第3話 旅商人と幻覚毒キノコ
護衛は嫌な予感がして、スプーンを持つ手を止めた。
「まずいな」
隣の男の高く掲げた包丁を、俊敏な動きで叩き落とすと後ろ手に縛り上げた。
そのまま、喚く相手を木にロープで固定する。
雇い主は目に見えぬ相手と会話し、従者は犬の真似をしながら走り回っている。
「わーい、虹だ〜!」
振り返ると、子供が夜の森の奥へ、フラフラと消えようとしていた。
急いで捕まえ小脇に抱えて走り、荷台の衣装箱に入れて閉じ込める。
「チッ、俺もか」
最後に自分の両手を、ロープで荷台に結びつけた。
◇ ◇ ◇
私は自分の名前すら思い出せない状態にうんざりしながらも、街を目指して歩き続けていた。
街に出たら、なにか手掛かりが見つかるかもしれない。
街道は目立つので、敢えて少し離れた森の中を道に沿って移動していた。
(人だわ! 面倒だから、見つからないようにしましょう)
私は茂みの中に身を潜めて、しばらく様子を伺うことにした。
見つかれば、狩の対象にされたり、人語を話すと分かれば見世物小屋ということも考えられる。
木にもたれかかった人影だが、何か様子がおかしい。
ぴくりとも動かないのだ。恐る恐る顔を出して様子を伺うと、なぜか周りに人が倒れていた。
(えぇーと。これは、どういう状況?)
鍋の蓋とスプーンを握りしめたままの人。
頭に籠を被った御者らしき人。
木に縛られている人。
焚き火はすでに消えていた。
「ま、まさか……し、し、し、死ん」
その時、籠の中からうめき声がした。
「だ、誰かいるのか……」
「よかった!」
ほっと胸を撫で下ろす。
転がった鍋の中身を見て、私は気づいた。
(幻覚毒キノコ……!)
食べた者は幻覚が消えた後、体は麻痺して、いずれ昏睡状態となる。
「ちょっと待っててくださいね!」
私はハムスターの姿だった事を忘れて、声を上げた。
ぷっと吹き出すような仕草をすると、ほお袋から薬草が現れた。
ほお袋は植物系の物だったら、ある程度詰め込んで持ち運べるようだった。
すり鉢を見つけ、刻んだ薬草を数種類すり潰す。
「これを飲んでください。頑張って、口を開けて」
「うっ、まずっ……ゲホゲホッ」
「すみません!」
反射的に謝ってしまった。
ちょっぴり舐めてみると、口の中に広がる強烈な苦味と青臭さ。
そしてカメムシの匂いがした。
これはキツイ。
「少ししたら気分も良くなると思いますから。」
「はぁ、はぁ、こ……も……」
「え?なんですか?」
周囲にはお椀やスプーン、おもちゃなど、積荷の一部が散乱している。
「もしかして、子供が?」
周囲を見渡すと、薮の向こうに荷馬車がもう一台見えた。
あっちにいるのかも。
「はわわわっ」
荷馬車の陰にいた男性につまづいた。
首をうなだれ、腕を荷台に繋がれた状態で気を失っていた。
「いたたた……」
ーー子供は。
荷台の衣装箱を見て、私は駆け上り蓋を開けた。
◇ ◇ ◇
「このタイプは初めてみるなぁ……」
一人が護衛の後ろに隠れながら言う。
「昔、南の港で見た獣人に似てるな。モフモフだ」
「害はないのか?」
護衛は武器に手を伸ばしながら警戒を怠らない。
起き上がれるようになった従者たちが、遠巻きに囁き合っている。
助け出した子供は、幸いな事にキノコ鍋を少量しか食べていなかった。
しかし、その分意識がしっかりしているので、不味い薬を拒否していた。
「ニック。わがまま言ってはダメだ。ちゃんと薬を飲んでくれ」
商人は息子をなだめて、薬を飲まそうとして四苦八苦している。
「いやぁ、嫌がるのも無理ない味だよこれは」
「死んだ人間も生き返りそうな味だったし」
大人たちが口々に不味さを称える。
私は手早くリンゴのすりおろした物を煮詰める。
そこにネバルの実を餅状にして薬草を包んだ物を、ひと匙づつ入れていく。
ネバルの実は、火を通すとプルプルになるのだ。
(自然と体が動くのは、お料理が趣味だったのかしら?)
「召し上がれ〜。これで子供でも食べやすくなったはずです」
トロミが出たのを確認して、お椀に注いで差し出す。
「うう……苦っ……く、ない! 甘い!」
先程まですぐに吐き出していた少年は、パクパクと口に入れた。
「おおぉ」と大人たちが歓声を上げる。
「あの不味い薬を。どれどれ……本当だ!!」
「みなさんお腹空いてるようなので、良ければこちらの果物とかもどうぞ」
私は少し誇らしいような、照れくさいような気持ちになった。
「盗賊に襲われ逃げたが、食料が尽きてしまって……
仕方なく生えてたキノコを鍋にしたら幻覚が見え始めてこの様です。あなたがいなかったらどうなっていたか」
商人は子供の背を撫でながら、何度も感謝を述べた。
「何かお礼に積荷にある物を1つどうですか?
と言っても殆ど盗賊に奪われたので、そんなに物はないのですが」
「いえいえ、そんな。それよりも、一番近い街の場所を教えていただけませんか?」
「街に行くのですか?その姿で?」
やはりこの姿は異質な存在のようだ。
「我々は旅商人でいろんな国に行ったら……まぁ、いろんな人いますからね。多少は慣れちゃおります」
商人は荷台の中からゴソゴソと、子供用の外套を引っ張り出す。
「そうだな、うちの子に買ってたんけど、これを被るといいと思います」
「まぁ! ありがとうございます!」
彼らは街道の分かれ道のところまで、一緒に乗せてくれた。
「ハムスターさん、ありがとう」
子供がはにかみながら、手を振ってくれた。
私も大きく手を振りかえす。
丘を越えたら、これから向かう街が、見下ろす先に広がっていた。
白い壁の家々が、日差しを受けて斜面に連なり、港を囲むよう息づいている。
青い海はきらめき、風に運ばれた鐘の音が、遠くからでもその存在を告げていた。
私はウキウキとした気持ちが先立って、この時はまだ、この街で起こることを想像してもいなかった。




