表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タマと赤いきつね  作者: 紫藤しと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/12

7.先生の昔話

「ちょっと昔話をしてもいいかな。」

 先生の声に私は顔を上げました。先生は無精髭をなでながら話し始めました。


 君のお母さんのふくはね、少し引っ込み思案な所がある子だった。特に一人で歩いていると、その、顔のことでからかわれることも多かったようで、家でずっと本を読んでいるような子供だった。子供とは思えないほど物知りでね、特に外国の空想小説が好きだったようだ。僕が外国語を勉強しているって言ったら色々奇想天外なことを聞かれたよ。外国の指抜きとはどんな形なのかとかさ…僕はそもそも日本の指抜きだって知らなかったのに。タマは知ってるかな、日本のものは指輪型だろ?外国だとお椀型のものがあるんだ。

 …僕はふくのご両親に昔からよくして頂いていてね、あるとき相談されたんだ。ふくに学問の道に進ませるのはどうかってね。僕は女学校までで止めておいた方がいいって言ったよ。繊細なふくに大学は耐えられないだろうって。でも本当は、彼女は文学の世界で素晴らしい研究者になれるとも思っていた。勉強熱心で感受性豊かで粘り強い子だったけらね。それても、大学という墓所は女には向いていない所なんだよ。

 僕は当時すでに教員で何人かの女生徒を見ていた。遊び半分の者もいれば、田舎から死ぬ覚悟で出てきた者もいた。てもどんな人でも…一年経たずに潰されてしまうんだ。心を病んで死んでしまった人もいる。単純なことなんだ、彼女たちは大学内でいつも監視され失敗を願われていた。ある時は急ぎで先生が呼んでいると言われ、走っていると足を差し出されて転ばされ笑われる。もちろん誰も彼女を待ってなどいない。授業日時の変更なんかも彼女たちには隠される…

 以前、高名な政治家の孫娘が入学したことがあったんだ。僕は彼女に大いに期待した。彼女の祖父の影響力を考えれば迂闊に嫌がらせはできないだろうし、なにより大変気の強い子だったからね。彼女であれば変なやっかみに負けず卒業してくれるんじゃないかと思った。でも結局一年もたたずに退学してしまった。最後に明るく退学の挨拶されてね、僕はつい恨み言を言ってしまったんだ。そしたら物凄い目で睨まれたよ。「先生にはわからない」ってね。後にも先にも女性からあんな目で見られたのは初めてだよ。そこで気づいた。今の大学は女にとって味方のいない戦場のようなものらしい。後ろ盾や負けん気がいくらあっても駄目なのだと。…僕はふくをそんな所に誘うことはできないよ。

 てもこれっておかしなことだろう?知りたいことを知りたいと思うことに性別は関係ないはずた。知への好奇心を、向上心を、他者の悪意によって妨げられるのはおかしい。しかし人の認知や行動を第三者が変えるのは容易ではない。たから私は法律を変えたいんだ。法律は国の規律だ。規律に従っていればいずれ意識も変わるだろう。強気を挫き弱気を助く、国民全員がそうした意識を持って行動すれば理由なき悪意が排除できるのではないかと…

「はいはいはーい、そこまで!まったく年寄りは話がながいんだから。」

 いつの間にか戸口に立っていた姐さまが大きく手を打ちました。私は夢から覚めたような気分になりました。

「すまん。つい熱が入ってしまって…えーとつまり、僕は本当はふくに心ゆくまで学んで欲しかったんだ。女の幸せは嫁いで子供を産むことだなんていうけれど、僕もそれは否定しないけれど、ふくにはもっと違う人生もあったんじゃないかって…」

「センセ、懺悔の相手が間違ってるよ。」

 姐さまがそう言った後、ようやく私と先生の目が合いました。先生はきっと、途中で私がふくの子たということを忘れていたに違いありません。

「すまない。…酔ってるようだ。」

 先生は顔を伏せて言いました。ズルい人です。お酒なんてのんでいないくせに。

 私は一礼をして先生の部屋を出ました。本なんて自分で探せばいいのです。一人で探して途方に暮れたらいいのてす。

 そして私は自室に戻って少し泣きました。先生は母さまが自由に勉学し生き生きと過ごす姿が見たかったのでしょう。風邪を拗らせても医者も呼んでもらえず若くして死ぬ姿ではなく。でも母さまがそうしなければ、私は生まれてないのです。

 階段を降りてくる足音が聞こえて慌てて涙を拭きました。もう泣かないと決めたのにこんなことてはいけません。

「タマ、センセはあたしが懲らしめといたから、泣くんじゃないよ。」

 姐さまはそう言って障子を開けました。

「泣いてません。鼻水が出るだけです。」

「そうかい。…怒ってるのかい?」

 怒ってる?母さまが先生に大事に思われていたことは嬉しいことです。じゃあなぜ涙がでたのでしょう…

「あのセンセは女心がわからない朴念仁なんだよ。だから女房にも逃げられたんだ。」

「奥様、いたのですね…」

「大分昔の話さ。舅が死んですぐ出て行ったそうだよ。ここらじゃ有名な話だよ。」

 あらあら…先生にかけられた桜色の魔法が消えそうになります。先生って本当はつまらないご老人なんでしょうか。

「…あんたはまだ、引き返せる。自分の望みを見失うんしゃないよ。」

 姐さまはそう言い残して部屋を出ていきました。なんだか煙に巻かれた心地になって、私は早々に眠ることにしました。二階からは夜遅くまで物音が聞こえました。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ