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タマと赤いきつね  作者: 紫藤しと


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6/12

6.先生の帰宅

「お帰りなさいませ!先生。」

 私は意気込んで先生を迎えましたが、先生は目をパチパチさせた後なんだか悲しそうに笑って言いました。

「…ただいま。びっくりしたよ。」

 私はそこでとても失礼なことをしてしまったと気付きました。うるさい子供だと思われたに違いないのです。

「はいはい、いいから入んな。センセ、夕飯があるよ。」

「夕飯!?ますますびっくりだ。明日はヤリでも振りそうだね。」

「黙って食え。」

 姐さまはそう言いながら玄関から動けなかった私の肩をぽんと叩きました。まるで大丈夫と言われているようでした。

 その後私は先生が食事を召し上がるのを部屋の片隅で見ていました。先生は食べ辛いと笑っておられましたが、姐さまが「猛獣観察だよ」と混ぜっ返してくれたおかげでそれ以上咎められることはありませんでした。

「…美味いじゃないか。」

「米はタマが炊いたんたよ。」

「そうか。上手だね。」

 先生が私をみて微笑んだので、私の顔はすっかり赤くなってしまいました。 それから先生は姐さまに勧められるがまま味噌汁を三杯も飲み干しました。

「なんだって張り切ってこんなに作ったの?」

「気が向いただけだよ。ところで何しに帰って来たんだい?」

「あぁ、忘れ物を取りにね。…腹が重くて動きたくないな。」

「泊まってくかい?」

「僕の家だよ。…いや、行くよ。もうすぐ国に帰ってしまう方がいるからね。また二、三日戻らないと思う。」

「正月には帰るのかい?」

「流石に正月は家にいるさ。…そうだタマ、何か困ったことはないかい?入り用な物があれば買うといい。キツネに金を渡しておくよ。」

「この子の外套がいるよ。」

「そうか。暮れで店が閉まる前に買うといい。…既製品があるのかな。」

「金がありゃなんでも買えるさ。」

 ぽんぽんと小気味よく話される会話はなんとも心地良いものでした。ですが同時に少しだけ羨ましさを覚えました。いけないことです。こんなに良くして下さる姐さまを羨むなんて。

「さて、じゃあ探し物をして戻るとするかな。」

 先生はそう言って立ち上がりました。

「わざわざ取りに来なくても、使いを出せばよかったのに。」

「部屋の何処に置いたか思い出せなくてね。キツネに頼んだら引っ掻き回すだろう?」

 先生と姐さまはそんなことを言いながら二階へと上がっていかれました。一緒について行きたいような気もしましたが、弁えて食器を片付けることにしました。

 いつの間にか季節はすっかり冬で、水は氷のように冷たいです。なのに私の手はアカギレひとつありません。こんなに手がピカピカなのは何年ぶりでしょう。それは母さまがまだみんなから奥様と呼ばれていた頃…

「何ぼんやりしてんだい」

 姐さまに急に声をかけられて私は悲鳴を上げて飛び上がりました。

「なんだよ。…センセが上で難儀してるから行ってやりな。」

 私は慌てて手を拭き二階へ上がりました。食器はとっくに洗い終わっていたのにしばらくぼうっとしていたようです。

 先生は電気のついた明るい部屋に座り込んでいました。どうされたのかと尋ねると先生は苦笑してこう言いました。

「本を探してるんだが見当たらなくてね。困ったものだ。タマ、一緒に探してくれるかい?」

 私は喜んで頷きました。

「緑色の上等な本なんだ。ドイツ語の本だから、とにかく緑色で外国語が書いてある本を探して欲しい。…字は読めるかい?」

 私はゆっくりと首を振りました。仮名は少しだけ母さまに教わったけれど、先生が読んでいるような難しい本は表紙すら読めません。

「そうか。まぁとにかく緑色でくにゃくにゃっとした字が書いてる本を見つけて欲しい。頼んだよ。」

 先生はそう言って傍らの本の山を一冊ずつ眺め始めました。私は少し離れた本棚を見ていくことにしました。それにしてもなんて沢山の本なのでしょう。よく床が抜けないものです。赤い本に青い本、緑の本…色とりどりのようでいて全体的にくすんでいるのでなんだか同じ色に見えてきます。わかりやすいのは漢字かそれ以外でしょうか。カクカクしていて細かいのはきっと漢字てす。

 しばらく一所懸命本の背を見ていましたがなんだか頭がクラクラしてきました。思わずため息をつくと、後ろで先生が笑いました。

「無理しなくていいよ。キツネなんか早々に逃げ出したからね。蓋然性が低いって言って。」

 私も笑いました。いかにも姐さまが言いそうなことです。

「タマは…とても物知りだね。ふくから教わったのかい?」

 先生の言葉に一気に手足が冷えました。

「…おかしかったですか?すみません。私の話し方は母さまそっくりだそうです…」

「謝ることじゃないさ。」 

「…女のくせに賢しさをひけらかすのは生意気だと。母さまからはあまり喋らないように言われておりました。お気に触ったなら申し訳ございません。」

 私は床に座ったまま先生に向き合い頭を下げました。またやってしまった。どうして先生と姐さまになら普通に話してもいいと思ったのでしょう。私は学習しない女です。

「そういうことじゃなくてね…うん、ちょっと昔話をしてもいいかな。」

 

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