第4話 はじめての街、オンディア港
ここオンディア港は、小さいながらも港町として栄えていた。
石畳、白い壁、海の匂い、人の声。
市場の賑わい、焼き菓子や魚の香ばしい匂い。
(あの角にあるのは、香水のお店かしら?)
私はワクワクする気持ちを抑えようと、大きく深呼吸をした。
「大きなカジキが上がったんだって! 行ってみようよ!」
私の横を、子供たちが楽しそうに、港へ続く横道の階段を駆けていく。
建物はすべて白を基調に彩られていて、海の青とのコントラストが美しい。
優しい海風に、ヒゲがそよいだ。
景色に見惚れていると、風に煽られてフードがはためく。
慌てて両手で押さえた。
「はい、どいたどいた! 怪我人が通るから、道を開けてくんなー!」
後ろから、担がれた人がやってきた。
道ゆく人々は壁際へと避け、道を譲る。
私も同じように脇へ避け、彼らを見送った。
(そうだ。ついていってみましょう)
きっと病院か、医者のところへ向かっているはず。
私の記憶喪失も、この姿のことも、もしかしたら診てもらえるかもしれない。
「どうも、ありがとうございました」
腕を吊り、肩を支えられていた人が出てきた。
どうやら、ここが診療所のようだ。
入口のドアに手をかける。
ガチャリ。
私が開ける前にノブが動き、中からふくよかな女性が出てきた。
「あら、ごめんなさいね。ちょっと待って。
ニコラさーん! お釣り、忘れてますよー!」
少し先を歩いていた、ニコラと呼ばれた男性が立ち止まる。
女性は小走りで追いつき、お釣りを渡すと、にこやかに微笑んで戻ってきた。
「患者さんですか? 入られます?」
「あ、いえ、その……結構です! すみませんっ」
フードを押さえて俯きながら、私は早足でその場を離れた。
そこで、大事なことに気づいた。
街へ出たら、何をするにも――お金が必要なのだ。
◇◇◇
どうしたものか。
街の外れにある公園で、海を眺めながらため息をつく。
先ほどまで希望に満ち、輝いて見えた街が、今は拒まれているように感じられた。
「美味しいドーナツはいかが?」
「宿をお探しの方はいないかい?」
「今ならサービスで一個おまけするよー!」
私にとっては、まるで蜃気楼のようだ。
やっと、暖かく柔らかなベッドで眠れると思ったのに……。
(いやいや、こんなことで挫けてはダメ!)
ポフポフと頬を叩き、自分を奮い立たせる。
食料だって自分で取れるし、寝床だって今まで野宿できていたのだから。
私にも、家族や友人がいたはずだ。
きっと、みんな探してくれているのではないだろうか。
そう思うと、少しでも手がかりを求めて動こうという気力が湧いてきた。
「高いっ! ちょいと、このレモン、高すぎやしないか?
前の倍くらいするじゃないか!」
八百屋の前で、料理人らしき客が大声を張り上げた。
「いやいや、果樹園に行くのも命懸けになってるんだよ」
八百屋の店主が、奥から出てくる。
「彗星が落ちただろ? あの後から、人や動物を襲う魔物が、たくさん湧いて出てるらしいんだ」
「そりゃ厄介だな。警備隊はどうしてるんだ?」
「街の入口付近の警護だけで、手一杯なんだろう」
「こんなに食材が値上がりしたら、うちの店はやっていけない」
「う~ん、うちだって困ってるんだ。
皆で金を出し合って、ギルドに依頼するか……」
魔物というのは、私を襲ってきた、角の生えたあれのことだろうか。
思い出してゾッとし、身震いしながら八百屋の前を後にした。
しばらく街を歩き、街の人々の声に耳を傾けてみるのもいいかもしれない。
少し進むと、行列のできている露店があった。
『魔法札販売所』
「魔物避けのお札、あるよー!」
元気よく、少年が呼び込みをしている。
「本当に魔物から守ってくれるの?」
「昨日は西の森に出たらしいよ」
「怖いわ~、どんな姿なのかしら」
「ないよりマシだな」
「気持ちのお守りに、私は買っておくわ」
魔物の影響で商売がうまくいかない店もあれば、
ここぞとばかりに商品を売りさばく店もあるようだ。
「迷い猫が帰ってくるお札、あるかしら?」
老婆が、少年に声をかける。
「おばあちゃんちの猫、いなくなったの?」
「三日前から、消えちゃったのよ」
しょんぼりと、老婆はうなだれた。
「それなら、ギルドの『探し物』の掲示板に書き込んだほうが、確実かもよ」
「あら、そうなの?」
「配達依頼とかで、街中を歩き回ってる連中が、
ついでに見つけてくれるかもしれないし。
もしダメだったら、うちのお札を買えばいいよ」
「なるほどね!」
老婆は嬉しそうに手を打ち、その場を去っていった。
(なるほどね!)
私も、心の中で手を打つ。
ギルドへ行けば、何か情報があるかもしれない。
私は老婆の消えた人混みの方へ、歩みを進めた。
人混みの向こうに、ひときわ人が集まる建物が見えた。
あれが――ギルド。
ここなら、この姿になった理由も、帰る手がかりも、見つかるかもしれない。




