻尾がついている。執事のような服装で腰に刀をさしていた。女性のは茶髪で翡翠色の瞳の美人だった。どうやら女性の方がご主人様のようだ。
キラは首を傾げた。あの女性と似たような人をどこかで見たような気がする。その時キラはゼオンの様子を全く見ていなかった。
二人はキラ達の前まで行くと、女性の方がオズとホワイトに言った。
「久しぶりね、ショコラちゃん、オズ!」
「お久しぶりです、クローディアさん!」
「久しぶりやな。ああそうや、あいつ……連れてきてやったで?」
オズはゼオンを指差した。
ゼオンは驚愕の表情を浮かべていた。そして急にクローディアを睨みつけた。
「何がクローディアだ……」
何が起こったのか理解できないキラは首を傾げた。クローディアはにっこり笑って言った。
「久しぶりね、ゼオン。」
「何が久しぶりだ……何でお前がオズの知り合いなんだよ、姉貴!」
キラ達から驚きの声があがり、作戦成功とでもいうようにオズとホワイトが遠くでにやにやしていた。
キラ改めてクローディアをじっと見つめた。言われてみれば目つきなどがどことなくゼオンやディオンに似ているような気がした。
そう、オズとホワイトの知り合いのクローディアとは、ゼオンの姉、シャロンのことだった。
◇ ◇ ◇
「どうぞゆっくりなさって。長時間汽車に乗ってたから疲れたでしょう?」
クローディアはキラ達を屋敷の応接間に入れた。
屋敷の中も外観に負けず劣らずの豪華さだ。光輝くシャンデリア、壁に掛けられた絵画。今座っている椅子だって今までにないくらいふかふか柔らかかった。
さすが貴族の家だ。物珍しくてきょろきょろ中を見回していると獣人の少年がキラにお茶を出した。
キラはその少年を見つめた。見たところキラ達より幼いように見える。格好からしてどうやら執事のようだがどうしてそんな少年が執事として働いているのだろうか。
するとクローディアが笑った。
「そういえばその子の紹介がまだだったわね。ノア、自己紹介してさしあげて。」
するとノアと呼ばれた獣人の少年は年に似合わないくらい丁寧にお辞儀をした。
「はじめまして、ノアール・アリアといいます。」
「私の執事兼護衛なのよ。可愛いでしょう? ノアと呼んでちょうだい。」
兼護衛という言葉に少し首を傾げたが、ノアの腰にある刀を見て納得した。
するとルルカがノアに尋ねた。
「どうしてこんな年の子が、しかも獣人の子が執事を?」
それはキラも気になったことだった。クローディアは少し躊躇したが、ノアの方が自分から言った。
「僕は元はウィゼートの出身でしたが獣人への迫害のために逃げてきました。
そこで生活していく術もなくさまよっていたところをクローディア様が拾ってくださったのです。」
獣人への迫害の言葉にキラは少し震え上がった。そういえばサラが共に復讐を企てている相手は迫害された獣人たちと言っていた。サラのことを思い出して少しだけカップを持つ手が震えた。
するとゼオンがいい加減聞かなければ気が済まないというようにわざと音を立ててカップを置いた。
刃のような鈍い光をまとった目でクローディアを見るゼオンがいる。そういえばゼオンはお姉さんとは未だ気まずい状態のままだということを思い出した。
「いい加減答えろ。どうしてこんなところに居……」
その時ドアをノックする音がしてゼオンの声は遮られてしまった。ますますゼオンが不機嫌になったところに使用人が一人入ってきてクローディアに言った。
「クローディア様、ジャスミン様がお見えです。」
「あら、どうぞ通して。」
話を完全にそらされたゼオンはふてくされていた。
「ゼオン、なんか今回色々かわいそう……。」
「まあ、ディオンの件の時はカッコえーとこやったからー、たまにはこういうことがあってもええやろー。」
ゼオン達を脅したくせによく言うよとキラはオズを白い目で見た。
その時、再び扉が開いて一人の悪魔の少女が姿を現した。髪は黄緑、瞳は琥珀色で、活発そうな可愛らしい顔立ちの子だった。
その少女が姿を現すと急にノアの耳と尻尾がピンと立った。少女はクローディアに言った。
「クローディアさんこんにちは! あれ……?」
少女は部屋を見回し、キラ達の姿を見つけると、少し驚いたようだったが丁寧にお辞儀をした。
「そっか、今日はお客さんがいるんだっけ?
はじめまして、ボクはジャスミン・L・アルミナですっ!」
ジャスミンの登場にキラ達の殆どはよろしくと言い返したり会釈したりして特に変わった様子は見せなかった。
だが、他愛のない会話の最中、疲れたため息がキラの耳に入ってきた。キラはゼオンに言う。
「またため息?」
「どうかしたか?」
「ため息つくのが聞こえたからまたかって……。」
「……? 俺はついてないけど。」
「え?」
キラは部屋を見回した。一瞬だけ感じた陰鬱の影は和やかな空気にかき消されて見えなくなった。