No.3 プロジェクト77
『柊さぁん。なにか喋りましょうよぉ』
「……君は楽観的だな。状況が怖くないのか?」
『いえ、怖いですけど……柊さんが来て安心しました! 誰かがいるって、こんなにも心強いんっすね』
「ならばいいけれど」
地下へ進む階段を見つけた柊は、優雅に足音を立て、下の階へ降りていく。
光の届かない地下は、真っ暗に包まれていた。柊が再びスイッチを見つけると、あっさりと電源が付く。
「……そういえば天野君は、電気無しでどうやって来たんだい。電源がついていないから、君は真っ暗の中を進んだってことになるぞ」
『……あぁ、持ってきた携帯式ライトを使ったんです! というか、電源装置があったんっすね。気づかなかったっす』
「君は本当に不注意だな」
雑談を交えながら、柊は地下室を見渡した。
壁がところどころ割れて、瓦礫が積み重なっている場所がある。扉は鍵が掛かっている場所が多いが、半壊しており、殆ど意味を成してなかった。
「実験施設なのだから、そろそろ実験器具などが散らばっててもおかしくないはずだ」
『そういえばオレが来たとき、その奥の部屋の方に、フラスコとか置いてあるのを見ましたよ!』
「おや、そうか。ボクも見に行ってみるよ」
柊は「第1実験室」と書かれた扉を、そっと開いた。
「おっと……」
その景色を視界に入れ、柊は思わず声を出してしまう。
――そこにあったのは、フラスコや試験管だけでなく、大抵の研究では使わないような器具ばかりだった。
虫が集る、赤い液体の入ったフラスコを陳列させた棚。
ベルト付きのベッド。床に散乱した、刃物やピンセットの数々。
まるで腐った肉のような臭いが充満している。柊は鼻を手で押さえながら、低い声で呻いた。
「これは酷いな……。研究所というより、手術室のような、それでいて不自然な……。ここで何が行われていたかは、想像したくもない」
べったりとした冷汗が、皮膚から勝手に染み出てくる。
生理的な嫌気がした。ずっとこの場所にとどまっていれば、吐き気がこみ上げてきそうだ。
『同感っす。オレがいるベガ機関がこんなことしていたなんて、絶対に許せない……』
通信機の向こうから、悔しそうな声が聞こえてくる。
それを聞き、柊は静かにつぶやいた。
「……わかってる。ボクも、人の尊厳を傷つけることは許せないよ」
『柊さん……』
「ボクは好奇心でここに来た。一体何が行われていたか……。でもボクは、人体実験を良いものとは思わない。必ず詳細を暴いて、告発してやる」
もちろんその中には、出世したいだとか、怪奇現象を探りたい私欲が含まれている。だがそれでも、人体実験などという、非人道的行為を肯定することは決してない。
柊は部屋の奥へ踏み込み、さらに探索した。
「具体的に何が行われていたか、決定的になる資料はないのか……?」
すると、水道のそばに、何枚かの書類が散らばっているのを見つけた。
試しに近づいてみると、殆どの紙はカビや汚れが付き、まともに読めなくなっている。
しかし、ファイルに挟んであった一枚の書類は、10年経った今でも読解が可能だった。
「これは……」
柊はその紙に顔を近づけ、細かい文字を視界に入れていく。
【報告書:プロジェクト77について】
20XX年 5/18(月)
ベガ機関・毒成分融合部が昨晩、興味深い発見を得た。
自然界に生息するキノコ類の中で、おそらく最も危険性の高いと言われるドクツルタケの毒素を、人体実験に使用することができないかということだった。
ドクツルタケが持つアマトキシンという毒素は、通常では肝臓や腎臓と言った、身体の内部を破壊する危険な作用を持つ。しかし彼らの研究結果では、特殊な成分を含んだ薬品と融合させることで、人体の遺伝子に驚異的な影響を与える物質を生み出せるようだ。
にわかに信じられぬ内容だ。しかし実のところ、人体の「可能性」を追究するこのプロジェクトは現在、殆ど進展がない。幾度も人体実験を試みたが、無駄な死体を出すだけ。いわば詰み状態にあるのだ。
そのような状況下で得られた情報がこれだ。頼みの綱とでも表そうか。無駄にはせず、どうにか有効活用をしていきたい。
追伸 6/27(土)
研究の進捗と長期に渡る議論の結果、7月7日(火)の0:00より、人間の体内に融合した毒素を注入する実験「プロジェクト77」を決行することが確定した。
実行日がちょうど七夕で、研究所の創設日と同じ。だから、実験名も「77」なのだ。
「……」
『柊さん? なにを読んでるんですか?』
「……いや、きっとこれが、具体的に行われた人体実験なのだろう」
柊は、報告書に書かれた内容を鋭く睨んだ。
「ドクツルタケの成分を、人体実験に使用……か。おぞましいが、興味は湧く。一体、どんな薬品を使ったのか? そして人体にどんな影響を及ぼすものなのか?」
『……柊さん。その内容だったらオレ、さっき別の資料を拾いました』
「なんだって?」
柊は驚くような声を上げる。
しかしその声色には、淡い期待の思いも込められていた。
『オレが見つけたのは、7月7日の……ちょうど、その”プロジェクト77”が行われた日のものっす』
「どんなことが書いてあったんだ?」
『この資料はあまり詳しく書かれてないんですが……どうやら、このプロジェクトは成功したっぽいっすよ』
柊は手元にある資料を見ながら、天野の話を聞いた。
『7歳の少女に物質を投与した結果、少女の細胞の構成が変化したって。自分の意思で、体の一部の遺伝子を変えられる生物が誕生したらしいっす』
「細胞変化が可能……」
『ドクツルタケの胞子を自分で生成し、操れるんですって! ヤバいっすね。キノコを量産できるじゃないっすか』
その言葉を聞き、柊は研究所に来る前に見た、ある現象を思い出す。
――彼が進む先に、ドクツルタケが大量発生していた事態。
(まさか、その少女とやらが……? いやいや、あり得ないな)
その少女がつくられたのは、10年も前の話。
かつて起きた事故で、その少女もいなくなっているだろう。おそらく。
『実験成功日が7月7日でしたから、その少女の番号は”被験体77”になったそうです』
「……なるほど? 他に情報はないのか?」
『いえ、オレの手元には特にぃ……。それより柊さん』
天野は緊張した空気感を壊し、嘆くような声を出した。
『早く来てほしいっすよぉ! オレ、こんな場所に一人じゃ心細いっす!』
「待ってくれよ……。ボクはもともと、人体実験の内容を調べに来たんだから。暴露する材料を……」
そう言いかけながら、柊はある重大な事実に気が付いた。
……今話している天野は、ベガ機関の人物だ。
もし柊が七夕研究所の悪事を告発すれば、ベガ機関の研究員たちは全員、タダでは済まないだろう。たとえ10年前では無関係な人たちでさえ、責任を負わされるかもしれない。
だとすると、天野は――
柊は、気まずそうに言う。
「……ボクが暴露したら、ベガ機関である君の立場が危ないかもしれない」
『えっ? そんなの気にしなくていいっすよ! だってオレには関係ないことなんで!』
「……はっ?」
『え、あっ、いや。関係なくはないですけどー。ほら、オレは大丈夫っすよ。ベガでの仕事をクビにされたら、他の職でも探すんで!』
「……?」
柊は首を傾げる。
今の職を失うことに対し、危機感が全くない。他に稼げる方法を持っているのだろうか?
「……まぁ。君が問題ないのならいいのだが」
『それより! 早くもっと地下へ来てください。監視カメラがあちこちにあって、あなたの姿が見えてるんっす。オレがいるのはその階じゃないっすよ!』
「わかったから。少し待っていてくれよ」
柊はため息をつき、書類を白衣の内側ポケットにしまった。
荒れ果てた実験室を後にし、再び階段へ戻る。
『あぁ……柊さんが来てくれるの、楽しみだなぁ……』
「……楽しみ?」
『……だって、救われるから! あはは!』
「……」
なんだか情緒がおかしなヤツだ。ストレスに振り回され、明るく振る舞わないと自己を保てない領域に入っているのかもしれない。
そう解釈し、柊は天野に優し気な口調で言った。
「大丈夫か、天野?」
『……えっ?』
「明らかに精神状態が異常だぞ。安心すると良い。君は一人じゃない」
『……やめてくださいよぉ、惚れちゃうじゃないっすか。オレは大丈夫です! 食料は尽きかけで厳しいっすけど、心は元気です!』
通信機の奥から、はつらつとした元気のよい声が聞こえてくる。
柊はわずかに微笑し、さらに深い地下へと足を進ませるのだった。




