9.ポンチョとショール
お店では大きなポンチョを買ってもらいました。ポンチョというのはショールに帽子とボタンがついたもののようです。最初お店の方は親切に子供用のものを見せようとしてくれましたが、姐さまはそれを無視して紳士用の棚に直行しました。姐さまは本当に誰のいうことも聞かず、いくつかの品を私に当てがった後、黒くて重いポンチョを選びました。私はポンチョという名を初めて知りました。
「これは小雨も防げる頑丈なものです。お嬢さんには重かろうと思いますよ。」
心配顔の店員さんに面倒臭そうに手を振って、姐さまはお金を払いました。横目で見たお金の束に私は目玉が飛び出そうでした。
「姐さま、私は寒くありません。」
そうやんわりと止めるよう進言したかったのですが、口元までショールをきつく巻き付けられそれ以上は言葉になりませんでした。その後ポンチョを頭から被せられその重さによろめきました。
「じゃあ貰ってくよ。」
姐さまは私の肩を押して店の外に出るように促しました。私はよろける様に外に出て、先ほどより寒くないことに気が付きました。
「姐さま、これ、暖かいです。」
口元からショールを下ろして言うと姐さまはニィっと笑いました。
「そうだろう。…きっとあんたの役に立つ。」
そうして後ろで心配そうにこちらを見ている店員さんに会釈し私達は家に帰りました。家に帰るとすぐ姐さまは「おっと、夕飯の買い物を忘れたよ。」なんて言って一人で出て言ってしまいました。姐さまの気遣いは独特です。今日は姐さまの知り合いがいない通りや店を選んでくれたようです。趣旨はよくわかりませんが、悪意はないと信じられます。
私は重いポンチョを脱いで部屋の隅にあった衣紋掛けに掛けてみました。袖がないのでなんだか変です。そしてショールを脱ぎ、少し考えて丁寧に畳みました。きっと姐さまはこのショールを日常使いすればよいと言うでしょう。確かに家の中でもちょっと寒い時なんかに重宝することは分かりきっています。でも私は、このショールを先生に見せたくありません。このショールを久しぶりに見た先生の顔を、見たくありません。
米を洗って水に浸し、米の研ぎ汁で建具を磨いていると姐さまが帰って来ました。
「あんたは馬鹿みたいによく働くねぇ。」
姐さまの口からは少しお酒の匂いがしました。
「馬鹿とは心外です。」
「おや、言い返すようになったね。いい子だ。」
頭を撫でられるとなんだか誇らしい気持ちになります。口答えをすれば殴られて当然なのに。ここでは生意気なことが褒められる気がします。
「雑巾なんか置いてあたしとここでゴロゴロしようよ。お手玉とかおはじきとか色々買ってきたんだ。」
「姐さま、あまり無駄遣いしては…」
「いいんだよ。先生はもう使えない金だ。あんたはこういう遊びはしたことあるかい?」
「お手玉なら…昔ですけど…」
しゃらんとした小さな袋を握ると一瞬で遠い昔の事が思い出されました。あれはお正月だったのでしょうか。みんな綺麗な着物を着て、楽しそうで…涙が出そうになったので慌てて鼻を啜りました。
「どうでしょう。オカメならできるかもしれませんね。」
私は精一杯笑ってお手玉を投げ始めましたがすぐに落としてしまいました。惨めなものです。道化にもなりきれないとは。
「…あの家で楽しい事もあったかい?」
「もちろんです。昔は父さまのご商売も上手くいっていて、母さまの家から援助もあって穏やかに暮らしていました。…なにが切っ掛けだったのかまだ幼かった私にはわかりませんでしたが、少しずつ色々なことが悪くなっていったのです…」
父さまが商売で大損をだしたこと、母さまの両親が相次いでなくなり援助も贔屓もなくなったこと、父さまに新しい恋人ができてまるで本妻のように振る舞い始めたこと。母さまと一緒に家に置いて頂けるよう頭を下げ続けたこと。
様々なことが泡のように浮かんでは消えていきました。後にも残ったのは、漬物石のような私だけ。
「母さまが、可哀想です。私さえいなければ、あの家を出て先生の元に来られたかもしれないのに…」
「そうかもしれないね。でも必至に娘をかばいながら生きた親をそんな風にいうのは横柄が過ぎるよ。」
「申し訳、ございません。」
「あんたはそうやってすぐ謝るけど、本当の意味で謝ってなんかいないんだろう?あんたはまだ悲しい以外を知らないんだ。謝って謝って大風から逃れようとしているだけだ。」
姐さまの言うことは途中からわからなくなりました。私はまだ人様からあれこれ言われるような大層な人生は生きていないと思います。私のことなど捨て置いてほしいと思いましたが、この家を離れるのは嫌です。だから私は黙って頭を下げました。すると同時にこめかみがキリリと痛みました。
『おたふくみたいな顔してるくせに、ちっとも笑えねぇんだよ!』
父さまから聞いた最後の言葉です。人様を笑わせることも親に孝行することも出来ず、私はなぜここに居るのでしょう。
「顔を上げな。…あんたは、人の役に立ちたいかい?」
私は顔を上げてはいと答えました。姐さまは「そうか」と言ってどこかへ行ってしまいました。
私は一人お手玉の練習を続けました。人の役に立つって、いったいどういうことなのでしょう。




