5.気ままな姐さま
その日は一日掃除をしました。姐さまには古い手拭いで天井や高い所の埃をとってもらい、私は床を丁寧に掃きました。続いて水拭きをしようとした所、姐さまに止められました。
「あんたはいい子だ。魚を買ってきてやろう。食ったら寝ろ。」
姐さまはそう言うと一人で出掛けてしまいました。たぶん姐さまは掃除が嫌になっただけだと思います。私は外套がないので外に行ってはいけないそうです。随分と過保護です。少し前は冬でも裸足で鶏を追いかけていたのに。
しばらくすると姐さまは魚や野菜を手にご機嫌で帰ってきました。
「久しぶりに料理を作ってやろう。あんたご飯は炊けるかい?」
私はもちろんだと答え、米を研ぎ水に浸しました。姐さまはその間鼻歌をうたいながら野菜を切っていました。なんだか見ていてハラハラしました。土は、土はもう少し丁寧に落として欲しい…ここには食事に少量の土が混じっていただけで椀を投げつけてくるような人はいないと思いますが、やはり食事に土は少ないに越したことはないと思うのです。あぁ、ゴボウはいきなり沸騰したお湯に入れない方がいいと思います。せめてアク抜きとか…なぜゴボウはぶつ切りだったのに大根はそんなに細かく切るのでしょう。いったい何を作られるつもりなのでしょう。
「姐さま?タマもお手伝いしますよ?」
「いいから米を炊いとくれ。」
「米はしばらく水につけないと…あの、何を作っておられるので?」
「味噌汁だけど?」
なる、ほど…ゴボウと大根と油揚げの味噌汁ですか。私は食べたことがありませんが、きっと美味しいのでしょう。
「ならば私は出汁をとりますね。こちらではなんの出汁を使われるのでしょうか?」
「出汁?味噌汁に出汁?」
真顔で聞き返されては困ってしまいます。
「出汁は…使われませんか…?」
「聞いたことないね。」
姐さまはそう言って鍋に小さく切った大根とザク切りにした油揚げを追加しました。ゴボウは下茹でしているのかと思いましたが違ったようです。
「…不満か?」
「いえ。母さまは料理は人の数だけやり方があると言っておりました。」
「いい母さんだね。」
「はい」
しばらく台所には鍋がふつふつと煮える音だけが響きました。
「…これ、あとどれぐらいでできると思う?」
「ゴボウに火が通るまで…どれぐらいでしょうね。」
他所の台所は勝手がわかりません。この感じではゴボウに火が通るころには大根が溶けてなくなってしまいそうですが、きっとそれが姐さまの料理なのでしょう。
「ちょっと出てくるから見てて。」
姐さまはそう言い残すと、また外に出て行ってしまいました。決めつけるのはよくありませんが、姐さまはどうも飽きっぽいところがあるようです。
残された私は鍋を眺めながらいつご飯を炊けばいいのか考えました。今は昼過ぎで、先生もいないのに白飯なんて炊いてもいいのでしょうか。とはいえ先生がいないなら私は姐さまの言うことを聞くべきです。
もう一つのかまどに火を起こし、米の入った鍋を置きました。先生はお米は堅めと柔らかめのどちらがお好きでしょう。いえ、ここは贅沢を言わずに食べられれば良しとするべきでしょうか。
米が炊けるいい匂いがしてきた頃、姐さまが一升瓶を片手に帰ってきました。
「これ入れたら旨くなるだろう。」
姐さまはそう言ってお酒をドボドボと鍋の中に注ぎました。
「そう…なのてすね。」
「あ、でもこのままじゃあんたが飲めないのか…なんだ…失敗した…」
姐さまは小声で勿体ないと呟きながら落としていた火力を上げました。沸騰させ酒分を飛ばしてくれるようです。
「先生は今日帰って来られるのてしょうか。」
「期待しない方がいいね。忙しいらしいから。」
「…二人で食べきれるでしょうか…」
「あぁ…それは考えてなかったね。ちょっと作りすぎたか。」
姐さまが作っている味噌汁は五人分ぐらいありそうです。
「余ったら誰かにやりゃあいいさ。ご飯は炊けたかい?炭はそのままにしておくれ。あとであんたが寝る所に持っていくといい。今日は冷え込むらしいよ。」
なんだかんだと美味しそうなご飯が卓袱台に並びました。白米、味噌汁、たくあん。姐さまはたくあんがお好きだそうです。
「…悪くないね。」
「美味しいです。このお味噌汁、体がぽかぽかします。」
「酒は飛んでると思うんだけどねぇ…まぁあんまり食べなさんな。」
「美味しいですよ?」
「酔っぱらわれても困る。」
沢山食べたつもりですが、白米と味噌汁は余ってしまいました。米はおにぎりにするとしても汁物はどうしましょう。
「後はやっとくからあんたはもう寝な。」
「でも…」
迷っていると玄関の戸が開く音がしました。先生だ!私は嬉しくなって玄関に走りました。
「お帰りなさいませ!先生。」




