第五部
お別れの日、乙姫は小太郎に向き直り、そっと両手で小さな木箱を差し出した。
「これでお別れですが、私からの贈り物を受け取ってください」
箱の中には、手のひらに収まるほどの小さな鏡が入っていた。
枠には細やかな模様が彫られ、光を受けるたびに虹色の輝きを放った。
「あなたの村には、このような鏡はまだありません。これを持ち帰れば、あなたのお話も、少しは信じてもらえることでしょう」
小太郎は深く頭を下げ、乙姫や竜宮城で出会った者たちに別れを告げた。
カーメンに案内され、再び巨大な亀の口へと入る。
亀の口が閉じ、次の瞬間には、もう竜宮城の姿はどこにもなく、小太郎は出会ったあの日の浜辺に降り立っていた。
浜辺で別れの抱擁を交わすと、カーメンは静かに言った。
「小太郎さん、どうかお元気で。僕もとても楽しかった。またいつか……」
そして、小太郎が瞬きをしている間に、亀の姿はどこかへ消えていた。
耳にさざ波の音が戻り、潮の匂いが鼻をくすぐった。
小太郎は、自分が若かったころの記憶が、ゆっくりと胸に戻ってくるのを感じた。
- 村への帰還 -
まず自分の家を探したが、そこはもう朽ち果て、壁も屋根も崩れ落ちていた。
小太郎は村主の家を訪ねた。
村長は小太郎の名を聞くと、目を丸くして驚いた。
「まさか……あの小太郎さんが……!」
村長は幼いころ、勘太にいじめられていた時に、何度も小太郎に助けられたことを覚えていたのだ。
村長は小太郎を温かく迎え入れ、死ぬまで面倒を見ると約束してくれた。
- 語り継がれる物語 -
小太郎が語る竜宮城の話は、誰にも理解されなかった。
それでも村長は、小太郎の話を村人に語り継ぐことを約束した。
小太郎が乙姫からもらった鏡を差し出すと、村長は目を輝かせた。
「これは……まるで宝のようだ。村の宝として、大切に守らせてもらいます」
小太郎は村に戻ってから十年も経たないうちに病に伏し、静かに息を引き取った。
病に伏してからも、村のみんなもいつかはそんな暮らしができるようになるのだと、何度も何度も竜宮城での夢物語を語っていたという。
村長は、小太郎に姓がなかったことを惜しみ、
自分と同じ「浦島」という姓を与え、名も「太郎」と改めて、
「浦島太郎」としてささやかな葬儀を執り行った。
そして、小太郎の墓標を、海が見える小高い丘の上に建てたという。




