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第四部

ある朝、小太郎はふと鏡をのぞき込み、そこに映る自分の姿に息をのんだ。

髪はすっかり白くなり、頬はこけ、背も少し丸くなっていた。

竜宮城での暮らしはあまりにも快適で、時の流れを忘れていたが、確かに長い年月が過ぎていた。

その瞬間、小太郎の胸に、ひとつの思いがよぎった。

――自分は、このままここで死んでよいのだろうか。

村に残してきた人々は、今どんな暮らしをしているのだろう。

相変わらず粗末な食事に耐え、寒さに震え、日の出とともに海へ出て、夜は疲れ果てて眠るだけの生活を続けているのだろうか。

自分だけがこの贅沢な世界で遊び、何も残さず死んでいくことが、果たして正しいのだろうか。

小太郎は数日間、深く考え続けた。

そして、ひとつの答えにたどり着いた。


-乙姫への願い-

小太郎は乙姫のもとを訪れ、静かに頭を下げた。

「乙姫様。思い返せば、村で貧しい暮らしをしていた私を招いてくださり、こんなにも贅沢な日々を与えてくださったこと、本当に感謝しております。

気がつけば私は、もうすっかり老人です。あと十年も生きられないかもしれません。

私は、この残された命で、どうしてもやり遂げたいことがあるのです。

どうか……私を村へ帰していただけませんか」

乙姫はまったく想像していなかった小太郎の言葉に驚き、しばらく言葉を失った。

やがて静かに、小さく震える声で口を開いた。

「村へ帰るということが、どういう意味を持つか……わかっていらっしゃるのですか?

あなたさえ望めば、何度でも生まれ変わり、またここでの生活を楽しむことができるのですよ」

小太郎は、若いころと変わらぬ穏やかな笑顔で答えた。

「はい。村での生活がどれほど苦しいものだったか、忘れたわけではありません。

ですが私は、ここで教わったこと、経験したことを、村の人たちに伝えたいのです。

何よりいつか村の人たちも、こんな快適な暮らしができるほどに進歩できることを知らせたい。

誰も飢えず、誰も寒さに震えず、安らかに眠れる日が来るように……その希望を運びたいのです」

乙姫は小さく首を振った。

「あなたの話に、誰も耳を貸さないかもしれませんよ」

「それでも構いません。

私の話は、今の村人にはまったく理解できないでしょう。

ですが、何年も、何十年も後に生まれてくる人たちは、少しずつ進歩していくはずです。

その時こそ、私の体験が“人間の歩むべき道”を示す手がかりになるかもしれません。

どうか……語り継がれる物語として残したいのです」

小太郎の言葉は、静かだが揺るぎなかった。

乙姫はしばらく小太郎を見つめていたが、やがて深くうなずいた。

「……わかりました。

あなた様がそこまでお考えなら、あなたのご意思のとおりにいたしましょう。

そして、もしもいつかあなた様が生まれ変わることがあれば……どうか、また私を訪ねてくださいませ。

私は、いつまでもお待ちしております。

ご自分の快楽よりも、村人や、遠い未来の人々を思いやるあなたは……なんとお優しい方なのでしょう」

乙姫の頬を、大粒の真珠のような涙が次々と伝い落ちた。

気づけば、小太郎の目からも静かに涙がこぼれていた。

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