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タマと赤いきつね  作者: 紫藤しと


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2/5

2.先生の家

 あれらから日が経ち少しづつ身の回りがわかって来ました。この家はキツネの姐さまと、姐さまから『センセ』と呼ばれる私の遠縁にあたる男性の二人暮らしのようです。ですが私はまだ一度もその方にお会いしておりません。いったいどんな方なのでしょう。

「お二人はご夫婦ですか?」

「違う」

「では姐さまは女中さんということでしょうか?」

「そう思いたきゃそれでいいさ。」

 姐さまが面倒臭そうに話されたのでこの話はこれで終わりとなりました。ただ血縁関係はないようで、先生とも私とも赤の他人とのことでした。 

 ここは前の家よりずいぶんと都会にあるということもわかりました。四六時中あたりから色んな人の声がします。前の家は知っている人の声しか聞こえませんでしたので、なんたかソワソワしてしまいます。

 先生は通常ならば夕方に帰って来られるということです。私は最初、玄関に正座してお帰りを待とうとしましたが姐さまに怒られて止めました。「病み上がりになにやってんだ、馬鹿。」とのことです。熱はほとんどでなくなったのに、姐さまは心配性です。

「カメ、今日もセンセは帰ってこないみたいだ。先に寝ちまいな。」

 日が落ちた頃、姐さまは私にそう言いました。私は姐さまに今日一日のお礼をいって自分の部屋へ下がりました。なんとこの家では六畳もの部屋を私一人の為に頂いているのです。少し前まで窓もない一畳半の布団部屋に寝ていたのに。

 でもあの部屋には母さまがいました。寒くて足が凍りそうな夜も母さまと抱き合って眠れば温かかった。

 のろのろと着替えながら思い出すのは母さまのことばかり。

「母さま…」

 俯いただけで涙がポロリとこぼれました。ここに来てから私はずいぶんと泣き虫になりました。母さまが亡くなったとき一生分の涙を出し尽くしたと思っていたのに。

 しばらくぐずぐずと泣いていると、いつの間にか姐さまが戸口にもたれて呆れた顔で立っていました。

「なんだい、布団もひかずに。」

「も、申し訳」

「あーもー、いいから!」

 姐さまは面倒くさそうに遮ると、押し入れから布団をひいてくれました。姐さまは少しぶらっきぼうてすが、本当はとても優しい人です。

「早く寝ちまいな。」

 姐さまがそう言った時、玄関の方から物音がしました。姐さまは小さな声でなにか文句をつぶやくと、私の方に向き直り言いました。

「センセが帰ってきたみたいだ。挨拶しとくかい?」

 私は慌てて服を着替えようとして姐さまに止められました。曰くこんな時間に帰ってくるほうが悪いとのことです。

 姐さまの言うセンセというのは先生という意味で、実際大学の先生をしている偉い方だそうです。ここ最近は大学に泊まり込んでいたそうで、ちゃんと目が冷めている時にお会いするのは初めてです。最初にお会いした時から私はずっと眠っていたようなので。

「き、緊張します。」

「気にしなさんな。あんたの世話をあたしに押し付けて一週間も帰ってこないような奴だよ。寒いから半纏だけ羽織りな。」

 私は言われた通り寝巻きの上に半纏を羽織り玄関に向かいました。板間の廊下は冷たく、手も足も氷になったようでした。初めて会う方です。怖いお人だったらどうしよう。こんなに親切にしていただいたのはやっぱり何かの間違いで、今すぐ出て行けと言われたらどうしよう。…いえ、ここしばらくが夢のようなものだったのです。夢から醒めて現実に返るだけです。何度母さまの夢を見ても、目が覚めると母さまはいなかった。夢は夢、私はそれを知っているのです。

「締め出すなんてひどいじゃないか。」

 先生の声は思ったよりも低く心地良いものでした。私の心臓は早鐘のように打ち始めました。

 緊張で気が遠くなりそうでしたが、私は後に、この時を甘酸っぱい思いで噛み締めることとなるのです。

 


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